莫大な富と有り余る名声を勝ち取ったイゾノ家だったが、その日々の暮らしにはあまり変わりがなかった。
いつものように質素な朝食を食べて出かけ、仕事をして夜に帰ってくる。そしてやはり質素な夕食を囲みながら、家族そろって円卓で談笑するのだ。
「わはは! 調子が上がってきたぞ!」
「お父さん、また飲み過ぎですよ」
「ちょっとくらいいいじゃないか、なあ、マッスォくん!」
「そうですよお母さん、僕もお付き合いしますから安心してください」
「わはは! マッスォくんも存分に飲むといい! そーれ、かんぱーい! あそれ、あそれ!」
マッスォと葡萄酒のグラスを合わせると、ナミーヘはまた妙な動きで踊り始めた。フィーネは呆れた顔をしている。
「ねえ、これ新聞記者にリークしたら、どれくらいお小遣いもらえると思う?」
「カッツェ!」
こっそりと耳打ちされたサザウェが、いつものようにカッツェを叱り飛ばす。カッツェは肩をすくめながら、
「へへへ、冗談だよー」
「あんたのは冗談に聞こえないのよ! なにかあったらタダじゃおかないからね!」
「わかってるよー。じゃあ父さん、口止め料期待してまーす!」
「あんたってやつは!」
「ひえー、こわいこわい! 子供は退散しますか! ワカーメ、ダラちゃん、行こう!」
「うん!」
「はいですー」
そしてカッツェはワカーメとダラウォを連れて円卓を後にした。子供たちには子供たちの会話があるのだろう。
大人だけになって、マッスォたちはしばし酒を飲んだ。いい具合に酔っ払って、ナミーヘも機嫌よく踊っている。以前は少しも酔えなかったのがウソのようだ。
手を叩いて笑いながら、マッスォは強く思った。
こんな何気ない日常を守り抜けたことに、感謝を。
守れたからこそ、一家の一員として胸を張っていられるのだ。本当の意味で家族として受け入れてもらえたのだ。
もう居場所を見失って死にぞこなっていた自分はいない。
ここが自分のホームだと、晴れやかに宣言することができるのだ。
「……みなさん、ありがとうございます」
酒の席でぽつりとこぼすマッスォ。うっかり口に出してから、さっきのは他人行儀だったかな、と少し反省する。
きょとんとしていたのもつかの間、みんなは大笑いしてマッスォの背中を叩き、
「なに改まってるのよ、あなた! 家族なんだから!」
「そうですよ、お礼を言われるようなことはなにもしてませんよ」
「マッスォくん、ワシらの方こそありがとう! イゾノ家は安泰だな! よろしく頼むぞ!」
「はい、お父さん!」
「そーれ、もう一杯!」
じゃぼじゃぼと注がれる葡萄酒は、酔っ払っているせいか盛大にこぼしてしまっている。それでもかまわずに、マッスォは葡萄酒を飲み干した。
そういえば、ホリカはいまだにワカーメをつけ狙っているらしい。あのとき完全に消滅したと思っていたが、けろっとした顔をして学校に戻ってきたそうだ。相変わらずサイコパス全開でストーカーと化しているらしい。
ダンジョンマスターは廃業したようだが、いつまたワカーメを狙ってなにかしでかしてもおかしくはない。あの執着ぶりからして、これで簡単にあきらめてくれるはずがない。相手はサイコパス、どんな手を打ってくるかわからない。
だが、そのときはまた、家族を守るために立ち上がるまでだ。何が起こってもワカーメは渡さない。家族でそう決めたのだ。家長たる自分が先頭に立って、次もきっと守りきって見せよう。
絶対に、家族を守る。
それが、イゾノ家の家長としての誇りだ。
今日も円卓を囲んでわははと笑う。ナミーヘが酔っ払って妙な動きをして、フィーネとサザウェの手料理を食べて、カッツェが余計なことを口走って叱られて、ワカーメがまたどこから目線なのかわからない発言をして、ダラウォがけーわいを発動して場を凍らせて、ダマがにゃーんと鳴く。
何気ない、しかしかけがえのない日常だ。
そんな生活を守るために、マッスォは戦う。
どんな敵がやって来ようとも、この一家なら笑って前に進めるだろう。
そんなきずなを結んだ、誇るべきイゾノ家。
その中心で、マッスォはできる限りのことをする。たとえ無力だろうと、なにかできることを探して、家族といっしょに乗り越えていける。
もうひとりで眠れずに膝を抱えていたころとは違うのだから。今は家族のために生きようと、腹の奥底からちからがわいてくる。
家族が、マッスォを無敵にしてくれる。
なんだってやれる、そんな万能感が満ちあふれていた。
「あなた、ぼうっとしてどうしたのよ?」
遠い目をして微笑んでいたマッスォに、サザウェが声をかけた。最愛の妻。縁を運んでくれたひと。
その頬にキスをすると、
「ううん、なんでもない。しあわせだなあ、って」
マッスォはこころから微笑んでそう返した。
「ふふふ、お熱いこと」
「さてはマッスォくん、酔っ払っとるな!? よーし、もっと飲むぞー! 母さん、おかわり!」
「お父さんはもうダメですよ。これでおしまい」
「母さんそれはないだろう! あとちょっとでいいから!」
「まったくもう、知りませんからね」
言いながら酌をしているフィーネも、言葉とは裏腹に苦笑している。
葡萄酒を飲みながら、ナミーヘはうれしそうに口にした。
「こんないい婿をもらって、サザウェは果報者だ!」
「そうね、私もそう思うわ」
「マッスォさん、いつもありがとうございます」
「そ、そんな……みなさん……照れるなあ、もう」
そう言って葡萄酒を飲んでは、マッスォは涙ぐみそうになるのを必死でこらえた。本当に涙腺がゆるくなっている。困ったものだ。
「さあ、どんどん飲めー!」
「お父さん、そういうのはアルハラと言うんですよ」
「なんだそのアルハラというやつは!」
「父さんみたいなひとのことを言うのよ」
「まあまあ、そう言わずに。僕も最後までお付き合いしますよ」
「さすが! それでこそマッスォくんだ! やれ飲めそれ飲め!」
すっかり出来上がっているナミーヘが注いだ葡萄酒を飲み干すと、サザウェがそっと寄り添ってくる。
「ステキよあなた」
「なにー!? ワシだって負けておれん! もっと葡萄酒をおrrrrrrrr」
「それ見た事ですか。ほらお父さん、吐くならこっちですよ」
リバースするナミーヘを連れて、フィーネが水場へと消える。
夫婦ふたりきりになって、マッスォとサザウェは共犯者のような笑みを交わした。
視線を合わせ、ふふふ、と小さく笑う。
「お父さんたら、困っちゃうわ」
「いいじゃないか。イゾノ家名物だ」
「あなたも大変でしょう」
「そんなことないよ、全然」
笑いあって、ふたりは示し合わせたように葡萄酒のグラスを合わせた。
「私たちのイゾノ家に、乾杯」
「僕のホームに、乾杯」
祝福の杯を重ね、美酒を堪能する。どんなに高価な酒だって、この一杯には敵わない。
明日が来れば、また同じような一日が始まる。
特別でなくてもいい、なにもなくてもいい。
そんな毎日を積み重ねたその向こうに、きずなは育まれていく。
そんな気がして、マッスォは今日もイゾノ家のど真ん中で朗らかに笑うのだった。