その夜、マッスォはサザウェに求められて久しぶりに応じた。
激しい事後、気だるさに支配されながら腕枕をするサザウェの髪を撫でていると、ふと言われた。
「……あなた、変わったわね」
「そうかい?」
睦言の甘さが残る声音で返すと、サザウェはくすぐったそうに笑いながら胸元までシーツをたくし上げ、
「そうよ」
「それはいい意味でかい?」
「ええ」
くすくす、久々にサザウェの少女のような笑みが見られた。釣られて笑っていると、
「もうあなたは壁を作っていない。今まで引いてた一線を感じない。ちゃんと私たちのこと頼ってくれてる」
言われるまでもなく自覚していた。もうマッスォはイゾノ家に対して他人のように接したりはしていない。こもっていた殻を取っ払って、腹を割って笑いあって暮らしている。
ひとりで抱え込まず、家族を頼っていっしょに生きていく。助け合い、認め合い、共に人生を歩んでいくのだ。
やっとわかった、それが家族としての責任を果たすということだ。
「それに、とても頼もしく感じるわ。あなたは立派なイゾノ家の家長よ」
特別なことはなにもしていないが、先頭に立とうと決めただけでこんなに違う。イゾノ家を引っ張って、まっさきに矢面に立とうと決めた瞬間から、マッスォは本当の意味でこの家の家長になれたのだ。
「そうかなあ?」
「そうよ」
照れくさく思って頭をかいていると、サザウェはまっすぐにマッスォを見つめて微笑んだ。
「家族になってくれてありがとう。私、しあわせよ」
「サザウェ……!」
感極まったマッスォは、思わず涙ぐんでサザウェをきつく抱きしめた。サザウェの抱き締め返す腕がここちよい。
「サザウェ……結婚してくれてありがとう……! 僕に家族にしてくれて、ありがとう……!」
「ふふふ、あなたったら」
マッスォの震える腕をなだめるように、サザウェははだかの背中をなでさすった。
もしも、この結婚がなかったら。
出会わなかったら。
縁がなかったら。
そう考えると、これは奇跡だった。合縁奇縁とはよく言ったもので、ちょっとした運命の巡り合わせで、マッスォはイゾノ家にやってきたのだ。ひとつでもボタンを掛け違えていたら、きっと人生はまったくの別物になっていただろう。
ナミーヘも言っていたが、この縁を大切にしたいとこころから思った。かけがえのない家族を、これからも大切にしていこうと思った。
イゾノ家の一員となれたことが誇らしい。世界中に自慢したい、自分の家族。もう二度と手放したりするものか。向き合って、ちゃんと家族としてきずなを育んでいこう。
マッスォはしばらくサザウェを抱きしめていたが、がば、と妻のからだを押し倒し、鼻息荒く告げた。
「よし! もうひとり家族を増やそう!」
「あら、いいの?」
「ああ、今夜は孕むまでやるぞ!」
「まあ、あなたったら」
サザウェもまんざらではなさそうだ。
手始めに熱い口づけをして、フグータ夫妻は夜通し励むのだった。
翌朝、朝食の時間にはなんとか間に合ったものの、マッスォとサザウェは普段よりは大分慌てて円卓に座った。
取り澄ました顔で朝食の準備をするサザウェだったが、鼻歌を歌っていることにカッツェが目ざとく気づく。
「あれ、姉さんずいぶんご機嫌だけど、なにかあったの?」
「きのうはぼくひとりでねたですー」
ダラウォの言葉に、カッツェの顔がにんまりとゆるむ。
「……ひょっとして……?」
「こ、こら、カッツェ!」
叱り飛ばす声にも、いつもの迫力がない。聡いカッツェは、それだけでなにがあったのか察することができた。
「おはよう! どうしたのカッツェ兄さん? 姉さんとなにかあったの?」
起き出してきたワカーメが不思議そうな顔をしていると、カッツェは訳知り顔でぽんぽんとその肩を叩き、
「ワカーメ、これもまた、夫婦の間の話さ」
「カッツェ! いい加減にしなさい!」
「ひゃー! 勘弁!」
すたこらさっさと逃げていくカッツェに、ワカーメはさらに不思議そうな顔をした。
「変な兄さん!」
それくらい、目に見えてサザウェの機嫌が良かったということだ。まったくもう、とぷんすかしながらも、サザウェは苦笑している。
「……ごめん、昨日は無茶させた……からだは大丈夫?」
こっそりとマッスォがささやくと、サザウェは甘えるように擦り寄って、
「もちろん! なんなら昨日本当に出来ちゃったかも?」
腹をさすりながら笑うサザウェに、ずいぶんと盛ったものだと昨日の自分を思い返す。たしかに家族が増えるのはいいことだが、それにしたって昨日は強引すぎたか。
しかし、それは杞憂だった。
隠れてマッスォに小さくキスをすると、サザウェはご機嫌で朝食を作るのだ。
マッスォは苦笑いをしながら円卓に座る。その後ろでは、いっしょに朝食を作りながら、フィーネがまだ見ぬ二人目の孫に期待して、ふふふ、と笑うのだった。
「おはよう、マッスォくん!」
「おはようございます、お父さん」
新聞を広げるナミーヘが、顔を上げてあいさつする。
「ほれ、またうちのことが新聞に載っておるぞ!」
「本当ですね」
「今夜も夜会に引っ張りだこだ! 仕事から帰ってきたら早速家族で出かけよう!」
「あまり飲みすぎないでくださいね」
「そうですよお父さん、この間の夜会だって……」
「わ、わかっとる、母さん!」
お小言が始まると見て、朝食のパンを運んできたフィーネの言葉に従うナミーヘ。陰に隠れてこっそりと、マッスォに向かっておっかなそうに肩をすくめてきたので、ははは、と笑っておく。
「さあ、朝ごはんよ! たくさん食べて今日も一日がんばりましょう!」
いつものスープを持ってくると、サザウェとフィーネも円卓につく。
家族全員がそろったところで、ナミーヘがスプーンを取った。
「うむ! 朝食は一日の活力のみなもと! みんな、今日も素晴らしい一日になるように!」
『いただきまーす!』
手を合わせて、朝食に手をつける一家。もう食事が喉を通らないということもなくなった。どころか、最近では食べすぎて少し太ったくらいだ。
もりもりと朝食を食べて、食事が終わるとめいめい仕事や学校に行く準備を始める。あれやこれやと慌ただしくしながら、サザウェとフィーネ、ダラウォが出かけていく面々を見送った。
「今日はいい天気ね!」
見上げる空は青く澄み渡り、さんさんと陽光が差している。鳥たちが空を行き交い、遠くからは時報のラッパの音が聞こえてきた。
「こんな日は洗濯日和ですね。みんなが出かけてる間にすっきりさせましょう。サザウェ、シーツを持ってきなさい。まとめて片付けますよ」
ダンジョンでお玉を振るっていた時と同じ声音でそう言うと、フィーネは主婦にとっての戦場へと赴いた。
「母さんたら、張り切っちゃって!」
「ままーぼくイグラちゃんとこへあそびにいきたいですー」
「洗濯が終わったらダイコさんのところに行きましょうね。それまではいい子にしてて」
「はいですー」
良いお返事をすると、ダラウォはダマのところに駆け寄っていった。今日も巨大な白虎は、にゃーん、と鳴いてダラウォに擦り寄っている。
まったく、いい天気だ。
お日様も笑っている。
イゾノ家は今日も平和に暮らしている。
特別なことがなくても、それはそれで尊いことだ。
しかし、冒険の旅を忘れることはなく、きずなの糧としてこころの片隅にこっそりとたたずんでいる。
「さあ、今日も忙しくなるわよー!」
ひとり言って、ダンジョンにいた時と同じようにこぶしを掲げると、サザウェもまた主婦の主戦場へと足を踏み出すのだった。