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№34 凱旋のイゾノ家

 一夜明けて、魔力を回復させたフィーネは一番に家族の傷を癒した。ぼろぼろだったからだから痛みが消え、本当の意味でほっとする。


 もしかして夢ではなかったのかと思ったが、財宝は消えずにそのままそこにあった。


 主にフィーネとサザウェが財宝を厳選し、持てるだけの輝きを携えて、イゾノ家は帰路に着く。


 不思議なことにあれだけうじゃうじゃしていたモンスターはダンジョンマスターの消失とともにいなくなっており、罠もなくなっていた。


 しかし、家に帰るまでが探索だ。財宝を落とさないように気をつけながら、一家はようやくダンジョンの外に出て来た。


 久しぶりに吸う外の空気は格別においしい。生きてここまで戻ってこられたことはまさに奇跡だ。全員で再び地上の土を踏みしめることができたことにこころから感謝する。


 タイムリミットまでぎりぎりだったが、ガウガウファイナンスに金貨100枚をきっちり返し、これで借金ともオサラバだ。当初はとんでもない事をしたと思っていたが、返済を終えると肩の荷が降りるようなここちがした。


 財宝を換金しに行くと、銀行員は驚いた顔で一家を奥の一室に呼び、そして何千枚もの金貨を持って戻ってきた。いまだかつて見たことのない額の金銭に、イゾノ家は全員でくらくらした。


 そのまま銀行に金貨の山を預けると、ようやくなつかしの我が家へと帰ってくる。古びたボロい洋館が出迎えてくれて、やっと帰ってきたという実感がわいてきた。


 それからというもの、イゾノ家はダンジョン攻略一家として世間の脚光を浴びることとなった。


「いやあ、あのときは死ぬかと思いましたね! そこを、魔剣を携えた僕がすかさずですね……」


 新聞記者の取材に、どこからわいてきたのか、ノリースがちゃっかりと受け答えしている。


 しかし、そらすら助かると思えるほどにひっきりなしに取材陣が押し寄せた。人前に出るのが苦手なのは相変わらずで、マッスォはかちこちに緊張しながら取材を受けた。


 持ってきた富はイゾノ家の家計をたちまち生き返らせ、借金という借金もすべて返済し、質に入れていたものも買い戻すことができた。泣く泣く預けていたサザウェとの思い出の品も取り返した。


 そして、落ちぶれていた貴族としての地位もすっかり取り戻すことができた。ダンジョン攻略は、それだけのほまれたった。誰も彼もがイゾノ家を称え、社交界にも引っ張りだこだ。


 今夜も夜会に招かれ、盛装したイゾノ家の面々はたくさんのひとに囲まれて談笑した。隣にいるサザウェもすっかりファーストレディだ。


「ええ、そうなのよ! そのとき、私の秘技、疾風散が炸裂して……」


「僕の罠の解除術がなかったら、一家は全滅してたね!」


「ワシもまだまだなまっとりませんぞ!」


「女学校で習ったことがこんなに役に立つことがあるなんてねえ」


「そうなの! あのホリカくん! すっごいキモかったわ!」


「ぼくのダマもだいかつやくでしたー」


「そうですよ! 僕なんて最前線でモンスターをちぎっては投げちぎっては投げで!」


 ここでもちゃっかりノリースが顔を出し、夜会に並んでいる料理を片っ端から食い漁り、高い順から酒を飲み散らかしていた。


 それぞれがあの冒険を振り返り、語っている。聴衆は興味津々でその話に聴き入り、ときに賞賛した。


 マッスォもたくさんのひとに囲まれて、しどろもどろになりながらもそのときの出来事を口にした。


「いやあ、さすがは名門イゾノ家の婿殿ですな!」


「立派なものです!」


「私などにはそんなこと、とてもとても!」


「イゾノ家もいい婿殿をつかまえましたなあ!」


 だれもがマッスォを褒めたたえ、その知恵と勇気に乾杯をした。もはやヒーローとして崇め奉られている。


 こういう場所に慣れていないマッスォは、どうも尻の据わりが悪かった。有り余る賞賛にも、照れるばかりで上手く受け答えができない。


 いえいえ、と謙遜しながら程々に葡萄酒を飲んでいたが、なんだか疲れてしまって、頃合を見計らってそっとひとりバルコニーへと避難する。


 すると、そこには先客がいた。


「おお、マッスォくん!」


「あなた、そろそろ疲れてるんじゃないかと思ってたのよ!」


 ナミーヘとサザウェは、どうやらここでマッスォが来るのを待っていたようだ。家族だけになってほっとして、マッスォはベンチのふたりの隣に腰を下ろした。


「どうにも、社交界というのは息苦しくて……」


「わはは! そう肩肘張らなくてもよろしい! 気楽にしていればいいんだよ!」


「そうは言いましても、なにぶん平民出身ですので……」


 ずっと負い目に感じていた。自分みたいなものがイゾノ家の一員となっていいのかと。だからこそ、自分にいちいちケチをつけて、差し伸べられた手を上手く取れずに、自分の殻に閉じこもってしまった。


 今となっては笑い話にできるが、そのときは死ぬことさえ考えていたのだ。


 しかし、イゾノ家のパワーはそんなマッスォの殻をちから技でこじ開けてしまった。


「なによ、そんなこと」


 快活に笑って、サザウェがマッスォに寄り添う。


「あなたがどんなにあなたのことを嫌いでも、私はあなたのことが大好きよ。あなたの妻になれたことを誇りに思うわ」


「そうだぞ、マッスォくん! 君はワシの自慢の息子だ! 君がいなければワシらは一生下を向いて生きていた! だから、どうか胸を張ってほしい!」


「……サザウェ……お父さん……!」


 つい涙ぐんでしまう。ここのところ、どうも涙腺が弱くなっている。カッツェに泣き虫だとからかわれるのも納得だ。


 自分は、たしかに情けなくてみっともなく、なんのちからもない平凡な人間だ。


 しかし、イゾノ家の一員だ。


 家庭を持っている、一家の家長だ。


 受け入れてくれる家族がいる、帰る場所がある。これからの一生を共に歩む、きずなを結んだひとたちがいる。


 この手で勝ち取った居場所は、なにものにも替えがたい大切なものだった。


 どこに出しても恥ずかしくない、自慢の家族だ。


 ナミーヘ、フィーネ、サザウェ、カッツェ、ワカーメ、ダラウォ、ダマ。だれもがマッスォにとって個別の意味がある存在で、きっとみんなにとってもマッスォは特別な存在だった。


 本当の意味で家族の輪に入り、イゾノ家という家族のメンバーになれたことを、マッスォはこころから感謝した。


 こんなにうれしいことはない。


 結婚して、家庭を持ってよかった。世の中のひとびとにそう自慢したかった。


「さあ、家族水入らずで乾杯といこうじゃないか!」


「そうね!」


「はい!」


 三人はそれぞれグラスを掲げ、そしてぶつけ合う。


『かんぱーい!』


 飲み干す葡萄酒は、以前はまったく味がしなかったというのに、今やこんなにも香り高い。


 自分が守った家族だ。


 これから先も、この身を捧げていいと思える、そんなひとびと。


 イゾノ家と巡り会えた縁を、ずっと大切にしていこう。


 ずっと守り抜いていこう。


 それが、家長と信じて着いてきてくれるイゾノ家への、せめてもの恩返しだ。


 ……それからマッスォたちは飲み明かし、ナミーヘが悪酔いし始めたころに、聴衆から惜しまれながら場を辞した。


 もうマッスォに後ろ指を指すものなどいない。


 これからの人生、まっすぐ前を見て生きていけるのだ。うつむく理由などひとつもない。自分を卑下する必要もない。


 イゾノ家のモットーとして、前に進み続けること。諦めないこと。自分を信じ続けること。


 それを忘れないように、これからも共に歩んでいこう。


 酔いつぶれたナミーヘを担ぎながら家族で自宅に帰り、マッスォは強くそう思うのだった。

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