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№33 イゾノ家のファンファーレ

 すべてはホリカが回復するまでに決しなければならない。喉を治癒されて呪文の詠唱が可能となれば、もうイゾノ家に勝ち目はないのだ。


 問題は無詠唱魔法。この魔法の弾幕と、強固な障壁を何とかしない限り、ホリカ攻略は成らない。


 あと少しのところなのだ。あと一歩で、このダンジョンを攻略できるというのに。


「……あ……がーえ……ぢゃ……」


 血まみれになりながらも笑顔のままなホリカは、どこまでも異常だった。なおもワカーメの名前を呼ぼうとして、失敗してはにっこりしている。


 ワカーメはとうとうそんなホリカにきっぱりと拒絶の意を示した。やけっぱちじみた声音で、


「うるさい! あんたなんか大っ嫌い!! 気持ち悪いのよ、この変態!!」


 八つ当たりの口調でホリカに罵声を浴びせた。


「…………え…………?」


 ホリカが固まる。きょとんとしてから、ふるふると震え、


「……そん、な……あ、がーえ……ちゃ……うぞ、だ……」


 血を吐きながら真っ青になる。


 今まで誰かに否定されたことがないのか、他ならぬワカーメの拒絶に、ホリカのこころは大いに動揺した。嫌われているとはっきりと言葉で示されて、絶望している。


 恋する少年の傷つきやすさをナメていた。


 こんな簡単なことで隙が生じるとは。


 最後の一手は意外なところにあったのだ。


「今だ! みんな、行くぞ!」


『おー!』


 押すなら今しかない。そう判断したマッスォは、この隙をついて一斉攻撃を仕掛けた。


 もう防御は捨てた。フィーネとワカーメが残った魔力を振り絞って全力で攻撃魔法を連打する。爆風を裂いてマッスォが、ナミーヘが、サザウェが、ダマが疾駆した。


 ふしゃー!とダマが叫び、障壁に決定的な爪痕を残す。


 まだ砕けない。


「でえええええい!!」


 筋力アップのバフがまだ解けていないナミーヘが太刀を振るい、光の壁にひび割れを作る。


 まだ砕けない。


「最終秘奥義、泡・展・望(あわてんぼう)!!」


 サザウェの必殺技が決まり、亀裂がさらに広くなる。


 まだ砕けない。


「あなた!」


「マッスォくん!」


「やあああああああ!!」


 ふたりの声に後押しされたマッスォが、トドメの一撃をちからの限り叩き込む。


 光の壁を打ち砕き、やいばはそのままホリカを袈裟懸けに切り裂いた。


「……がっ……あっ……!!」


 大量に出血し、その場に崩れ落ちるホリカ。最後にワカーメを探すように震える手を伸ばすと、そのまま塵になってさらさらと風の中に消えていった。


 広間に静寂が戻ってくる。


「……やっ、た……?」


 ぽつり、マッスォがつぶやくと、一瞬置いて、それを皮切りにイゾノ家は歓喜の声を上げた。


「やったぞー! これでダンジョン攻略だ!」


「やったわね、あなた! ステキよ!」


「これで富と名声が手に入るぞー!」


「やりましたね!」


「キモいストーカーもやっつけたわ!」


「みんなすごいですーうれしいですー」


 わあ、と声を上げ、あるものはこぶしを掲げ、あるものは達成感で空を仰ぐ。


 やった。


 ついにやってのけたのだ。


 ダンジョンを攻略したのだ。


 その事実が実感となってマッスォの中に満ち、やがて歓喜となって荒れ狂った。


「やったぞ、僕らはやったんだ! とうとうダンジョンを制覇したぞ!」


「その通りだマッスォくん! ワシらはやったんだ!」


「やり遂げたのよ、あなた!」


 一同は自然な流れでマッスォを取り囲み、たちまち胴上げを始めた。


「やった! やったあああああ!!」


 宙に浮かびながらバンザイをして、マッスォは涙目で叫ぶ。


 信じてよかった。イゾノ家を、自分を信じて進んでよかった。不可能だと決めてかかっていたことを、自分たちは見事やってのけたのだ。


 今となっては、なにをあんなにおそれていたのかと思う。終わってしまえばこんなものだ。今まで悩んでいたことが、すべてバカらしく感じられた。


 すべては一家一丸となって挑んだ結果だ。誰ひとり欠けることなく、全員がちからを合わせて、限界を突破して、越えられないはずの壁を越えた。それだけで充分な成果だ。


 世界中に誇りたい。


 これが、これこそがイゾノ家だと。


 涙を流しながら胴上げされていると、どこからか金の輝きが降ってきた。


 それはやがて膨大な財宝となって広間中に降り注ぎ、やむことのない輝きの雨となって降り積もる。


 賞賛のような財宝の山に埋もれながら、イゾノ家メンバーは有頂天になった。


「うひょー! すごいや! お宝の雨あられだ!」


「なんという絶景!」


「これだけあれば家計も安泰ですよ」


 そうだ。当初の目的は傾いたイゾノ家の家計を立て直すことだった。必死すぎて忘れかけていたが、これで借金も返せるし、再び貴族として返り咲くことも充分にできるだろう。


 あはは、と黄金で水遊びをしながら、イゾノ家は大いに笑った。


「……ああっ!」


 ふと、何かに気づいたサザウェが声を上げる。


「どうしたんだい、サザウェ?」


 マッスォが笑いながら問いかけると、サザウェはどこかしょんぼりして、


「……財宝を持ち帰るだけの荷袋を忘れたわ……」


「ええっ!? 本当かい!?」


「あれほど出発のときに忘れ物はないかと言ったのに、この子と来たら……」


「まあ、姉さんが財布を忘れるのは今に始まったことじゃないからねー」


「カッツェ!」


「おっと、今回ばかりは姉さんが悪いよ!」


「うう……!」


「うむ。まあ、仕方なかろう。持って帰れる分だけにしよう」


「厳選すれば充分ひと財産になりますからね」


「相変わらずおっちょこちょいだなあ、サザウェは」


「あなたまで……!」


 口を尖らせるサザウェに、一家全員が大笑いした。次第にサザウェまで笑い始めて、子犬もお日様も笑い出しそうな空気になった。


「さあ、財宝を検分するより先に、まずは休憩しますよ。みんなひどい有様なんですから」


 言われてみれば、全員ぼろぼろになっていた。ハイになって今気づいたが、からだのあちこちがひどく痛む。相当に無理をしていたのだと、今になってぎりぎりの勝利だったと思い知った。


「けど母さん、魔力がもう残ってないんじゃない?」


「一日寝ていれば回復しますよ。財宝は逃げたりしません。そんなに心配ならこの広間で野営すればいいでしょう」


「それもそうだな! 母さん、今夜はベーコンを使ってくれ! 祝杯もあげようじゃないか、なあマッスォくん!」


「お父さん」


「ははは、いいじゃないですかお母さん、お父さんだって頑張ったんですから」


「そういうことなら、程々にしてくださいね」


「私もごいっしょしようかしら?」


「やめときなって、姉さんの酒癖の悪さは父さん以上なんだから」


「カッツェ!」


「へへへ、兄さんの気苦労が増えるのは気の毒だからね!」


「私ジュース飲みたい!」


「ぼくもですー」


「はいはい、みんなで乾杯しましょうね。今夜は特別に腕をふるいますから」


 そういうわけで、イゾノ家は財宝に囲まれてその夜を明かすことにした。


 フィーネとサザウェが作ったスープには、今日はベーコンが入っている。笑いの絶えない円卓で腹を満たして、その後は大人の時間だ。相変わらず意味不明な酔い方をするナミーヘを介抱して、ひと段落したら毛布にくるまる。


 家族全員の寝息が聞こえる中、まどろみながらマッスォは改めて実感した。


 自分たちは家族だと。


 イゾノ家の一員でいられることがとても誇らしい。


 この探索行で、マッスォは財宝以上に得がたいものを得、そして成長した。


 できなかったことができるようになった。


 それだけで、引き返さなくてよかったと思うのだ。


 大きなきずなを感じながら、マッスォはぐっすりと眠りにつくのだった。

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