すべてはホリカが回復するまでに決しなければならない。喉を治癒されて呪文の詠唱が可能となれば、もうイゾノ家に勝ち目はないのだ。
問題は無詠唱魔法。この魔法の弾幕と、強固な障壁を何とかしない限り、ホリカ攻略は成らない。
あと少しのところなのだ。あと一歩で、このダンジョンを攻略できるというのに。
「……あ……がーえ……ぢゃ……」
血まみれになりながらも笑顔のままなホリカは、どこまでも異常だった。なおもワカーメの名前を呼ぼうとして、失敗してはにっこりしている。
ワカーメはとうとうそんなホリカにきっぱりと拒絶の意を示した。やけっぱちじみた声音で、
「うるさい! あんたなんか大っ嫌い!! 気持ち悪いのよ、この変態!!」
八つ当たりの口調でホリカに罵声を浴びせた。
「…………え…………?」
ホリカが固まる。きょとんとしてから、ふるふると震え、
「……そん、な……あ、がーえ……ちゃ……うぞ、だ……」
血を吐きながら真っ青になる。
今まで誰かに否定されたことがないのか、他ならぬワカーメの拒絶に、ホリカのこころは大いに動揺した。嫌われているとはっきりと言葉で示されて、絶望している。
恋する少年の傷つきやすさをナメていた。
こんな簡単なことで隙が生じるとは。
最後の一手は意外なところにあったのだ。
「今だ! みんな、行くぞ!」
『おー!』
押すなら今しかない。そう判断したマッスォは、この隙をついて一斉攻撃を仕掛けた。
もう防御は捨てた。フィーネとワカーメが残った魔力を振り絞って全力で攻撃魔法を連打する。爆風を裂いてマッスォが、ナミーヘが、サザウェが、ダマが疾駆した。
ふしゃー!とダマが叫び、障壁に決定的な爪痕を残す。
まだ砕けない。
「でえええええい!!」
筋力アップのバフがまだ解けていないナミーヘが太刀を振るい、光の壁にひび割れを作る。
まだ砕けない。
「最終秘奥義、泡・展・望(あわてんぼう)!!」
サザウェの必殺技が決まり、亀裂がさらに広くなる。
まだ砕けない。
「あなた!」
「マッスォくん!」
「やあああああああ!!」
ふたりの声に後押しされたマッスォが、トドメの一撃をちからの限り叩き込む。
光の壁を打ち砕き、やいばはそのままホリカを袈裟懸けに切り裂いた。
「……がっ……あっ……!!」
大量に出血し、その場に崩れ落ちるホリカ。最後にワカーメを探すように震える手を伸ばすと、そのまま塵になってさらさらと風の中に消えていった。
広間に静寂が戻ってくる。
「……やっ、た……?」
ぽつり、マッスォがつぶやくと、一瞬置いて、それを皮切りにイゾノ家は歓喜の声を上げた。
「やったぞー! これでダンジョン攻略だ!」
「やったわね、あなた! ステキよ!」
「これで富と名声が手に入るぞー!」
「やりましたね!」
「キモいストーカーもやっつけたわ!」
「みんなすごいですーうれしいですー」
わあ、と声を上げ、あるものはこぶしを掲げ、あるものは達成感で空を仰ぐ。
やった。
ついにやってのけたのだ。
ダンジョンを攻略したのだ。
その事実が実感となってマッスォの中に満ち、やがて歓喜となって荒れ狂った。
「やったぞ、僕らはやったんだ! とうとうダンジョンを制覇したぞ!」
「その通りだマッスォくん! ワシらはやったんだ!」
「やり遂げたのよ、あなた!」
一同は自然な流れでマッスォを取り囲み、たちまち胴上げを始めた。
「やった! やったあああああ!!」
宙に浮かびながらバンザイをして、マッスォは涙目で叫ぶ。
信じてよかった。イゾノ家を、自分を信じて進んでよかった。不可能だと決めてかかっていたことを、自分たちは見事やってのけたのだ。
今となっては、なにをあんなにおそれていたのかと思う。終わってしまえばこんなものだ。今まで悩んでいたことが、すべてバカらしく感じられた。
すべては一家一丸となって挑んだ結果だ。誰ひとり欠けることなく、全員がちからを合わせて、限界を突破して、越えられないはずの壁を越えた。それだけで充分な成果だ。
世界中に誇りたい。
これが、これこそがイゾノ家だと。
涙を流しながら胴上げされていると、どこからか金の輝きが降ってきた。
それはやがて膨大な財宝となって広間中に降り注ぎ、やむことのない輝きの雨となって降り積もる。
賞賛のような財宝の山に埋もれながら、イゾノ家メンバーは有頂天になった。
「うひょー! すごいや! お宝の雨あられだ!」
「なんという絶景!」
「これだけあれば家計も安泰ですよ」
そうだ。当初の目的は傾いたイゾノ家の家計を立て直すことだった。必死すぎて忘れかけていたが、これで借金も返せるし、再び貴族として返り咲くことも充分にできるだろう。
あはは、と黄金で水遊びをしながら、イゾノ家は大いに笑った。
「……ああっ!」
ふと、何かに気づいたサザウェが声を上げる。
「どうしたんだい、サザウェ?」
マッスォが笑いながら問いかけると、サザウェはどこかしょんぼりして、
「……財宝を持ち帰るだけの荷袋を忘れたわ……」
「ええっ!? 本当かい!?」
「あれほど出発のときに忘れ物はないかと言ったのに、この子と来たら……」
「まあ、姉さんが財布を忘れるのは今に始まったことじゃないからねー」
「カッツェ!」
「おっと、今回ばかりは姉さんが悪いよ!」
「うう……!」
「うむ。まあ、仕方なかろう。持って帰れる分だけにしよう」
「厳選すれば充分ひと財産になりますからね」
「相変わらずおっちょこちょいだなあ、サザウェは」
「あなたまで……!」
口を尖らせるサザウェに、一家全員が大笑いした。次第にサザウェまで笑い始めて、子犬もお日様も笑い出しそうな空気になった。
「さあ、財宝を検分するより先に、まずは休憩しますよ。みんなひどい有様なんですから」
言われてみれば、全員ぼろぼろになっていた。ハイになって今気づいたが、からだのあちこちがひどく痛む。相当に無理をしていたのだと、今になってぎりぎりの勝利だったと思い知った。
「けど母さん、魔力がもう残ってないんじゃない?」
「一日寝ていれば回復しますよ。財宝は逃げたりしません。そんなに心配ならこの広間で野営すればいいでしょう」
「それもそうだな! 母さん、今夜はベーコンを使ってくれ! 祝杯もあげようじゃないか、なあマッスォくん!」
「お父さん」
「ははは、いいじゃないですかお母さん、お父さんだって頑張ったんですから」
「そういうことなら、程々にしてくださいね」
「私もごいっしょしようかしら?」
「やめときなって、姉さんの酒癖の悪さは父さん以上なんだから」
「カッツェ!」
「へへへ、兄さんの気苦労が増えるのは気の毒だからね!」
「私ジュース飲みたい!」
「ぼくもですー」
「はいはい、みんなで乾杯しましょうね。今夜は特別に腕をふるいますから」
そういうわけで、イゾノ家は財宝に囲まれてその夜を明かすことにした。
フィーネとサザウェが作ったスープには、今日はベーコンが入っている。笑いの絶えない円卓で腹を満たして、その後は大人の時間だ。相変わらず意味不明な酔い方をするナミーヘを介抱して、ひと段落したら毛布にくるまる。
家族全員の寝息が聞こえる中、まどろみながらマッスォは改めて実感した。
自分たちは家族だと。
イゾノ家の一員でいられることがとても誇らしい。
この探索行で、マッスォは財宝以上に得がたいものを得、そして成長した。
できなかったことができるようになった。
それだけで、引き返さなくてよかったと思うのだ。
大きなきずなを感じながら、マッスォはぐっすりと眠りにつくのだった。