目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
№32 イゾノ家、総力戦

 ごごご、とダンジョンマスターの広間へと続く扉が開く。小さいローブ姿ととマッスォふたりだけで足を踏み入れると、玉座に座っていたホリカが、ぱっと顔を明るくした。


「ワカーメちゃん!」


 帰ってきた獲物を歓迎するかのように玉座から立ち上がり、ホリカが歩み寄ってくる。


「考えたんだけど」


 隣にいたマッスォが告げた。


「どうやっても君には勝てそうにない。けど、僕たちにはダンジョンを攻略しなければならない理由があるんだ。そこで、君に挑んで全滅するよりは……と、ワカーメちゃんが申し出てくれたんだよ」


「じゃあ!」


 飛びつく勢いのホリカに、苦々しげにマッスォがうなずいて見せた。


「僕らとしても心苦しい。けど、他に手段が見つからない。だから、君にワカーメちゃんを差し出すことにしたんだ」


 こくり、とフードを被ったローブ姿がうなずく。


 ホリカはにっこりと少年らしく笑って、


「やったあ! これで僕たち結婚できるんだ! さあ、早く妊娠しよう! ああ、ワカーメちゃんとやりたいことがたくさん」


 ホリカの言葉はそこで強制的に遮られた。


 ローブ姿が、しゃ、と隠し持っていたやいばを素早く振るう。喉笛に短剣を突き立てられたホリカは、声帯と気道をやられながらも、ぽかんとしていた。


「……?……」


 なかなか現実を直視できないでいるホリカにトドメをさすように、隣の人物がフードを脱いだ。


「じゃじゃーん! ドッキリ大成功!」


 ワカーメのローブを着て隣に立っていたのは、ワカーメではなくカッツェだった。ふたりは体格が似ている。ナイフを振るえないワカーメではなく、ナイフの扱いに長けたカッツェがワカーメに変装していたのだ。


 ごぼごぼと血を吐き出すホリカは、言葉を発することもできずに目を見開く。


 見事にだまされてくれた。


 やはり、ホリカは近接戦闘に関してはただの少年でしかなかった。からだも普通の人間だ。


 そして、舞い上がって疑うことを忘れていた。普通の思考ならば、あれだけワカーメを守ろうとしていたイゾノ家が、こうも簡単にワカーメを差し出すはずがないと思ったはずだ。


 しかし、ホリカは一切の疑いを持つことなく懐に入れてしまった。その毒が、一気に回ったのだ。


 これで呪文の詠唱もできない。無詠唱で発動できる魔法に限定すれば、対処できる確率は五分五分だろう。今までの絶対的な不利から考えると、相当にマシな勝率だ。


 ワカーメに擬態したカッツェが、隙をついてホリカから声を奪う。


 作戦のかなめはそこだった。


「まだわかっていないようだね」


 すがるように疑問符を投げかけるホリカに、マッスォは冷静に言った。


「君はまんまとだまされたんだよ。ワカーメちゃんは渡さない。僕らは君と戦う!」


 そう宣戦布告した途端、半開きにしていた扉から他のイゾノ家メンバーがなだれ込んでくる。


「行くぞイゾノ家! 今度こそリベンジだ!」


『おー!』


 ナミーヘの言葉に、気勢を上げる一家。


「……っ……!」


 ホリカはとっさに玉座へと下がり、首からナイフを生やしたまま無詠唱で魔法を展開した。


 光の防壁が出来上がり、ホリカを包む。そして、無数の火の玉といなずまがパーティに向かって放たれた。


 無詠唱でここまでの魔法を使えるのは驚きだが、やはり今までの圧倒的な火力からすれば見劣りする。これなら、ぎりぎりで回避することができる。


 魔法の弾幕をかいくぐって、ナミーヘが、サザウェが、マッスォが肉薄する。


「せえい!」


「やあっ!」


「えいっ!」


 一斉に得物を振るい、ホリカを守る防壁に傷をつける。が、やはり強固だ。オリハルコンゴーレムよりもずっと固い。


 さらには魔法の弾幕がある。


「ぐわあ!」


 火の玉が爆発して、ナミーヘが吹っ飛ばされる。


「おとうさ……わあ!」


 マッスォもまた、複数の爆撃を受けて、粉微塵になりそうな衝撃とともにその場からはじき出された。


「あなた!」


 サザウェが駆け寄ってくるが、骨を数本やられただけだ。まだやれる。口の端から垂れてきた血を拭いながらも、マッスォは立ち上がり、再び剣を構えた。


「大丈夫だ、まだやれる! いや、今やらなくてどうするんだ!」


 そして、またホリカの魔法弾幕の中へと突っ込んでいくのだ。ナミーヘとサザウェもそれに倣って、魔法を回避しながら防壁に少しずつダメージを与えていく。


「私たちもじっとしていられませんよ!」


「わかったわ!」


 フィーネが後方からマッスォたちへと防御の魔法を届ける。さらには加速バフ、筋力アップのバフもかけて、全魔力を投入した。


 カッツェは走り回りながらナイフを投げ、ワカーメもささやかながら攻撃魔法を放ち、ホリカの弾幕をかき消している。


「ダマーがんばるですー」


 ふしゃー!と威嚇の声を上げながら、ダマがホリカに向かっていった。巨体ゆえ魔法を避けきれないが、各所にダメージを負いながらも防壁に爪を立てる。


 ダマはヒットアンドアウェイのスタイルで攻撃してもらうことになっている。被るダメージが大きいが、その一撃は非常に重い。できるだけ温存しながら、的確なタイミングで攻撃を仕掛ける。可能な限り召喚できる時間を有効に使わなければならなかった。


「ぬおおおおお!!」


 筋力向上のバフを授かったナミーヘが、太刀を防壁に叩きつける。ホリカの魔法の前ではフィーネの防壁は一撃で砕け散ったが、一撃防ぐことができればこちらからも一撃入れることができる。


「秘技! 疾・風・散(はやとちり)!!」


 むきむきにパンプアップしたサザウェが、聞いた事のない秘奥義を炸裂させ、虎の爪で防壁をえぐった。


 マッスォも負けていられない。


「ええい!」


 フィーネの防壁が砕けた瞬間、ちから強い剣戟で障壁にやいばを立てる。


 だが、防護壁が強固すぎる。マッスォたちがちまちまダメージを与えているだけではいつまで経っても突破できない。


「みんな! 今のうちに!」


 攻撃魔法を放つワカーメが言うと、前衛は一旦退いた。爆風が吹き荒れる中を、よろよろの足取りで駆け抜け、なんとか後方へ帰ってくる。その間、ダマが絶え間なくホリカに攻撃を仕掛けた。


 改めて見ると、もうみんなぼろぼろだ。装備はもちろん、からだにもガタが来ていて、攻撃するにも反動で自分たちにもダメージが来るほど。いつ剣が折れてもおかしくない、次の攻撃魔法で戦闘不能になるかわからない。


 フィーネもワカーメも、魔法の大盤振る舞いで魔力が枯渇していた。顔色が悪く、詠唱の声もかすれ切っている。ダラウォもぐずり始め、ダマもいつまで召喚状態にしておけるか。


 ぎりぎりのイゾノ家だったが、まだ勝つ気でいた。


 決定的な一撃さえ入れば。


 せめて、相手の集中力を乱して、魔法の効力を少しでも削ぐことができれば。


「……このままではワシらの身が持たんぞ……!」


「泣き言は言いたくないけど、私もそろそろ限界よ……!」


「僕も足に来てる……!」


「すいません、私の魔力もなくなりかけています……」


「私も……!」


「ふえーんダマー!」


 イゾノ家はもう限界だ。来るところまで来ている。もってあと数分だ。


 しかし、その数分で出来ることがあるはず。きっとなにかが出来るはずだ。


 珍しく弱気になっている一家に、マッスォは檄を飛ばした。


「みなさん、もう少しなんです! ダンジョン攻略まであと少しなんです! 限界なんて突破しましょう! 僕らならやれます! 今までもそうやって進んできたじゃないですか!」


「ぬう……そうだな! 当たって砕けろだ!」


「父さん、砕けちゃ困るんだよ!」


「カッツェの言う通りですよ、お父さん。なんとかして砕けずに勝つことが大事です」


 そのためには、なにか決定的な一手が必要だ。


 考えろ、なにかあるはずだ。


 少しでいい、ホリカに付け入る隙を作る方法は……!?

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?