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№31 再生するイゾノ家

 なんとか退却して、マッスォたちは死体を抱えて近くの小部屋へとなだれ込んだ。


 とたん、どっと疲れに襲われる。その場にへたりこんで他のメンバーを見渡すと、フィーネもワカーメもダラウォも同じようにその場に膝をついていた。


 死にかけた。その事実に今さら震えが止まらなくなる。


 下ろした三人の死体が視界の中に入った。目を背けたくなるような凄惨な死に様だ。これが家族のなれの果てだなんて、信じられなかったし信じたくもなかった。


 一歩間違えたら、自分もこうなっていたかもしれないのだ。冷や汗がどっと背中を伝い落ちた。


「……大丈夫です、一日休んでいれば私の魔力も回復します」


「……お母さん……」


「大丈夫ですよ。全員の蘇生には更に一日かかります。蘇生分の魔力を回復させるためにもう一日……タイムリミットまでぎりぎりですが、なんとかやってみましょう」


「私も手伝う!」


「ぼくはダマをよんでみますー」


「ともかく、少し落ち着きましょう。そんなに落ち込まないでください、マッスォさん」


 言われて始めて、マッスォは自分がひどい顔をしていることに気づいた。


 家族を三人も失い、なすすべもなく逃げることしかできなかった。撤退すら、フィーネの言葉がなければできなかっただろう。危うく全滅するところだったのだ。


 惨敗だった。手も足も出なかった。


 どれほどおのれの無力さを嘆いたことか。


 だが、どれほと情けない思いをしても、絶対に戻りたくはなかった。負けるわけにはいかなかった。


 家族みんなで決めたことだ、必ずこのダンジョンを攻略すると。家長の自分が弱気でどうする。


 マッスォはそうやっておのれを鼓舞すると、ようやく表情を正して、


「お願いします、お母さん……!」


 頭を下げられたフィーネはちから強くうなずき返し、


「とにかく、今は落ち着いて休むときです。一旦ホリカくんのことは忘れて、充分に食べて眠りましょう」


「はい!」


 フィーネの言う通り、まずは回復だ。しっかりと休養を取らなければ、勝てる勝負も勝てない。


 三人が欠けた円卓でフィーネのスープとパンで腹を満たすと、一家はそうそうに眠ってしまった。マッスォも疲れからぐっすりと眠り込んだ。


 翌日、ある程度魔力を回復させたフィーネが、三人の死体を並べて蘇生魔法の準備に取り掛かった。


 改めて見ると、凄惨すぎる有様だった。躊躇なく生きている人間をこんな姿に変えてしまう敵は、やはり正気ではない。常識が通用しない強大な相手とどこまで戦えるだろうか。


 フィーネは損傷の少ないサザウェの死体から蘇生魔法をかけた。長い詠唱の果てに、焼け焦げていた死体が徐々に人間の形を取り戻していく。小一時間かけると、サザウェの肌はすっかり瑞々しさを取り戻していた。


「……う、うーん……」


「サザウェ!」


 目を閉じたままのサザウェからいつもの声が聞こえて来ると、マッスォはそのまま起こそうとする。が、フィーネがそれを止めた。


「まだたましいが定着していません。無理に起こさず、そっとしておいてください」


「は、はい!」


 マッスォはあわてて手を引っ込めて、神妙な顔でサザウェの寝顔を見つめた。


 ひとり蘇生した時点で、フィーネの顔色はかなり悪くなっている。あとふたりも残っているのだ。果たして魔力がもつかどうか。


 カッツェの蘇生に取り掛かっている間に、ダラウォが声を上げた。


「わーいダマがもどってきたですー!」


 そこには、呼び戻された白虎の巨大が現れていた。にゃーん、と鳴き、なにごともなかったかのように顔を洗っているが、そのからだのところどころに光のほつれのようなものが走っている。ダマもまだ本調子ではないらしい。


 なんにせよ、ダマが戻ってきてくれたのは頼もしい。


「よくやったね、ダラちゃん!」


 ダラウォの頭をなでてねぎらうと、


「これでみんないっしょですー」


 ダラウォはうれしそうに言ってダマの背中に乗った。


 やがてカッツェも蘇生も終わり、すやすやと寝息を立てるようになる。それに反比例して、フィーネのコンディションが下がっていくのが見て取れた。


「お母さん、少し休んだ方が……」


 おそるおそるマッスォが提案したが、フィーネはあくまで気丈に振舞う。


「これくらいなんてことないですよ。まだお父さんの蘇生が残っていますから」


 そう言って、最後のひとりであるナミーヘの蘇生を始めるのだった。


 ……ちょうど半日経ったころだろうか。


 ナミーヘの蘇生が終わり、元通りの姿となって息を吹き返す。


 それを見届けると当時に、フィーネはその場に崩れ落ちた。顔は真っ青を通り越して真っ白だ。


「お母さん!」


 あわてて助け起こすと、フィーネは弱々しく笑って、


「……少し無理をしましたね……休ませてもらいますよ……もうすぐたましいが定着して、みんなも目を覚ますはずです……」


 そう言うと、気を失ってしまった。いくらフィーネと言えど、三人もの蘇生はかなりちからを使ったようだ。フィーネをいたわるように毛布の上に横たえて、マッスォは三人が目を覚ますのを待った。


「……ううーん……はっ!  ここは!?」


「……げほげほ……なんだか息がしづらいや……」


「……たしか、ワシらは……」


 無事に起き上がった三人を前にして、ようやくマッスォの表情もやわらいだ。


「みなさん! おかえりなさい!」


 あの無惨な有様からするとにわかには信じがたい話だが、死んでいた三人はなんとか生き返ったのだ。


 涙ながらにサザウェの手を握りながら、マッスォは状況を説明した。


「そうか、母さんががんばってくれたのか」


「さすが母さんね!」


「僕、生き返ったの初めてだ」


「よかった、本当によかった……!」


「あなた、そんなに泣くことないじゃない」


「そうだぞ、ワシらはぴんぴんしとる!」


「まったく、兄さんは泣き虫なんだから」


「カッツェ!」


「へへへ、生き返った姉さんの怒鳴り声はまたパワーアップしてるなあ」


 こんな当たり前のやり取りも、今となっては懐かしく尊く感じられた。


 その夜はサザウェのスープとパンで夕食をとり、まだ起き上がれないフィーネを心配しながら一同は眠りについた。


 翌朝、ようやく目を覚ましたフィーネに感謝の言葉をかけると、イゾノ家メンバーは再び欠けることなくそろった。


「今日一日は母さんを休ませてやらんとな!」


「けど、もう借金返済までのタイムリミットがないわ」


「明日の決戦で終わりにしなきゃね 」


 そう、明日でダンジョンに潜って一週間だ。戻る時間を考えると、借金返済の約束をしている10日目までぎりぎりだった。


 フィーネの回復を待って、明日すべてを決する。


 そう決めたイゾノ家だったが、まだホリカ攻略のための糸口はつかめていない。


 家族全員で知恵を出し合って、必死に考えた。これはどうか、あれはどうだ、散々頭を絞って案を出し合った。


 もう、マッスォひとりでは考えなかった。なんでも相談し合える家族がいるのだから、ひとりで抱え込む必要はない。


 たしかに、イゾノ家の面々は考えるということを苦手としている。が、それでも三人寄ればなんとやらで、徐々にアイデアが形になり始めてきた。


「……よし。ではその策でいきましょう!」


 完成した作戦にマッスォがゴーサインを出すと、イゾノ家は全員でこぶしを掲げ、


『おー!』


 ときの声を上げて、リベンジへの意気込みをあらわにした。


 まんまとやられたが、次こそは。


 イゾノ家はみんなそうこころに誓って、翌日の再戦に向けて英気を養うため、円卓を囲んで食事をとると、しっかりと眠りにつくのだった。

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