目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
№30 マッスォ、絶望の咆哮

「もう、仕方ないなあ……じゃあ、行きますよー」


 開戦の合図はあまりにも軽すぎるものだった。


 ホリカの手のひらに、突如としてダマの巨体ほどの火の玉が浮かび上がる。マグマのように燃えたぎる火焔球からは、離れた場所からでも膨大な熱気が伝わってくる。


 ほい、と放り投げた火の玉は、うなりを上げながらイゾノ家メンバーに殺到した。


 なんの対応もできないイゾノ家のその前に、ダマが立ちはだかる。面々をかばうように火焔球の直撃を受けたダマは、鳴き声ひとつ上げずに光の粒となって消えた。


「うわーんダマー!」


 ダラウォが泣き始める。しかし、間一髪でダマがかばってくれてよかった。下手をすればあのままパーティ全滅だ。ダマは召喚獣、ダラウォが呼び出せばまた出てくることができる。それだけは救いだった。


「あーあ、一撃目は不発かあ。じゃあ次、行くよー」


「お母さん! 防御魔法を!」


「わかりました!」


 今度は対処できるように、マッスォはフィーネに指示を出した。フィーネの詠唱が終わるのを待っていたかのように、かざした手のひらから極大のいかずちを放つホリカ。


 雷撃が激しく防御壁を揺さぶる。まるで雷雲のまっただなかにいるようだ。ばき、ばき、と結界にヒビが入っていく。


「……くっ……!」


 歯噛みしたフィーネがかざした両手を震わせ、


「もうもちません! 結界が破られたら、みんな散開してよけてください!」


 フィーネをもってしても、ホリカの圧倒的火力には耐えられない。ばきん!と光の防御壁が破られると同時に、イゾノ家メンバーは散り散りになってその場から逃れた。それでも枝分かれした電撃で、しばらくからだがしびれてしまう。


「ああー、次もよけられちゃった。案外やりますね」


 あはは、と笑って上から目線で言い放つホリカに、イゾノ家は手も足も出ない。


 いや、問題なのは膨大な魔力だ。近接戦闘なら、あるいは……?


 それはナミーヘやサザウェも考えていたらしく、雷撃のダメージから回復するとともにホリカへ飛びかかろうとする。


「成敗してくれる!」


「大人を舐めるんじゃないわよ!」


 しかし、やいばがホリカに届くより先に、地獄の業火がホリカの周りを取り巻いた。灼熱に阻まれ、ふたりは足止めを食らう。


 その隙に、ホリカは再び極大の火焔球を放った。避けきれず、ナミーヘは炎に飲み込まれて消し炭となり、サザウェもまた半身を焼き焦がされてしまった。


「お父さん! サザウェ!」 


 おそらく、ナミーヘは即死だっただろう。ただの骨になったナミーヘと、右半分を炭化させたサザウェのかすかなうめき声が耳を刺す。


 家族が死んだ。


 その事実はマッスォの胸に重くのしかかり、にわかには信じられなかった。まさか、ここまで来てこうも簡単に全滅の危機とは。


「しぶといなあ。よーし、次次!」


 まだかろうじて生きているサザウェに向かって、ホリカは容赦なくトドメの電撃を撃ち込む。残っていた半身が、高圧電流によってぱぁん!と弾け飛んだ。


 サザウェも死んだ。自分の妻が。


 あまりにもあっけなく。


「……あ……あ……あああああああああ!!」


 マッスォの口から、知らぬ間に絶望の絶叫がほとばしった。声を枯らして叫んでも、ふたりを失ったことに変わりはない。


 ちからの差がありすぎる。


 これまで数々のフロアボスを制してきたイゾノ家だったが、ホリカはレベルの桁が違った。


 軽々しく挑んでいい相手ではなかったのだ。


 しかし、マッスォ中に退くという選択肢はなかった。どれだけ強大な敵だろうと、自分たちならなんとかできる。そう信じてここまでやってきたのだ。


 イゾノ家は、そうやって前に進んできたじゃないか。


 その一員なら、戦わなくてどうする。


 なにか、なにか策は……!?


「せめて死体だけでも回収しなきゃ……!」


 カッツェが素早く前に出て、消し炭になったナミーヘとサザウェの死体をさらってくる。そんなカッツェの背中に、極太のレーザーが放たれた。


「……くそっ……!」


 ふたりの死体を抱えながらも、素早いカッツェはそのレーザーをかわす。だが、レーザーはカッツェの動きを追うように進路を変えた。


「……なっ……!?」


 驚愕の表情のまま、光に焼かれるカッツェ。あと少しでマッスォたちの元へ届く距離で、カッツェまでもが死んでしまった。


 なんてことだ。これで三人が欠けた。


 ホリカのちからは圧倒的だった。家族のピンチになすすべもないマッスォは、おのれの無力さに歯噛みするばかりだ。


 とことんなにもできない。


 自分はとんだ無能だ。


 せめて、三人のように勇ましく散ろう。


 悲壮感であふれた表情で剣を構えるマッスォに、フィーネが必死に呼びかけた。


「マッスォさん! 私さえ残っていれば、魔力を回復させて蘇生魔法が使えますから!」


「いえ、僕だけでもなんとか!」


「私たちだけでは死体を担いで逃げ切れません! マッスォさんのちからが必要なんです! なにも死に急ぐことはありません! だから!」


「僕だけ無傷で終われません! 僕だって、僕だって……!」


 今にも突進しようとしていたマッスォの頬に、フィーネのビンタが炸裂した。


 予想外の方向からのダメージにぽかんとしている内に、フィーネが語気を強めて言い聞かせるように告げる。


「しっかりしなさい! 家長でしょう! あなたまで死んでしまってどうするんですか! 現実を見なさい! やみくもに戦って勝てる相手ですか!?」


「……け、けどイゾノ家は……!」


「たしかに、今までは進んでこられました! けれども、もう三人死んでるんです! もうただ進んでいいわけではないことくらい、私にだって分かりますよ! イゾノ家だって退くときは退くんです!」


 その勢いに、マッスォはすっかり押し負けてしまった。


 フィーネの言う通りだ。自分でまで死に急いでしまったら、残ったメンバーはどうなるのだ。今ならまだぎりぎりでなんとかなる。ここが最後のターニングポイントだ。


 イゾノ家の一員となったことで、マッスォは気がせいていた。少しでも勇ましく戦わなければと躍起になりすぎていた。ブレーキ役だった自分まで熱くなってどうする。


 それまでの勢いはどこへやら、マッスォはフィーネの意見に賛同して、


「……は、はい!」


 目が覚めた。ここはがんばるべきところではない。今すぐにでも撤退すべきだ。


 マッスォが納得したのを確認して、フィーネがうなずく。その隣では、ワカーメとダラウォが不安そうにしていた。


 そうだ、まだ家族は残っている。まだ引き返せる。


 引き際を見誤ってはいけない。


 マッスォは三人分の死体を担いで走り出した。三人分とは思えないほど軽い。ほとんど骨を担いでいるようなものだ、その軽さで胸が苦しくなった。


「行きますよ、ワカーメ、ダラちゃん!」


「わかったわ!」


「はいですー」


 後衛三人を連れて、脱兎の勢いでその場を逃げ出すマッスォ。背後から攻撃されるのではないかと気が気ではなかったが、さいわいホリカは一切魔法を放ってこなかった。


 舐められているのだ。敵は心底、マッスォたちを侮っている。これほどまでにちからの差が歴然としているのだから、当然と言えば当然だが、悔しくて仕方がなかった。


 ぽろぽろと崩れ落ちそうになる、タンパク質が焦げたにおいのする死体を抱えて、入ってきた扉を目掛けてひたすらに走る。


「ふふふ! またおいでよ! 待ってるからね、ワカーメちゃん!」


 ホリカの声が背中に浴びせられる。そんな屈辱的な言葉を背にしながら、マッスォたちはダンジョンマスターの広間から逃げ去っていくのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?