それから先はどうにかこうにか進んで行った。
マッスォたちも成長しないわけではない。大分ダンジョンにも慣れてきて、モンスターや罠のあしらい方もわかってきた。
たしかに、深く潜るにつれてダンジョンは手強くなっている。が、イゾノ家はもはや歴戦の勇士たちだった。ひるむことなく立ち向かい、学び、強くなり、戦い続ける。
ダマを先頭に、カッツェが罠を警戒しながら、前衛の三人が後衛の補助魔法に守られながら少しずつ進んだ。
もう装備はぼろぼろだ。フィーネたちの魔力もとっくに限界を超えている。ヒロポンもない。イゾノ家は満身創痍で疲労しきっていた。
それでも、進もうと思うことができた。
なにがその原動力になっているのかはわからないが、とにかくちからが湧き上がってきた。
今ならやれる。自分たちならやれる。
きっと、きっと。
それは願いではなく確信だった。いや、盲信かもしれない、過信かもしれない。だが、それさえあればとれだけぼろぼろになっても、イゾノ家は前に進むことができた。
第五階層、第六階層と突破して、イゾノ家は進み続けた。
そして、紆余曲折を経て、ダンジョンの最奥にたどりついた。
「ここが、ダンジョンマスターの広間……!」
今までの部屋よりも扉が大きい。重々しい扉の向こうにはダンジョンマスターが待ち構えているのだ。
息を呑むマッスォの肩を叩き、ナミーヘが言った。
「いいんだな、マッスォくん?」
ここから先は本当の地獄が待ち受けている。さすがのナミーヘも安易には進もうも言いきれない。
しかし、マッスォは強くうなずき、
「ここまで来て引き返すことなんてできませんよ。こうなったらこのダンジョン、攻略してしまいましょう!」
「そうよ! 私たちなら何が出てこようとも戦えるわ!」
「よーし、行きますよ!」
『おー!』
マッスォの声に全員がこぶしを掲げた。
そして、最後のボスであるダンジョンマスターへ続く扉が開かれる。
……そこには、あかあかと燃えるたいまつに照らされた玉座があった。その玉座に座っているのは、黒いローブのごく普通の人間の少年だ。
少年は玉座から立ち上がると、満面の笑みを浮かべて、
「待ってたよワカーメちゃん!」
「ホリカくん!?」
ワカーメが驚きの声を上げた。どうやらまさかの知り合いらしい。
「ワカーメ、知ってるの?」
「うん、学校で同じクラスだった……んだけど、まさかこんなところにいるなんて……」
ワカーメも困惑している。それはそうだろう。同級生がいきなりダンジョンマスターとして現れたら、誰だってそういう反応をする。
そんなワカーメをじっと見つめながら、いや、それよりもどこか遠いところを見ながら、ホリカは恍惚とした表情で言った。
「ああワカーメちゃん、やっと会えた! 僕のお嫁さんになって、ボテ腹ファックで流産して!」
イゾノ家の間に、数秒間『……え……?』という沈黙があった。即座にはその言語を理解できなかった。ドン引きしすぎてわけがわからなくなっている。
そんな沈黙に気を取られて、ホリカは少年らしく首を傾げた。
「……あれ? おかしいな、僕なにか変なこと言いました?」
本物のサイコパスだ。正真正銘、混じりっけなしのサイコパスでしかない。
そう思うと、こんな普通の少年がとんでもない化け物に見えてきた。
ホリカはすぐに気を取り直して、
「そういうわけだから、娘さんを僕にくださーい!」
渾身のプロポーズだったが、まさかここでうなずけるはずもなく。
「ふざけるな! 君みたいなやつにワカーメちゃんをやれるか!」
マッスォがいきり立つ。大切な義妹をこんなサイコパスに渡してしまえば、とんでもないことになるだろう。たとえ家族でなくとも、こんな最低のプロポーズで嫁にやれるはずがない。
ホリカはきょとんとして、
「ええー、ダメですか?」
「ダメに決まってるだろ!」
「どうして僕の愛が伝わらないんだろう……? このためだけにダンジョンまで作ったのに、どうして……?」
うーん、とうなっている辺り、本気で自覚していないらしい。無自覚な悪意が一番厄介だ。
そして、一夜にしてダンジョンが出現した原因がわかった。ホリカがワカーメを誘い出す、そのためだけに作り上げたのだ。なにをどうすればそんな芸当ができるのか見当もつかないが、ホリカはやった。
そうするだけのちからがあるということだ。強大な魔力か、それとも別のなにかか。なんにせよ、敵はとてつもないちからを秘めているはず。こころしてかからねばならない。
たとえどんなに強くても、立ち向かわなければならないのだ。
何かを思いついたらしいホリカは、ぽん、と手を打ち、
「けど僕、ダンジョンマスターですよ? めちゃくちゃ強いですよ?」
「それがどうした!」
すると、ホリカは呆れたようなため息をついて続けた。
「察しが悪いなあ。ワカーメちゃんをお嫁さんにしてくれるなら、僕はあなたたちに攻撃しませんよ。それどころか、このダンジョン中の財宝もあげますよ? 悪い話じゃないでしょう?」
要は、ワカーメと引き換えに無抵抗で宝を差し出すと言うのだ。ダンジョン最強のラスボスと戦えるかと問われれば、難しいと言わざるを得ない。その戦いを避けて、すべて財宝が簡単に手に入る。イゾノ家の家計も安泰だ。たしかに、悪い話ではない。
……到底、納得できることではなかったが。
「それがどうした! 家族を差し出してまで欲しいものなんてあるか!」
「そうだ! ワカーメは絶対に嫁にやらんぞ!」
「あんたなんかやっつけてやるわ! かかってきなさい!」
ふるふると震えるワカーメをかばうように立ちはだかり、ナミーヘが、サザウェが戦闘態勢に入る。
たしかに、このダンジョンのラスボスともなれば相当に強いのだろう。マッスォたちも成長したとはいえ、もうぼろぼろだ。普通のフロアボス戦すら突破できるかどうかあやしいのに、ダンジョンマスター相手にどこまで戦えるか。
だが、他ならぬ家族のピンチだ。
ここで立ち上がらなくてどうする。
すらりと剣を抜いたマッスォは、ホリカを見据えて言い放った。
「悪いけど、家族を渡すわけにはいかない! 君の野望はここで打ち砕く!」
気をみなぎらせた面々に向かって、ホリカは残念そうにため息をついて、
「物分りが悪いなあ。僕がどれだけ強いか知らないからそんなこと言えるんですよー。めちゃくちゃ強いんですよ?」
「めちゃくちゃ強くても戦ってやる! ワカーメちゃんは絶対に渡さない!」
「じゃあ、ちょっとわかりやすくしましょうか」
すると、ホリカはちょいちょいと部下のひとりを手招いて呼んだ。おそるおそる進み出てきた部下の頭に手をかざすと……
ぱぁん!と部下の頭が粉々に吹っ飛ぶ。血液と脳漿が飛び散った。
なにが起こったのか、数秒間わからなかった。
ノーモーションで、魔法も使わずに、ひとりのいのちを刈り取ったのだ。
しかも、自分の部下のいのちを、こともなげに。
そのちから、その異常性、ただごとではない。
血を吹き出しながら倒れる元部下の方を一瞥もせずに、ホリカはやれやれと肩をすくめた。
「少しはわかりました?」
このプレゼンテーションのためだけにいのちを奪ったのだ。こんな些細なことで。
ホリカはワカーメ以外のイゾノ家メンバーに対して容赦はしないだろう。その気になれば簡単に全滅させられる。
しかし、それは戦わない理由にはならない。
家族のためにも、この剣を納めるつもりはない。
それは他のみんなも同じのようで、凄惨な場面を見せつけられた後だというのに臆した様子もない。
無言の圧に、ホリカは溜息をつき、
「わからないなあ。でも、まあ戦うならお相手しますよ。あなたたちを全員惨殺して、ワカーメちゃんは僕のものだ!」
「させるか! 行くぞみんな!」
『おー!』
気勢を上げたイゾノ家のメンバーは、そうして最後の戦いに挑むのだった。