ごごご、と再びフロアボスへの扉が開かれた。オリハルコンゴーレムは相変わらずそこに鎮座していて、マッスォたちが現れたと見るや立ち上がってこぶしを握る。
「じゃあみんな、作戦の通りに!」
『おー!』
マッスォの掛け声に、イゾノ家メンバーがそれぞれ散開した。ナミーヘ、サザウェ、ダマは前線に、フィーネとワカーメは後衛で補助魔法、カッツェは中距離から目くらまし、マッスォも前線へと走った。
ゴーレムは、作成するにあたってどこかに『emeth』の文字を彫らなければならない。倒すには、その文字を削って『meth』、つまり『死』に変えてしまえばいい。それはオリハルコンゴーレムとて同じこと、たったそれだけのことで強大なゴーレムは活動を停止する。
しかし、文字は大きなからだのどこにあるのかわからない、とても小さなものだ。戦いながら探すのは至難の業。加えて、オリハルコン製ということで、削るのも容易ではない。
ゆえに、魔法防御で物理攻撃を軽減させつつ、目くらましをして、攻撃をかわしながら至近距離でオリハルコンゴーレムを観察し、文字を発見して削らなければならない。
かなりの難易度だ。やれるかどうかはわからないが、やるしかない。
フィーネとワカーメが呪文を詠唱し、前衛の三人に物理防御のフィールドが張られる。カッツェは煙幕弾を駆使して素早くオリハルコンゴーレムの視界を奪った。
やみくもに振るわれるこぶしを避けるのは、そう難しいことではない。問題は、これを続けながら文字を探し出せるかどうかだ。
「こっちにはないわ!」
「こっちもです!」
「ぬう、ならば背中はどうだ!?」
オリハルコンゴーレムの重いこぶしをなんとか避けながら、あちこちから観察する。が、なかなか見つからない。
ゴーレムも絶えず動き続けている。動くものの観察とはこんなに難しかったのか。
飛んだり跳ねたりしてオリハルコンゴーレムの攻撃をかわしていたが、徐々に足が追いつかなくなってきた。がぎん!とナミーヘの防御結界にオリハルコンゴーレムの拳がかすり、ヒビが入る。
ない、ない、ない。どこにあるんだ?
疲れた足のせいで、防御結界がだんだんとぼろぼろになっていく。フィーネもまだ回復しきっていない、そう長くは持たないだろう。
早く見つけないと……!
「あったわ!」
サザウェのその言葉に、広間がざわついた。とうとう見つけたのだ。
それは、左太腿の裏側に小さく彫られていた。たしかに『emeth』の文字だ。
「よくやった、サザウェ!……ぐぅっ……!」
またかわしそこねたナミーヘの防御結界が完全に崩壊する。これ以上は危険だ。
「お父さんは退いてください! ここは僕たちが!」
「わかった! 頼んだぞ!」
素直に従って、後方へと戻っていくナミーヘ。ここから先はマッスォとサザウェだけで挑まなければならない。が、文字が見つかった以上、ふたりでもやれる。
「このー!」
サザウェが虎の爪で文字を狙うが、オリハルコンゴーレムの動きのせいでとらえることはできなかった。鈍重な敵とはいえ、的が小さすぎる。
「えいやっ!」
狙いをすましてマッスォが剣を振るった。わずかにだが、文字に傷がつく。
サザウェも負けてはいなかった。コツをつかんできたのか、虎の爪が文字にかするようになってくる。
マッスォの剣戟と合わせて、文字が擦り切れてきた。傷だらけの文字だったが、完全に消すにはまだ時間がかかる。
もうこぶしをかわしつづけるのも限界だ。防御結界ももたない。文字を削るのが先か、こちらが倒れるのが先か……
文字を消すことに集中しすぎて、マッスォの動きが遅れた。オリハルコンゴーレムのこぶしが直撃して、防御結界が崩れ去る。
「あなた! もう……!」
「いや、僕はまだ大丈夫だ! あと少しで文字を削れる!」
らしくもなく強がっているが、内心はいつこぶしに叩き潰されるか戦々恐々だった。生身の状態でこぶしをかいくくり、また文字に剣を突き立てる。
ばき、と文字にヒビが入った。あと少しで……!
「あなた!」
間近に迫ったオリハルコンゴーレムのこぶしがマッスォを血のシミに変える直前、サザウェが入れ替わるようにマッスォを突き飛ばしてかばった。サザウェの防御結界はその一撃で粉々になり、サザウェ自身も吹っ飛ばされる。
「サザウェ!」
「それよりも、文字を!」
傷だらけの妻に叱咤され、マッスォは気を引き締めて剣を握りしめた。あと少し、あと一撃でいいんだ……!
オリハルコンゴーレムがこぶしを振り上げ、マッスォを叩き潰そうとする。マッスォは疲れた足に檄を飛ばし、神経を研ぎ澄ませてその一撃を紙一重で回避した。
決定的な隙が生じる。
『いっけえええええええ!!』
イゾノ家全員の声援を受けて、マッスォは握った剣にちからをこめた。
「ええい!!」
渾身のちからで放った突きは、とうとうオリハルコンゴーレムの文字を削り取った。
途端、オリハルコンゴーレムの動きが完全に止まる。さっきまで動いていたのがウソのようにまったく動かなくなる。
「……やった……のか……?」
訝しげに様子を伺っても、また動き出す気配はない。
どうやら、上手くいったようだ。
よろこびよりも先に、吹っ飛ばされた妻のことが気がかりだった。
「大丈夫かい、サザウェ!?」
いそいで駆け寄ると、さいわいサザウェは大した傷を負っていない様子だ。よろめきながら立ち上がると、がば!とマッスォに抱きついてきた。
「やったわ! ステキよあなた!」
そして、家族の見ている前にもかかわらずキスをしてくる。昨日あんなに冷たかったのがウソのようだ。
「よくやった! それでこそワシの息子だ!」
「ぱぱすごいですー」
「ひゅーひゅー、おアツいねー!」
「カッツェ!」
「おじゃま虫ですいませーん」
「まあマッスォ兄さんにしてはよくやったわよね!」
「お疲れ様です、マッスォさん。見ていてひやひやしましたけど、ともあれよくやってくれました」
差し出されたヒロポンは、いつもより重く感じられた。これはみんなからのねぎらいの重さだ。
ぐっとヒロポンを飲み干し、マッスォは笑み混じりのため息をついた。
自分は家長として、立派に家族を守ることができた。
大切な家族を、いのちをかけて守り抜いた。
責任の取り方とは、本来こういうものだ。
自分たちは家族で、自分は家長。だからこそ、みんなを引っ張って、先頭に立たなければならない。
信じて着いてきてくれる家族がいる限り。
それが、マッスォのイゾノ家での役割だ。居場所だ。
高々と築いてきた壁が消え去るのを感じた。もう殻にこもるのは終わりにしよう。自分はこの家族を守らなければならないのだから。
「さーて、盛り上がってきたところで、お宝はどこかなー? あった!」
「あんたってやつは……けど、勝ち取った成果だわ! 早速開けましょう!」
「ちょっと待ってよ姉さん……ここをこうして……開いた!」
カッツェが解錠すると、そこには今までとは比較にならないくらいの黄金と宝石のきらめきが詰まっていた。
「うひょー! こいつは大物だ!」
「すごいじゃない! これで借金分は確保できるわ!」
「うむ! 我々の戦果だな!」
「やりましたね!」
みんなで宝を囲んで、豊かな輝きに目をくらませる。これだけあれば、今までの分と合わせて借金の金貨100枚にはなるだろう。今ここで戻ったっていいのだ。
しかし、もうマッスォの中に引き返すという選択肢はなかった。
目的は借金返済ではない。
一家の家計をどうにかすることだ。
行けるところまで行こうじゃないか。
大丈夫、イゾノ家ならやれる。
「みなさん、これからもっとすごい宝がありますよ! この戦いで僕たちも成長しました、一気にダンジョンマスターのところまで行きましょう!」
『おー!』
マッスォの言葉に、イゾノ家の全員がときの声を上げる。この面々を率いて、どこまでも行く。悲観的に考えたって仕方がない。今を大切にして、とにかく進む。
大分みんなの考え方が移ってきたな……と苦笑いしながら、マッスォたちは小部屋を探すために第五階層へと続く階段を降りていくのだった。