「昨日は、すみませんでした!」
翌朝、マッスォは起きてきたイゾノ家のみんなに深々と頭を下げた。
「頭に血が上ってしまって……ひどいことを言ってしまいました、本当にごめんなさい!」
全員きょとんとした顔をしている。離婚だと騒いでいたと思ったらいきなり謝られて、それは混乱するだろう。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、マッスォは謝罪を続けた。
「たしかに、壁を作っていたのは僕の方です。ひとりだけ勝手に疎外感を感じて、差し伸べられた手を跳ね除けて、ひとりで殻にこもっていい気になって……情けないです。僕はただ、みなさんと関わるのがこわかっただけなんです。こころを開くのがこわかった」
「……あなた……」
「けど、僕はみなさんのことが大好きです。だからこそ、向き合わなくちゃならない。自分が変わって、歩み寄らなきゃいけない。みんなの思いに応えるためにも、こわがってばっかりじゃいけないんだ」
マッスォは顔を上げ、真剣な顔をしてイゾノ家全員の顔を見渡した。
ナミーヘ。フィーネ。カッツェ。ワカーメ。ダラウォ。そして、最愛の妻、サザウェ。
そして、こころを込めてみんなに告げた。
「お願いします、僕にもう一度チャンスをください。もう一度、僕を家族として迎え入れてもらえませんか? どうか、お願いします。みんなと家族になりたいんです……!」
祈るようなここちで言っては、またも深く頭を下げるマッスォ。
しばらくの間、小部屋に沈黙が訪れた。みんな、マッスォの言葉を測っている。理解しようとしてくれているのだ。
……口火を切ったのは、ナミーヘだった。
どーん!とマッスォの背中を叩くと、わはは、と笑って、
「何を言うんだ、マッスォくん! もともとマッスォくんは家族だ! 今さらだ、今さら!」
「お父さん……!」
一気にあたたかくなった空気に、マッスォの表情もやわらいだ。ナミーヘはマッスォの肩を叩きながら続ける。
「迷惑をかけたっていい、血が繋がっていなくたっていい。それでも、なにかの縁があって同じ家で暮らしているんじゃないか。これは君が思っている以上に奇跡的なことだ」
ナミーヘはマッスォの手を取り、真っ直ぐに目を見つめて告げた。
「だから、人生を共にする家族として、いっしょにやっていこう。この奇跡的な縁を大切にしようじゃないか」
「……はい、はい……! ありがとうございます……!」
その手をかたく握り返すマッスォに、サザウェからも声がかかった。
「そうよ、あなた。謝ることなんてないわ。最初からあなたは私たち家族の一員よ。だって、あんなに私たちのためにがんばってくれたじゃない。だから胸を張って、イゾノ家の家長として」
「サザウェ……!」
「そうですよ。マッスォさんがやっと気づいてくれてよかったわ。私たちはもちろん、マッスォさんを家族として受け入れますよ。あなたが望めば、私たちはいつでも家族です」
「お母さん……!」
「そうだよ兄さん、前々から肩肘張りすぎだと思ってたんだ。難しく考えることないよ。僕らは家族だよ、だからもっといい加減でいいんだよ」
「カッツェくん……!」
「マッスォ兄さんは真面目すぎるのよね。私たちにまで気を遣う必要ないわ。ない頭をこねくり回すより先に、私たちと向き合うことだけ考えて」
「ワカーメちゃん……!」
「なかなおりですーぱぱはみんなのことだいすきですからみんなもぱぱのことだいすきですー」
「ダラちゃん……!」
これは気遣いなんかじゃない。
れっきとした家族愛だ。
どうして今まで素直に受け取れなかったのだろう。入婿だからと距離を置いて、一線を引いて、本当はこころを開くのがこわかっただけだ。
傷つくかもしれない。傷つけるかもしれない。そんなおそれがずっとあった。
しかし、今なら信じられる。
イゾノ家なら、自分たちならやっていけると。
今ここで、マッスォは初めてイゾノ家の家族の一員になれた。
あたたかくやさしい気持ちでいっぱいになり、自然と視界が涙でにじんだ。ナミーヘの手を握り返しながら、何度も感謝の言葉を伝える。
「……ありがとう……ありがとう、みんな……!」
「ぱぱまたないてるですー」
「ダラちゃん、パパは泣き虫なんだよ。まったく、涙は女の武器だってのに」
「カッツェ! 茶化さないで!」
「へへへ、失礼しましたー」
「ほら、ハンカチ。カッツェの言う通りですよ。いい大人の男は涙を見せてはなりません」
「……すみません、お母さん……」
ハンカチを受け取って目頭を押さえていると、サザウェが肩を抱いてきた。
「いいじゃない、そんな考え古くさいわ! 男だって泣きたい時に泣けばいいのよ!……けど、できれば私の胸で泣いてね、あなた」
「姉さんの無い胸でどうやって泣くんだよ」
「カッツェェェェェェ!!」
「ひゃー! ゲンコツは勘弁!」
「ともかく、夫婦円満みたいでいいじゃない」
「ワカーメ、夫婦というのはこういうものですよ。ワカーメも大きくなったらこういうひとをお婿さんにしなさいね」
「そうだぞ! その辺の軟弱な男など連れてきたら、かみなりを落として追い払ってやる! マッスォくんのような骨のある男を連れてこい!」
「どうせどんなひとを連れてきても、難癖をつけて『娘はやらん』と言い出すんでしょう、お父さんは」
「そ、そんなことはないぞ!? マッスォくんを連れてきたときだってそんなことは……」
「……いえ、小一時間ほどむすっと黙ってましたよね、お父さん……」
「ほら、見なさい」
「ぬぬ……!」
「思い出すわね、あなたがイゾノ家に来た日のこと! あなたったらかちかちに固まって!」
「ああ、たしか緊張のあまりお茶をこぼしたような……」
「覗いてた僕らがあわてて雑巾を取りに行ったんだよねー」
「そうだね、あのときの雑巾は臭かった……」
「カッツェ兄さんたら、あわてすぎてトイレ掃除用の雑巾持ってくんだもの」
「……カッツェ……! あんたそんなことしてたの!?」
「良かれと思ってだよー」
「はは、臭い中で『お嬢さんを僕にください』って言うのはなかなか気が散ったよ」
「うむ。ワシもあまりの臭さにごまかされてしまったしな!」
「たしかに、臭かったですね」
「あなた臭かったわ!」
そんなに臭かったのか、と改めて実感し、みんなで笑う。笑い話にできる日が来るとは思ってもみなかった。
家族とこころから笑い合える。こんな日が来るとは。
「臭かったのはさておいて……問題がありますよ。フロアボスです」
マッスォの一言に、イゾノ家の空気が引き締まった。そうだ、前に進むためには超えなければならない壁がある。イゾノ家の一員になったからには、マッスォももう『戻ろう』などとは思わなくなっていた。
「前に進むために、あのオリハルコンゴーレムをなんとかしないと」
「むう……しかし、惨敗してしまったからな……」
「僕もノープランだよー」
「安心してください。僕に考えがあります」
マッスォは頼もしげに言うと、胸をどんと叩いた。
「僕に任せてください」
そうだ、自分がこの一家を引っ張って行かなければならない。そのために、頭の中でずっと考えていたのだ。
前に進む方法を。
「策についてはおいおい話します。まずはもう一度フロアボスの広間に行きましょう」
「よーし、マッスォくんの考えを信じよう! みんな、今度こそ第四階層を制覇するぞ! リベンジだ!」
『おー!』
マッスォもいっしょになってこぶしを掲げ、ときの声を上げる。
決戦だ。もう振り返りはしない。
イゾノ家一行はフロアボスとの再戦に臨むのだった。