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№24 イゾノ家、全滅の危機

 そのころ、マッスォたちはちょうど第四階層のフロアボスの扉を開けたところだった。


 広間は相変わらずで、広々とした石造りの部屋には松明がともっている。


 その真ん中にいたのは、巨大な石の魔物だった。なにかの金属で作られたらしいゴーレムは見上げるほどの威容で、イゾノ家を睥睨すると、ずん、と重々しい一歩を踏み出した。


「びゃあ、ゴーレム……!」


「臆することはない! ワシらなら行ける!」


「そうよ、かかって来なさい!」


 ぱぁん!とこぶしを合わせるサザウェの言葉に呼応するように、ゴーレムはひとひとり握りつぶせるくらいの大きさの手を伸ばしてきた。


 ふしゃー!と威嚇の鳴き声を上げたダマが体当たりをすると、そのこぶしは跳ね除けられてしまう。巨体と巨体のぶつかり合いだ。さいわいここには魔法を封じる結界は張られていない。ここはダマを主体にやっていこう。


 ダマはゴーレムのからだに爪を立てるが、金属製のゴーレムには引っかき傷くらいしか残せない。牙を立てようにも硬すぎる。


 その巨体で押し倒そうにも、敵の膂力の方が上回っていた。ぐ、と拮抗状態を作るので精一杯だ。


 ダマは至近距離から地獄の業火をお見舞いしようとした。牙の生えそろった口を大きく開き、灼熱の炎を浴びせる。


 が、炎はゴーレムの表面を上滑りするだけで、まったく効いていなかった。炎を受け止めるゴーレムのからだには、光の膜のようなものが浮かんでいた。


「まさか……!」


 なにかに気づいたフィーネが、呪文を唱えて魔法を放つ。極大の電撃はゴーレムの表面で割れ、水の流れのように散っていった。


「このゴーレム、オリハルコン製ですよ!」


「なにぃ!? オリハルコンだと!?」


 ダマが取っ組み合いを続けている中で、ナミーヘがすっとんきょうな声を上げた。


 オリハルコン。破邪の銀。魔法を一切受け付けない、魔法耐性の極地とも言うべき金属だ。非常に貴重な資源で、市場では金よりも高い値段がついている。


「うひょー! あれ全部オリハルコンなの!?」


「カッツェ! あんなもの持ち帰れるわけないでしょ!」


「ちぇっ、わかってるよー!」


 たしかにあれだけの量のオリハルコンなら借金など一掃してしまえるが、とても持って帰れるようなシロモノではない。


 それよりも、今は魔法が効かないことの方が問題だ。


 苦戦していたダマが、ついにオリハルコンゴーレムにちから負けする。跳ね除けられ、地面に叩きつけられたダマが、ぎにゃっ!と悲鳴を上げた。


「ああーダマーやられちゃうですー」


「ここは私たちが!」


 サザウェとナミーヘが前に出て攻撃を仕掛ける。魔法が効かない以上、物理攻撃しか手段は残されていない。


 しかし、相手はオリハルコンゴーレムである。太刀を振るおうにも虎の爪を立てようにも、少しの傷しかつけられない。そうしている間にもオリハルコンゴーレムのこぶしがナミーヘを吹っ飛ばし、壁に叩きつけた。


「ぐはぁ……!」


 なんだかデジャブを感じる展開に、マッスォはいよいよ青くなってしまう。まずい、このままだと全滅は免れない。なんとかしないと……!


「お父さんの治癒は私がするわ!」


「サザウェ、物理攻撃を軽減するバフ魔法をかけます! ついでにパワーアップのバフ魔法も!」


 そうだ、以前のように完全に魔法が封じられているわけではない。補助魔法や治癒魔法なら使える。それに、ダマもまだ立ち上がろうとしている。


 フィーネが呪文を詠唱してサザウェに魔法をかけた。光の球体がサザウェを包み込み、そして続く魔法でサザウェの筋肉が大きく隆起する。


「ぬおおおおおおおおお!!」


 ぱんぱんにパンプアップされたサザウェの肉体は、ひと回り大きくなっていた。吠えながらオリハルコンゴーレムと組み合い、ダマと協力してその場にねじ伏せようとする。


 ず、とオリハルコンゴーレムの足元が滑った。


「いけっ、サザウェ!」


 満身創痍でワカーメの治癒魔法を受けていたナミーヘが声を上げる。某グラップラー父のように目をらんらんと光らせたサザウェのからだによりちからがみなぎり、今にもオリハルコンゴーレムを引きずり倒そうとした。


 ……しかし、そこまでだった。


 やはりゴーレムにひとのちからで張り合うことなどできず、今度はサザウェが押し返されていく。そして、ダマの巨体といっしょくたに組み伏せられてしまった。


 マウントポジションを取られてしまったら終わりだ。巨大なオリハルコンゴーレムのこぶしがゆっくりと持ち上がり、サザウェのからだに叩きつけられる。初撃はフィーネの防御結界でなんとかなったが、光の球体にはヒビが入った。


 次のパンチ、その次のパンチでどんどん結界は崩されていく。あのこぶしで殴りかかられたら、サザウェとて粉微塵になるだろう。


「……くっ、もう魔力が……!」


 ここへ来て、フィーネのからだが悲鳴を上げた。今までの無理が祟って、魔力が切れかかっている。魔法の効果がなくなればサザウェは死ぬ。ダマももう消えかかっていた。


「カッツェくん! なにか秘策は……!?」


 必死になってカッツェの方を見ると、腕を組んでため息をついていた。


「……ダメだ、なにも思い浮かばない。ごめん、兄さん」


「そんな……!」


 カッツェの悪知恵も出てこない。まさか凡人のマッスォになにか思いつくはずもなく、事態はどんどん悪い方向へ向かっていく。


 とうとうヒビだらけになった防御結界が破られる。バフ魔法ももう解けてしまい、あと一撃でサザウェは血肉のかたまりに変えられてしまう。


 ぐわ、とオリハルコンゴーレムの腕が持ち上がった。


 とっさに走り出したマッスォは、サザウェを肩に担ぐとその場から退いた。間一髪でオリハルコンゴーレムのこぶしが床を粉微塵にする。


「あ、あなた……」


「逃げよう!!」


 充分に後退してから、マッスォは高らかに宣言した。


「このままじゃ全滅だ! ここは一旦退こう!」


「それは……」


「いいから!!」


 口ごもるナミーヘを、有無を言わせぬ言葉で黙らせるマッスォ。今ここで言わなくてどうする。


「ここで全滅していいんですか!? 一旦でいいんです、引き返して体勢を立て直しましょう! 充分に回復してから再挑戦すればいい! 無理に進めばみんな死にます!」


「む、むう……!」


 なんとか説得されてくれたらしいナミーヘは、太刀を鞘に戻してよろける足取りで開けたままの扉へと引き返した。


「みんな、マッスォくんの言う通りだ! このままではパーティ全滅、それだけは避けなくてはならん! ここは一旦退くぞ!」


「わかったわ、父さん!」


「三十六計逃げるに如かず、ってね!」


 まだこちらを狙っているオリハルコンゴーレムだが、動きはのろい。逃げようとすれば逃げ切れるはずだ。


 カッツェが腰のポーチから煙幕弾を取り出し、その場に投げつけた。もうもうと煙が立ち込め、視界はゼロに近くなる。


 その中を、扉の向こうの光を目指して、イゾノ家メンバーは一気に駆け込んだ。最後にしっかりと扉を閉めて、追ってこないことを確認する。


 全員が安堵のため息をついた。


「ひとまずは、これで……」


 つぶやいてから、マッスォは全員を見回した。


 ナミーヘとサザウェは大怪我をしている。ダマはすでに消えており、ダラウォはわんわん泣いていた。フィーネもワカーメも魔力が切れて青い顔をしており、なんとか立っているのはマッスォとカッツェだけ。


 ひどい有様だ。パーティには休息が必要だった。


「……くそっ、こんなこと……!」


 ナミーヘが悔しげに床にこぶしを振り下ろす。


 マッスォにしてみれば、来るべき時が来ただけのことだったが、他のメンバーは一様に苦い顔をしていた。


「……とにかく、小部屋を探しましょう。フロアボスのことは忘れて、一晩ゆっくりして」


「……そうだな」


 ナミーヘがうなずき、マッスォに肩を担がれながら小部屋を探しに行く。


 手痛い敗戦を経験したイゾノ家は、意気消沈してダンジョンの道を引き返していくのだった。

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