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№23 ホリカくんはダンジョンマスター

 一方、そのころダンジョンの最奥部では、ダンジョンマスターが玉座についていた。


 ごく普通の少年である。黒いローブに身を包み、ドクロで装飾された仰々しい杖を持って、豪奢な玉座に座っているのが場違いに見える程度には。


「はーあ、ワカーメちゃん早く来ないかなあ」


 ダンジョンマスター・ホリカはため息をつき、夢見るような視線を宙に漂わせた。


「現在イゾノ家パーティは第四階層のフロアボス直前におります」


 異形の部下がうやうやしくそう告げると、ホリカは、ふぅん、と鼻を鳴らし、


「予想通りのペースだ。これならあと一週間もしないうちにワカーメちゃんに会えるぞ! ああ、楽しみだなあ」


 るんるんと足をばたつかせるホリカは、まさに恋する少年だった。ホリカはワカーメに夢中になっていた。


 ただ、少し方向性が狂っていた。


「ねえ、聞いてよ」


 またか、とうんざりした表情を隠そうともしない部下に向かって、ホリカは一方的にまくし立てた。


「ワカーメちゃんがお嫁さんになってくれたら、ワカーメちゃんに触手を寄生させて僕の精子で卵を産んでもらうんだ! 苦しそうに苦しそうに産卵するワカーメちゃんが卵を全部産み終わったら、僕が残らずその卵を食べるんだ! ふふふ楽しみだなあ! どんな味がするかなあ! きっとすごくおいしいよ! ねえ!」


 アブナイ妄想に同意を求められた部下たちはドン引きしている。なんと返していいかまったくわからない。


 そう、ホリカは少し変わった愛情をワカーメに向けていた。


 いや、少しどころではない。


 非常にクレイジーで猟奇的な狂った性癖を押し付けていた。


 サイコパス・ホリカは、その妄想を実現するためだけにこのダンジョンを作り上げたのだ。一途というか妄執のちからに頼って、この一大建造物を一夜で建てた。


 そして宝をあちこちに撒き、モンスターを放ち罠をしかけた。ワカーメ以外の誰かの侵入を阻むために。


 金に困っているイゾノ家のことだ、きっと食いつくと思っていたが、やはり来たか。


 ここに来るまでの間、何人死ぬか。とりあえず、ワカーメ以外には用はないので死んでくれてかまわない。むしろその方が好都合だ。


 後衛のワカーメが死ぬ確率は限りなく小さい。あるとしたら、パーティが全滅するときだろう。その時には、ワカーメだけを蘇生させればいい。アンデッドとして生き返らせて、ネクロフィリアなあれこれに及ぶのもまた乙だ。


 どちらにせよ、ワカーメが手に入るのは確実。あとはホリカの思うがままだ。


 ふふふ、と微笑みながら、ホリカは妄想の続きを語り始めた。


「僕専用の貞操帯もつけてもらわなきゃ! おしっこもうんこも垂れ流しで、僕がいいって言うまでそのままで、貞操帯の隙間から毎日毎日触手でいじめるんだ! それでもう我慢できなくなってもまだそのままで、おしっことうんこのにおいがどうでもよくなったころに、やっと貞操帯を開けてあげる! すごいにおいだねって言いながら、ワカーメちゃんのぱんつに射精するんだ! 恥ずかしがるワカーメちゃんを眺めながら、何度も! 何度も!」


 恋する少年は、あまりにも過激なヘキを開示しては、うっとりと目を細めた。


 いや、恋する少年ではない。


 もはや、自分の妄想を押し付けるだけのサイコパスだ。しかしホリカはそれを恋だと信じてやまなかった。それは愛か、と聞かれれば、純愛だよ、と笑って言うのだろう。


 ドン引きする部下たちが黙っているのを見て、ホリカは不思議そうな顔をして、


「あれ? 僕なにかおかしいこと言ってる?」


 ぼ、とホリカの右手に極大の火焔球が浮かぶ。それを見た部下たちは冷や汗を流しながら必死に言葉を取り繕った。


「いえ! なにも、そのようなことは……」


「さすが、ダンジョンマスターの考えることは違うな、と……」


 必死にフォローする部下たちをしばらくの間無言で眺めてから、ホリカは火焔球を消した。そしてにっこりと笑い、


「ならよかった!」


 ホリカは普通の少年の顔をする。


 自分のやっていることの異常性に気づいていない。他人の気持ちをおもんぱかるだとか倫理観だとか常識だとか、そういったものがホリカには一切なかった。


 欠如しているものに無自覚で、自分が正しいと思うことをひたすらに推し進める。サイコパスの特徴が顕著に表れていた。


 ホリカは周りの怪物を見るような視線にも気づかず、部下のひとりに尋ねる。


「新婚旅行はどこがいいかなあ?」


「そ、そうですね……ビーチのある観光地などは……?」


 ホリカの機嫌を損ねまいと必死で考えた部下の答えに、ホリカはまたしばらく黙って、それからぱあっと顔を輝かせる。


「魔界の『死の砂浜』だね! あそこはたしかに良さそうだ! 白い砂に黒い海、モノクロームの景色は最高だよ! 僕はワカーメちゃんの首を絞めながら何度も黒い海に頭を沈めるんだ! ワカーメちゃん、きっと苦しいだろうな! 死ぬぎりぎりまで海に沈めたら引き上げて、その度にキスをするんだ! 僕の息だけで呼吸してもらって、また海に頭を沈める、それを日が暮れるまで繰り返すんだ! ふふ、ふたりきりでそんなキスを何度も!」


 予想の斜め上の答えが返ってきて、部下はなんとも言えない顔をした。


 ワカーメちゃんとやらには逃げ切ってほしい。こんなサイコパスの餌食になるなんて、死ぬよりつらいだろう。いっそここに来るまでにたましいごと消滅して、蘇生魔法が使えないほど徹底的に死んだ方がマシなのではないか。


 部下たちは切にそんなことを思った。


 そんな部下たちの願いも、ホリカはまったく気づかずにいる。自分のところへ来て自分なりのやり方でしあわせにする、それのどこが純愛じゃないんだ? そんな勢いだ。


 たしかに、思考の構造としては合っている。しかし、方向性がひとりよがりすぎた。あくまで自分のやり方がもっとも正しいと、ホリカは考えている。なにもおかしいことはないと。


 異常者とは、得てしてそんなものだ。


「……なにか、おかしいかな?」


 怪訝そうな顔をするホリカに、あわてて部下が首を横に振る。


「け、決してそんなことは……!」


「すべては、ホリカ様の思うがままに……!」


「そっか、良かった」


 にっこり笑う顔は、どう見てもどこにでもいるただの少年だ。その内なる怪物の存在など毛ほども感じられない。


 サイコパスは一般人に擬態する。しかも、擬態しようと思ってしているわけではない。息をするように人間らしく振る舞い、人懐こく笑う。当の本人も気づかないほど巧妙に。


 だからこそ厄介なのだ。本人の自覚がない以上、改善の余地はない。異常だと指摘すれば、待っているのは死よりもつらい地獄だ。自分の正しさを押し通すためならば、サイコパスはどんな凄惨な手段もいとわない。


 おそろしいひとだ……と、部下たち全員が震え上がっている中、ホリカだけが朗らかに妄想の続きをしゃべり散らす。


「結婚指輪は脳みその奥深くに埋め込むんだ! 頭蓋骨をノコギリで開いて、やわらかくてあったかい脳みそをかき分けて、ワカーメちゃんの一番奥にふたりの指輪を入れて、脳みそ一口くらいつまみ食いして、ちゃんと頭蓋骨を閉じて、これで結婚だ! ふふふ、僕も脳みそに埋め込もうかなあ! これでふたりおそろいだ! ふふふ楽しみだなあ!」


 これ、本当に自分のおかしさに気づいていないのか……?


 どう聞いても異常者の妄言にしか聞こえない。


 しかし、妄言を実行するだけのちからがホリカにはあるのだ。一番厄介な人間に刃物を握らせてしまった、そんな絶望が部下たちの間に走る。


 ああ、逃げてくれワカーメちゃん。


 このサイコパスに捕まる前に。


 敵とはいえあまりにもエグすぎる妄想を聞かされた部下たちは、そう願ってやまないのだった。

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