終始サザウェの顔色を伺いながら、マッスォたちはいよいよ第四階層に足を踏み入れた。
やはりモンスターも手強くなっている。邪妖精やサラマンダーが群れを成して襲ってきた。
サラマンダーの大群が吐く炎に、ダマの地獄の業火が押し返されようとしている。
「ダマーまけるなですー」
ダラウォが呑気に声をかけるが、ダマもなかなか苦戦しているようだ。なんとか最大火力でサラマンダーの群れを焼き払い、にゃーん……と調子悪そうに顔を洗っている。
なにせ数が多い。疲れてきているダマ一匹では苦戦するのも当たり前だ。いくら最強の召喚獣とはいえ、多勢に無勢、どんな相手にも勝てるというわけではない。
「ダマーふええええ」
「ああ、よしよしダラちゃん、少し疲れてきたわね」
ダラウォも疲れているのか、サザウェの腕の中でぐずり始めた。強大な魔力の持ち主であっても、所詮は三歳児。魔力だって底なしではない。
ダマやダラウォに頼りすぎていたことを痛感した。強いちからがあれば使いすぎてしまう、ラクな方へと流れてしまう、人間としては仕方がないことだが、このダンジョンではいのち取りだ。
そのちからが取り上げられてしまえば、もう手を打つことができなくなるのだから。もっと慎重に使うべきだったが、今さら遅い。
ダマとダラウォを休ませながら進んでいると、今度は邪妖精だ。フィーネが防御魔法を展開する前に、混乱の魔法を放ってきた。
「ぴれぱらあーす/¥¥$+$!;_{>★」
「お父さん!?」
魔法にかかってしまったナミーヘが、意味不明な奇声を発しつつ太刀を振り回し始める。
「うわっ! 危ない!」
狙いが定まっていないせいでよけられるといえばよけられるのだが、これでは近づけない。
すぐさまフィーネが解呪の魔法をかけ、ナミーヘは混乱状態から脱した。
「……はっ! ワシは一体なにを!?」
「しっかりしてください、お父さん!」
「私に任せて!」
ワカーメが呪文を唱えて、雷撃の魔法を放った。ばちばちと稲妻が駆け抜け、邪妖精の半数が巻き込まれる。が、損害は軽微のようだ。
「ダメ、魔法耐性があるわ! 一匹ずつ潰していくしか……!」
「そんなことをしていては日が暮れますよ。ここは……こう!」
フィーネがお玉を振るうと、地面から生えてきた植物が邪妖精たちを残らず拘束してしまった。これなら魔法耐性は関係ない。
「お父さん!」
「ええい!」
雑草を刈るように振るわれた太刀によって、邪妖精の群れはやっと一網打尽になった。
息を荒らげ、ナミーヘが太刀をしまう。
「魔法耐性とは、またやっかいな……!」
「これくらいの深さになれば当然ですよ。私の攻撃魔法も使いづらくなります。けれども、補助魔法ならなんとかなりますよ」
「うむ、ここは母さんの知恵に頼ろう!」
「頼りにしてるわよ、母さん!」
フィーネの知恵はたしかに年の功と言っていいほど頼もしいものだった。カッツェの悪知恵もある。
しかし、知恵と勇気で乗り切れるほど、このダンジョンは甘くないのだ。
そして、マッスォの予測は最悪の方向に当たってしまった。
なんとかモンスターたちを倒しながら歩いていると、ふとナミーヘの姿が消えた。
「お父さん!?」
急に消滅したと思われたナミーヘだったが、その悲鳴は足元から聞こえてきた。
「ぎゃああああああ!!」
急いで見やると、足元にはぽっかりと落とし穴があいている。そこには凶悪なとげとげがついた槍が生えており、落ちたナミーヘはぐさぐさの穴だらけになっていた。もちろんモザイクがかかっている。
「父さん!」
急いでナミーヘを引き上げるサザウェだったが、すでに虫の息だ。フィーネが即座に治癒魔法を唱えてお玉を振るう。
光に包まれたナミーヘの痛々しい傷が、逆再生のように治っていった。ぜえはあと息を荒らげながらも生還を果たしたナミーヘは、
「……死ぬかと思った……」
何度目になるか分からない言葉をつぶやいた。
「どうしたのよカッツェ、あんたらしくもない!」
罠を見抜けなかったカッツェを責める様子もなく、逆に励ますようにサザウェが背中を叩くが、カッツェは珍しく落ち込んだような顔をしている。
「うん、ごめんよ父さん……これくらいの罠になると、僕も見落としちゃうんだ……罠が確実にわかりづらくなってる」
「そういうことなら仕方なかろう。なに、カッツェが悪いんじゃない。ダンジョンが手強くなっているだけだ」
青い顔でそう告げるナミーヘの言う通りだった。
深くへ潜りすぎた。ダンジョンは徐々にイゾノ家の手に負えないレベルになってきたのだ。
今までだましだましやってきたツケが、ここへ来て表面上に現れた。もうこれ以上は小手先ではどうしようもない。パーティの本質で戦わなければならないのだ。
そうなると、もうイゾノ家の戦力では太刀打ちできない。このままでは第四階層のフロアボスにたどり着く前に全滅だ。
引き返すなら今しかない。ここで引き返さなければ、待っているのは破滅だ。
その後もイゾノ家は苦戦を強いられた。戦いのコツは多少つかんだものの、その程度ではどうしようもない。
邪妖精の錯乱の魔法にかかったナミーヘが変な踊りを踊りながら太刀を振り回す、ダマが逃したサラマンダーの炎でナミーヘが炭化しかける、罠に引っかかったナミーヘが矢の雨で穴だらけになり、酸をかぶって溶けかける。
だいたいナミーヘが犠牲になり、その度にフィーネは治癒魔法を行使した。
「……なんでワシばっかり……とほほ……」
「……ごめん父さん……」
「ほら、しゃんとしなさいなカッツェ。そのために母さんがいるんですから、気にしない気にしない」
フィーネは気丈に振舞っているが、明らかに疲れている。それもそうだ、これだけ連続して大きな治癒魔法を使っているのだから、魔力も切れてきているのだろう。
「母さん、はい、ヒロポンよ!」
「ありがとう、サザウェ」
回復薬を口にして少しはマシになったようだが、これでは根本的な解決にはならない。ヒロポンだってもう残り少ないのだ。
「ふえええええ」
「はいはいダラちゃん、抱っこしましょうね」
ダラウォも疲れからかぐずり続けている。サザウェが抱いて歩いているが、ダマを召喚し続けるのだって魔力を使う。ダラウォの魔力も無限に湧いてくるわけではない。
正直、もう限界だった。
このまま進むのは得策ではない。一旦でいい、まずは地上に戻って体勢を立て直して……
ダメだ、タイムリミットがある。ここで4日目、引き返して休息をとってまた挑むにしても、どうしても10日以上はかかる。
装備を整えるのだってまた金がかかる。それだけでこれまで獲得してきた財宝は消えるだろう。また借金を重ねることになるかもしれない。
そんなことをしていたら、雪だるま式に自分たちの首を絞めていく羽目になる。もう家計を立て直すとかいう話ではない。そんなレベルの話ではなくなっているのだ。
行くも破滅、戻るも破滅。
八方塞がりとはこのことか。
「父さん、私が血気の補充を……」
「そんなことをしている場合じゃないだろう! 気持ちだけ受け取っておこう、ワカーメ!」
「お父さん、無茶しすぎですよ」
「なぁに、これくらい無茶のうちに入らん!」
「そうね、進まなきゃ! 少しでも前へ!」
「よーし、僕も落ち込んでいられないや!」
「ダマー、もうちょっとがんばるですよー」
にゃー、と鳴くダマは、まだちからを残しているようだが、肝心の召喚者であるダラウォの方に問題がある。今もまたぐずり始めていた。
もうやめよう。
しかし、その一言がどうしても言い出せず、マッスォは一家と共に破滅へのカウントダウンに加わることしかできないのだった。