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№16 イゾノ家、近接戦闘

 ダマが無双しつつ、カッツェは順調に罠を解除していった。イゾノ家は破竹の勢いで第三階層を突き進んでいく。


 やがて、おなじみの扉が現れた。第三階層のフロアボスのいる広間だ。


 今回もダマ頼みなんだろうな……と思っていると、ナミーヘがみんなに声をかける。


「よーし! 行くぞ!」


『おー!』


 そしてナミーヘは重々しい扉を押し開けた。


 松明がたかれた広間は今までと同じ。そこには棍棒を握った巨人のからだと牛の頭のミノタウロスがいた。


 まあ、ダマの前ではまたモザイク行きなんだろうけど。


 そう思っていると、急にダラウォが声を上げた。


「ダマどうしたですかー?」


 視線をやると、ダマがなぜか硬直している。そして、見る間に光の粒となって消えてしまった。


「わああああん! ダマがいなくなっちゃったですー!」


 ダラウォが泣きながらサザウェにしがみついているが、これは一体どういうことか。


 怪訝そうにしたフィーネが呪文を唱えてお玉を振るってみるが、何も起きない。


「どうやら、ここには魔法を封じる結界が張られているようですね……」


 なるほど、召喚獣であるダマが強制的に消えたのもそのせいか。フィーネはそれを確認すると、


「私たちも魔法が使えません」


「そんな! どうするのよ!?」


「決まっとる! ワシらだけで戦うんだ!」


「そ、そんな、無茶ですよ……!」


 マッスォが止めようとするが、すでにミノタウロスの瞳はこちらに向けられていて、鼻息荒く棍棒を素振りしている。戦いは避けられないようだ。


 もうここで引き返したかった。が、撤退を進言したところで聞き入れられるはずがない。いっそここでこてんぱんにやられて気勢を削がれてしまえば、あるいは……?


 一家の敗北すら望んでしまったマッスォの前で、ナミーヘが采配を振るう。


「今こそイゾノ家の総力を挙げるときだ! 母さんとワカーメの援護魔法は使えん! ワシとサザウェ、マッスォくんの近接戦が必要だ! カッツェはその援護を!」


「よーし、やるわよ!」


 サザウェはばきばきと拳を鳴らし、カッツェは援護に使える小道具を用意している。マッスォはといえば、渋々といった様子で剣を抜いて構えた。


 とうとうこのときが来てしまった。いつまでもダマに頼りきりではいられない。ダンジョンには、こういう不測の事態だってあるのだ。


「各自散開!」


 号令とともに戦いが始まる。


「たたっ斬ってやるー!」


 太刀を構えたナミーヘが、吠えながらミノタウロスに斬りかかる。ミノタウロスは棍棒で軽々と太刀を受け止めると、ぶおおおおお!といなないてナミーヘにパンチを見舞った。


「ぐああああ!!」


 こぶしに吹っ飛ばされて、ナミーヘは広間の壁に叩きつけられる。そして、血を吐きながらその場に膝をついた。


「びゃあああああ!! お父さん!?」


 マッスォの方が悲鳴を上げてナミーヘに駆け寄ろうとするが、サザウェはそれを止めた。


「お父さんなら大丈夫よ! それより、今は目の前の敵に集中して!」


 サザウェに揺らぎはなかった。マッスォとは大違いだ。


 今度はサザウェがミノタウロスに立ち向かう。


「このー!」


 その怪力でミノタウロスをねじ伏せようと、がっぷり四つに組み合う。ぐぐぐ、とちからをかけるが、さすがのミノタウロス、簡単には倒れてくれない。


 それどころか、サザウェを押し返し、その場に叩き伏せてしまった。サザウェの怪力とはいえ、さすがに無理があった。


 地面に叩きつけられながらも、サザウェは素早く身をひるがえして立ち上がり、


「まだまだよ!」


 果敢にもミノタウロスと再度対峙した。


 どうやって倒してやろうかと攻めあぐねている。両者の間に緊張が走った。


 その間マッスォは抜いた剣をどうすることもできずにもどかしい思いをしていた。サザウェが近接戦をしている中へ飛び込むのは、相打ちの可能性があるので避けたい。ナミーヘも立ち上がっているので問題はなさそうだ。


 自分はなにをすれば……?


 そうこうしているうちにも、サザウェはミノタウロスに飛びかかった。


「ええい!」


 装備した虎の爪を使ってミノタウロスの表皮に傷をつけるが、それはミノタウロスを余計に怒らせるだけに終わった。


 吠えるミノタウロスが棍棒を振り下ろす。サザウェはかろうじてそれをかわし、隙をついて懐へ潜り込んだ。


「やあ!」


 腹へのワンツーが決まった。しかし、ミノタウロスはまったく動じていない。それどころか、懐に入ったサザウェをつかまえると、そのまま持ち上げてその場に叩き落とした。


「ぎゃあっ!」


「サザウェ!」


 青くなったマッスォが声を上げる。今度は相当なダメージを受けたのか、なかなかサザウェは立ち上がれない。ナミーヘも戦線に復帰するにはまだ時間がかかりそうだ。


 自分も戦わなくては。なんのための剣だ。


 サザウェにトドメを刺そうとしていたミノタウロスに向かって、マッスォは剣を振り上げた。


「やあっ!」


 剣はミノタウロスに浅い傷をつけるに留まった。すぐさま攻撃にそなえて退避する。斬りかかり、逃げる。そんなヒットアンドアウェイがマッスォの戦法だった。


 さいわい、ミノタウロスの気を引くことはできている。サザウェもナミーヘも、ひとまずはこれで無事だろう。


 しかし、このままではジリ貧だ。サザウェもナミーヘも負傷している。援護魔法も使えないし、なによりダマがいない戦いがこんなにキツいものだなんて思いもしなかった。


「ええい!」


 またもミノタウロスに切り傷をつけ、退避する。相当にいらいらしているらしく、ミノタウロスは今にもマッスォを追いかけ回しそうだ。


 しかし、ヒットアンドアウェイ戦法で与えられるダメージは大きくない。とてもミノタウロスを切り崩すには至らなかった。 


 こうしてちまちまと攻撃してもたかが知れている。が、マッスォにできることはこれくらいしかない。


 なにか決定的な手を打たなければならないというのに、ちまちま削ることしかできない。もどかしい思いで胸がいっぱいになった。


 どうにかしなければ……自分がどうにかしなければ……!


 しかし、どう頭をひねっても打開策が見つからなかった。マッスォにできることはほとんどない。ミノタウロスの気を引きながらサザウェとナミーヘの回復を待つしかなかった。


 ここ一番で使えない。マッスォとはそういうカードとして生まれてきたのだ。ジョーカーになんてなれやしない、生まれながらのブタ札だ。


 一家のピンチにちからを発揮することさえできない。つくづくおのれの無力さがイヤになった。


「くそっ……! どうにかならんのか……!」


「まだまだよ……!」


 サザウェが再び飛びかかるが、まだ本調子ではない攻撃は軽くいなされてしまった。ナミーヘの太刀も棍棒で受け止められ、追撃を避けるので精一杯。


 イゾノ家パーティは完全にいっぱいいっぱいになっていた。ダマも魔法も使えない。そんな状況でフロアボスをなんとかしようというのが無理な話だったのだ。


 このまま完全敗北すれば、引き返してくれるかもしれない。マッスォの頭の中にまた良くない願望が渦巻いた。


 それでも、マッスォは剣を振るい続ける。ミノタウロスに傷をつけ、逃げる。こんなことをしても何にもならないということは分かっているが、なにかしていなければ気が休まらなかった。


 どうする? どう出る?


 必死で考えても、会心の策は出てこない。


 平凡な作りの脳みそが心底恨めしい。


 なにかひとつでいい、この状況を打開する方法はどこかにないか……?


 ……ダメだ、マッスォではどうにもならない。どうやっても負けるビジョンしか見えてこない。


 このままここで終わるのか……?


 むしろ終わってほしい、と思いながらも、マッスォはミノタウロスの注意を引き続けた。

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