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№11 マッスォ、暴走する

 やはり、続く第三階層のモンスターはより手強くなっていた。リビングメイルやマッドゴーレムが群れを成して襲いかかってくる。罠もより分かりづらく、凶悪になっていた。


 しかし、ダマにかかればどんなモンスターも雑魚でしかなかった。超高熱の灼熱を吐いて辺りを焼き払い、遊んでいるかのようにモンスターたちをいたぶって食い殺している。


 そうだ、ダマなんかに負けていられない。自分もなんとかしなければ。


 疲れとプレッシャーと自責思考によって頭が回らなくなったマッスォは、致命的な行動に出る。


 リビングメイルの大群をダマがあしらっているときだった。マッスォは突然ダマが守っていた前線に飛び出すと、剣を掲げてリビングメイルに斬りかかった。


「やあああああ!」


 甲高い声を上げながら剣を振り下ろすも、リビングメイルの頑強な鎧に阻まれて通らない。もっと強いちからでなければならないのか。


 もう一度、と剣を振り上げたマッスォの胸に、とす、と細剣が刺さる。リビングメイルが機械的に仕掛けてきた攻撃は、マッスォの片肺を貫いた。


「……え……?」


 血を吐きながら信じられないような表情で胸に刺さった剣を見下ろすマッスォ。ぼたぼたとこぼれ落ちる血液を目にすると、遅れて痛みがやってくる。


「きゃー! あなたー!」


 サザウェが悲鳴を上げ、ナミーヘとカッツェが急いで負傷したマッスォのからだを後方へと担いでくる。その間も血は止まらず、マッスォは吐血し続けていた。


 なんだこれ。


 痛い。ひどく痛い。苦しい。息ができない。


 頭が真っ白になった。自分が今までどれだけ生ぬるい生活を送ってきたか、身をもって実感した。


 このままでは死んでしまう。すぐ近くに死神の気配を感じて、マッスォはそれでもあえぐように息をしようとした。が、出てくるのは血液ばかりだ。どんどん血の気が引いていく。


「あなた! しっかりして!」


「すぐそこに小部屋がある! そこまで運ぶぞ!」


「ガッテン!」


 ダマが残りの敵を蹴散らしている隙に、一家はマッスォを近くにあった小部屋まで連れていった。


 やはり水場と円卓のある小部屋に寝かされ、マッスォは息も絶え絶えになにかを言おうとしている。


「大丈夫かね、マッスォくん!?」


「無理にしゃべらないで!」


 手を握るサザウェに向かって、ごぼごぼと咳き込みながらマッスォはなんとか言葉を形作った。


「……ごめ……なさ……あし、ひっぱって……」


「そんなことはいい! 母さん、すぐに治癒魔法を!」


「もう準備してますよ!」


 呪文を詠唱したフィーネが、マッスォのそばに膝をついてお玉を振るう。光の波動がマッスォの自己治癒力を活性化させ、徐々に傷を塞いでいった。


 だんだんと痛みも引いてくる。呼吸が落ち着いてきて、意識もはっきりとしてきて、死神が舌打ちしながら遠ざかっていくのを感じた。


「もう大丈夫ですよ、すぐに傷が塞がります。あとは失った血気を補充すれば元気になりますからね」


「あとは私に任せて!」


 にっこり笑うフィーネの隣で、ワカーメが杖を携えてそう言った。小さいのに頼もしい限りだ。


 なんとかいのちの危機を脱したマッスォは、なにか言いたげにもごもごしていたが、それを遮るようにナミーヘが声を上げる。


「いやあ、大事に至らなくてよかった! さすがにワシも肝が冷えたぞ!」


「本当よね、私もびっくりしたわ!」


「今血気を補充するわね。マッスォにいさん、どこか痛いところはない?」


「ぱぱしなないですかー?」


「大丈夫よダラちゃん、母さんがついてるもの!」


「名誉の負傷、ってやつだねえ」


「まったくだ! 敵に向かって勇ましく、というのはいいが、からだにだけは気をつけんとな!」


「いのちあっての物種ですからねえ」


「あなた、無茶しすぎなのよ」


「本当に大事にならなくてよかったねえ」


 口々にマッスォを心配するイゾノ家の面々。みんな気をつかってくれている。マッスォは完全に謝るタイミングを逃してしまった。


 まだ口の中は血の味がする。しかし、貧血以外は痛みもなく、フィーネの治癒魔法のおかげで傷もほぼ塞がっていた。


 みんなが心配するようなことはなにもない。だというのに、イゾノ家メンバーはしきりにマッスォをいたわってくれている。


 こうやって気を遣われると余計にいたたまれない。勝手にしゃしゃり出て、勝手に負傷して、みんなの手を煩わせてしまった。


 気を張った結果がこれだ。なんと格好の悪いことか。不細工にも程がある。


 情けないったらない。マッスォは消えてなくなりたかった。今すぐこの場から逃げ出したい。


 とにかく、謝らなければ。


「……みなさん、ご心配おかけして……」


「いや、そういうのはいい! 無事でいてくれただけでいいんだ!」


 しかし、その言葉はまたしてもナミーヘに遮られてしまった。


「そうよあなた、気にすることないわ!」


「ダンジョンはそういう場所ですからねえ」


「私たちが油断し過ぎてたのよ」


「ダマ頼みなのも考えものかもしれんなあ」


「私たちもがんばるわ! だからあなた、気にしないで!」


 気にするな、と言われて、はい気にしません、となるような性格ならどれほど良かったか。イゾノ家の気遣いがますますマッスォを追い詰める。善良であるがゆえに、マッスォを悩ませるのだ。


「兄さんは気を遣いすぎなんだよ」


「……そんなこと言っても……」


 カッツェの言葉に、マッスォは弱々しく返した。カッツェは、へへへ、と笑いながら、


「僕たちみたいにお気楽にやってればいいんだよ。難しく考えることないって」


 マッスォの性格でお気楽に、などできるはずがない。散々みんなに迷惑をかけてしまった。その事実だけが暗く胸にのしかかる。


 やはり、イゾノ家のひとびととは考え方の根本からして違うのだ。自分なんかとは相容れない。自分はこの家の異物でしかないのだ。


 異物は早急に排除されなければならない。しかし、異物自身が居座ることを選んでいるのだ。ある意味、自分はとても厚かましい。


 責任なんて言葉に寄りかかって、状況を変えようとしないのだ。誰も悪くない。だがマッスォは誰かを呪いたくて仕方がなかった。だから、自分自身を呪う。


 染み付いた自責思考は一朝一夕では変えることはできず、マッスォはひたすらに自分を責めた。


 自分が悪い。なにをやってるんだ。この家で自分の居場所なんてどこにもない。自分はお荷物なのだ、ゴミ以下の不用品なのだ。


 おそらく、そうやって自分を責めることで精神の均衡を保っているのだろう。やり場のない怒りを内側に向けることで、なんとかガス抜きをしているのだ。


 しかし、溜まったガスはいつしか爆発する。


 イゾノ家のひとびとはきっとその爆発に巻き込まれてしまうだろう。悪いひとたちではないのに、マッスォが不健全であるせいで、また迷惑をかけてしまうのだ。


 どこへ行っても、害にしかならない。


 またしてもマッスォは自分の身の上を呪った。


「マッスォにいさん、気分はどう?」


 魔法で血気の補充をしているワカーメに尋ねられて、マッスォは思考を中断した。


「ああ、だいぶ良くなってきたよ。ありがとう、ワカーメちゃん」


「ふふ、これでも賢者見習いだから!」


「この分だと私もすぐに抜かれてしまいますねえ」


「立派だぞ、ワカーメ!」


「あなた、少しでも気分が悪くなったら言ってね! 母さんが何とかしてくれるわ!」


「兄さんは少し休むべきなんだよ」


「……そうだね……」


 腑に落ちない思いをしながら、マッスォは肩を落とした。


 少し休んだくらいで、この抑うつ状態から抜け出せるとは思わないが、流血のショックからは立ち直れるだろう。


 ワカーメに付き添われながら、マッスォはおとなしくからだを休めることにした。

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