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№10 イゾノ家、第二階層にて

 ヒロポン中毒に陥ったダラウォの回復を待って、一行は再び第二階層を進み始めた。


 やはりダマは強い。襲ってくるモンスターを軒並み焼き払い、なぎ倒している。もはや視界全体がモザイクになる勢いだ。


「ダマはすごいですー」


 召喚士であるダラウォの魔力が強大なお陰もあるだろう、ダマは召喚獣としては最強クラスのちからを誇っていた。


 時折こぼれてくる敵をあしらい、カッツェが罠を解除しつつ、破竹の勢いでイゾノ家はフロアボスの広間までたどり着いた。


「さあ、行くぞみんな!」


 第二階層のフロアボスともなれば、ダマでも苦戦するかもしれない。そうなったときはいよいよ自分たちの出番だ。


 扉を押し開けると、松明に照らされた広間には巨大な蜘蛛が居座っていた。マッスォたちを見つけると、ぎちぎちと口元の牙を鳴らしてくる。だらり、と溶解液がこぼれていた。


 すかさずダマが威嚇の鳴き声を上げ、喧嘩上等とばかりに大蜘蛛に飛びかかる。爪の一撃で牙を片方吹っ飛ばし、そのまま頭を引きちぎってしまった。紫色の体液が吹き上がる。


 ダマはそのまま猫が普通の蜘蛛で遊ぶように脚をばらばらにして、残った部分を散々いたぶった。例によってモザイクがかかったのでその点はひと安心だ。


 びくびくといまだに痙攣する大蜘蛛の残骸に満足したのか、巨大な白虎は、にゃーん、と口元を紫色にしながら鳴いた。


 今回もあっという間にカタが付いてしまった。フロアボスといえど、ダマの前では雑魚らしい。ここまで強力な召喚獣だったとは、ダンジョンに潜るまで気づかなかった。


 そして、やはりここまでの召喚獣を召喚し続けられるダラウォの魔力は底なしなのだな、と我が息子ながら感心する。


 しかし、ダマ頼みの道行きだ。正直マッスォたちの出番がなかった。


「ダマはぱぱよりすごいですー」


 ダラウォが無邪気に放った一言が胸に刺さる。そう、自分なんかよりダマの方がよほど役に立っている。いてもいなくてもいっしょ、それが今の自分だ。


 立つ瀬がない……マッスォは情けなさを噛み締めて、胃を痛めた。


 一方で、イゾノ家の面々はさっさと片付いたことにほっとしている様子だった。


「やはりダマを連れてきて正解だったな!」


「ダラちゃん、よくがんばりましたね」


「さすが私の息子だわ!」


「姉さんには似てないけどねー」


「カッツェ!」


「小さいのによくやってるわよね」


「ともかく、ダマがいる限りワシらは不沈艦に乗っているようなものだ! この調子でどんどん行くぞ!」


 こぶしを掲げるナミーヘの言葉を遮って、こそこそとカッツェが部屋の奥の方へと向かう。


「ちょっとその前に、ここのお宝を……」


「カッツェ、抜け駆けは許さないわよ! あんたのことだからネコババするでしょ!」


「へへへ、そんなことしないよー」


 どこまで本気なのか、カッツェは笑いながら言って宝箱の罠の解除に入った。


「ここをこうして……よし! これで大丈夫! さてさて、お宝は……」


 一家が覗き込む中、開かれた宝箱には、黄金色の像や宝石が詰まっていた。たしかに第一階層のときよりも豪華だ。


「うひょー! すごいや!」


 お宝を手に上機嫌なカッツェと、周りを囲むイゾノ家。


「前の宝箱よりずっと豪華じゃないか!」


「そうですねえ、良かったじゃないですか」


「けど、これでも金貨20枚になるかどうか……」


 サザウェの一言に、イゾノ家の表情が少し曇った。そうだ、これくらいではまだまだ借金は返せない。なにせ金貨100枚もの借金をしているのだ。並大抵のことでは返せない。


 さらに言うなら、本来の目的は傾いた家計を立て直すことなのだ。借金だけ返しても仕方がない。金貨100枚以上を稼がなければならないのだ。


「大丈夫だ! これから先へ進めば、もっとたくさんの財宝があるはずだ!」


 空気を書き換えるように言ったナミーヘの言葉に、マッスォはおずおずと返した。


「あの、ここらでやめておいたほうが……」


「何言ってるのあなた! まだまだこれからじゃない!」


 しかし、その言葉はサザウェによって却下されてしまった。びくっ、と怯えるように首をすくめるマッスォに、サザウェはさらに追撃する。


「ダマがいればなんとかなるわ! 我が家の家計のためと思ってがんばりましょうよ!」


 外様のマッスォにとってイゾノ家の家計など知ったことではないのだが、それを口にしたらすべてが終わる気がして言い出せずにいた。


 そう、もはや自分はイゾノ家と運命共同体なのだ。死ぬも生きるも同じ。その呪縛からは逃れられない。


 なにもかも、サザウェと結婚したときから決まっていたのだ。運命はどこまでも残酷で、いじわるで、頑固だった。変えようとすればするほど状況はより悪くなっていく。


 ならば、もう流れに身を任せるしかない。それ以外の選択肢はマッスォには用意されていなかった。


「なぁに、パーティリーダーのマッスォくんがいれば順風満帆だ! なあ、マッスォくん!」


「そうね、なにせ我が家の家長だもの。期待してますよ」


「にいさんの活躍、楽しみだなあ」


「申し訳程度だけど期待してるわ」


「ぱぱがんばれですー」


「ほら、みんなも言ってるじゃない! あなたがやらなくてどうするの!」


 サザウェに言われて、強迫観念的なものが大きくなっていく。


 みんな、自分に期待してくれている。リーダーだと言ってくれている。事実がどうであれ、応えなければならない。


 一家の家長として、この事態をなんとかしなければならない。それが責任を取るということだ。


 なんとかして、なんとかしなければならない。


 そのなんとかが見えてこないのだが、とにかく自分ががんばらなければならないのだ。そうしなければ、この家での存在価値がいよいよゴミ以下になってしまう。今まで以上に身の置き所がなくなると思うとぞっとした。


 やらなければ、やらなければ、やらなければ……


 自分がなんとかしなければ。


 この家に完全に居場所がなくなる前に、有能なところを見せなければならない。ダマに負けている場合ではないのだ。


 自分は有用。自分はできる。自分は家長。


 何度も何度も自分に言い聞かせて、こころを奮い立たせる。そうでなければ逃げ出しそうだった。


 今、マッスォはプレッシャーによって進んではいけない方向へ進もうとしている。本人は頭に血が上って気づいていないが、追い詰められたマッスォは妙な方向に舵を切ろうとしているのだ。


「……ぼ、僕に任せてください……!」


 震える声でそう言うと、マッスォはさらなるプレッシャーを感じた。


「それでこそよ、あなた!」


「うむ! さすが婿殿だ!」


「みんなでがんばりましょうね」


「にいさん、男だねえ!」


「そこそこがんばってね!」


「ぱぱすごいですー」


 イゾノ家の面々はマッスォの奮起を後押しするようにエールを送った。それがよりプレッシャーを与えることになるとは知らずに、だ。


 もう引き返せない。自分がどうにかしなければならないのだ。この一家を率いて、正しい方へ、輝かしい未来へ導かなければならない。


 たとえ自分が危険な目に遭っても、だ。


 身を呈してでも、この一家に貢献しなければならない。ケガのひとつくらいなんだ。少しくらい痛くて苦しい思いをしなければ、責任なんて取れやしない。


 こうなったのも自分の稼ぎが悪いせいだ。自分の尻は自分で拭かなければならない。すべて自分が悪いのだから、その責任を取るだけだ。


 自責思考に囚われて、マッスォはどんどん良くない方へと転がっていく。イゾノ家のひとびとも頑固だが、マッスォもこうと決めたらなかなかに頑固だった。


「行きましょう!」


「その前に休憩しましょう。きっとまた休憩できる小部屋がありますから」


「そうね、小部屋を探しながら進みましょう!」


「第三階層のお宝はどんなのかなあ?」


「そういうの、取らぬ狸の皮算用っていうのよ、カッツェにいさん」


「たぬきさんがどうしたんですかー?」


「ダラちゃんはダマといっしょにいるだけでいいのよ」


「よし! では行くぞ!」


『おー!』


 一斉にときの声を上げるイゾノ家をしりめに、マッスォはひとり自己暗示をかける。


 自分はゴミじゃない、この家での居場所がなくなる前に、できる限りのことはしなければ、たとえこの身が傷つこうとも……


 やってやる。


 やってやるとも。


 震えるからだを叱咤して、マッスォは一家に続いて地下へと続く階段へと向かうのだった。

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