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№9 ダラウォ、KY発言

 続く第二階層の敵は、やはり強力になっていた。オークやリビングデッドが群れを成して襲いかかってきて、罠も巧妙になっている。いやな予感が当たって、マッスォはこれ見た事かと思った。


 しかし、覚醒したダマの前では、パワーアップしたモンスターも雑魚でしかなかった。


 地獄の業火の火炎放射ですべてを焼き払い、その爪と牙で敵を食い殺して無双状態だ。モザイクの登場頻度が格段に上がった。


「わあー、ダマすごいですー」


「ダラちゃん見ちゃダメ!」


 火だるまになるリビングデッドを見て手を叩きながら、ダラウォが無邪気によろこんでいる。辺りにはタンパク質が焼ける独特のにおいが充満していた。


 マッスォたちはといえば、ダマが取りこぼしたモンスターを適当にあしらっているだけだ。これくらいならイゾノ家パーティでも充分対応できる。


 罠はカッツェが難なく解除して、一行は第二階層序盤にあるという小部屋へと向かった。そこで一旦休憩を取りたい。


 ヘッドロックでオークの頚椎をへし折りながら、サザウェが声を上げた。


「あら! そこじゃない、休憩できる小部屋!」


 たしかに、モンスターが近寄らない区画があった。なにか結界でも張られているのか、小部屋の扉付近に敵はいない。


 ダマがあらかた敵を殲滅し終え、イゾノ家のメンバーはその小部屋へと続く扉を開ける。


 そこは水場のあるちょっとしたスペースだった。簡単な野営ならできそうな小部屋だ。そして、なぜか当たり前のように円卓が置いてある。


「妙に落ち着く小部屋だな! よし、ここで休憩だ!」


 ナミーへがそう言うと、メンバーはめいめいからだを休めることとなった。


 マッスォは水場で水を汲み、一家が座っている円卓へとやって来る。


「いやあ、思ったより簡単にここまで来れたな!」


「私たち、案外実力あるんじゃない?」


「姉さんの実力は僕が日頃から実感してるからね」


「カッツェ! あんたはまた!」


「ともかく、無事に来られて良かったじゃないですか。はいお父さん、ヒロポンですよ」


「私もちゃんと魔法使えてる?」


「もちろんだ! ワカーメだって立派な戦力だぞ!」


「でもぱぱはやくたたずですー」


 何気なく放たれたダラウォのKY発言に、その場が凍りついた。当の本人である魔の三歳児はきょとんとしている。


 ダラウォの言う通りだ。


 そういえば、自分は大して活躍してない……


 役に立ったことがなかったような……


 自分の存在って……


「そんなことはないぞ!」


 哲学的袋小路に迷いこもうとしていたマッスォを引き戻すように、ナミーへがフォローを入れた。しかし、ナミーへ自身もどうやってフォローしていいかわからないようで、もごもごと言葉をにごしながら、


「……マッスォくんは……その……ムードメーカーだ!」


「フォローになってないですよ、お父さん」


 フィーネの言う通り、なんのフォローにもなっていない。それだけ役立たずであることが揺るがしようのない事実であるということだ。


 そんな現実にいたたまれなくなってうつむくマッスォを、サザウェが励ます。


「しっかりしてよ、あなた! パーティリーダーなんだから!」


「そうだよ、兄さんはそれだけバランス取れてるってことだよ」


「そうよ、マッスォ兄さんにしてはよくやってるわ」


 どこら目線なのか、ワカーメまで援護に回る。こんな子供にまで気を遣われるとは、我ながら情けなくなった。


 やっぱり、ここでも仲間はずれなんだよなあ…… 


 善良だからこそ、イゾノ家のひとびとはますますマッスォを追い詰める。そのやさしさが、自分はどこまで行っても『お客さん』『よそ者』であると痛感させるのだ。


 大げさなほどの気遣いが、ただただ胸に刺さる。これでもみんなは良かれと思ってやってくれているのだ。こんな風にひねくれた受け取り方しかできない自分が悪い。それはわかっているのだが、どうしてもそこに疎外感を覚えてしまう。


 情けない、情けない……


 心底、消えてなくなりたかった。穴があったら入りたいとはこのことだ。ダラウォが役立たずだと言うのももっともだ。なんのフィルターもかけていない幼子の言葉は、いつだっていやな核心を突く。


「……すいません、役立たずで……」


 身の置き所がなくなって、蚊の鳴くような声でつぶやくマッスォの声が、静まり返った小部屋に響いた。


「謝ることはないぞ、マッスォくん! これからだ! ワシらといっしょにがんばろう!」


「そうですよ、そんなに卑下しないで。みんなでがんばりましょう」


「そうよ、あなた! 胸を張って!」


「ひとりで背負い込むのが兄さんの悪いクセだよ。僕みたいにテキトーにしてればいいんだって」


「あんたはテキトーすぎるのよ!」


「へへへ、こうやって叱られる内が華ってね」


「カッツェの言うことももっともだ! もっとどーんと構えていればいい! なにせ一家の家長なんだからな!」


 家長……なんと空々しい響きなのだろう。ここには立派に家族を導く男などいない。ただ善意におびえ、縮こまっている情けない入婿がいるだけだ。


 つくづく自分がいやになる。自己嫌悪に陥るマッスォの肩を叩き、サザウェが笑顔で言った。


「みんなでがんばりましょう!」


「……うん……」


 表向きは笑顔でうなずきながら、マッスォはどうしても釈然としなかった。


 こんな居場所のない家庭を守るために、どこまでがんばれるだろう?


 結婚に対しての責任感という燃料が尽きれば、なにもかも終わりだ。すべてを放り出して逃げ出してしまえる。


 しかしマッスォはその責任からどうしても逃れられなかった。家庭を持つと決めたときから覚悟は決めていたはずだ。今さらすべてを投げ出すことはできない。


 元来の生真面目な性格が裏目に出て、マッスォは責任感でがんじがらめにされていた。


「ともかく、今はからだを休めよう! これからも進み続けなければならんからな!」


「ほら、マッスォさんもヒロポンどうぞ」


「……ありがとうございます……」


 フィーネからヒロポンを受け取って、一気飲みする。いつもならすぐにやってくる謎の万能感が、今はうんともすんとも言わなかった。マッスォの抑うつ状態は、クスリでどうにかなるようなレベルではなくなっていた。


 ぜい、と肺病患者のようなため息をつく。


 これから先、どうしようか……


 このまま破滅確定の一家に付き合って心中するしかないのか。どう考えてもハッピーエンドが想像できない。イゾノ家のみんなが考えているような輝かしい未来など来ないことを、マッスォはひとりだけ知っていた。


 沈没船に乗っている未来予知者のような気分だ。


 この運命は自分の手では絶対に変えられない。だから、身を任せることしかできない。


 それがマッスォなりの責任の取り方だった。


「あなた、顔色が悪いわ。少し横になったら?」


「いや、大丈夫だよ。ちょっと休めばいつも通りだ」


「じゃあ僕はひと眠り……」


「なにを呑気なことを言っとるんだ、疲れが取れたらすぐに出発だぞ!」


「まったく、父さんたらせっかちなんだから」


「あんたの肝が太すぎるだけでしょ!」


「みんな、ヒロポンは飲んだ? まだ残りはありますからね」


「あばばばばばば」


「あはは! ダラちゃんたら、ヒロポン飲みすぎてバグってるわ!」


「まあ、大変! ダラちゃん、吐き出して!」


「これサザウェ、こういう時は水を飲ませるんですよ。ほら、ダラちゃん、お水飲みましょうね」


「ダラちゃんが回復するまではここにいるか!」


「そうだね、やっぱり僕はひと眠り……」


「置いてくわよ!」


「へへへ、そいつは勘弁」


 賑やかに円卓を囲むイゾノ家の輪の中にどうしても入っていけなくて、マッスォは他人事のようにその光景を眺めることしかできないのだった。

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