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№7 進撃のイゾノ家

№7 進撃のイゾノ家

「……よし! これで大丈夫! みんな、進んでいいよ!」


 床の罠を解除したカッツェが合図すると、一家はぞろぞろと先へ進んだ。行く先にはフィーネが作った光の玉が浮かんでいて、暗いダンジョンの通路を照らしている。


「あんたの悪知恵も役に立つことがあるのね」


「へへへ! これくらいの罠、お茶の子さいさいさ!」


 鼻の下をこすりながら、誇らしげにカッツェが口にする。


 たしかに、どこで身につけてきたのか、カッツェの罠を感知するちから、罠の構造を理解するちから、その構造から逆算して罠を無効化するちからにはマッスォも舌を巻いた。


 もしかして、いけるんじゃないか……?


 いやいや、油断しちゃいけない。自分まで楽観主義者になってどうする。最悪の事態を想定して動かなければ。


 ほんの少しだけ胸をよぎった希望に首を横に振り、マッスォは剣を片手に慎重にダンジョンを進む。


 この第一階層はまだ手始め、といったところだろう。罠もカッツェがちょいちょいと解除してラクに進めている。そろそろモンスターが出てくる頃合いだが……


 そのとき、どるん、と床の石畳の隙間から粘液状のものがにじみ出てきた。うねうねとうごめく青色の水のようなこれは、かの有名なスライムというやつだろう。一体だけで、他に仲間を伴っている様子もない。


 弱そうだ。踏み潰せばなんとかなりそうなくらい、弱そうだった。


 そんな最初のモンスター相手に、ナミーへが早速前に出て怒鳴りつける。


「なんだこの軟弱者は! ぶよぶよしおって、けしからん! どれ、ワシがひとつ説教を……」


 途端、スライムは激しく波打ちナミーへの顔面めがけて思いっきり降り注いだ。強酸の成分でも含んでいるのか、張り付かれた顔面からしゅうしゅうと煙が上がっている。


「ひああああああああああああ!!」


「びゃああああああ!! お父さん!?」


 こういうやり取りがさっきあったばかりだというのに、ナミーへときたら。おどおどと取り乱すマッスォの前で、とんどんナミーへの顔面が焼かれていく。


「えいっ、こんなものー!」


 サザウェがむりやりスライムを引っぺがすと、そこには強酸でぐずぐずに崩れたナミーへの顔があった。例によってモザイクがかかっている。ナミーへはごろごろと転げ回って悲鳴を上げていた。


「お父さん学習してください!」


 フィーネがお玉を振るって治癒魔法をかけながらナミーへを叱りつける。なんとか回復したあとで、立つ瀬がないといった表情でしょんぼりうなだれるナミーへ。 


「モンスターってこわいのね」


 眉をひそめたサザウェのつぶやきに、ここぞとばかりにマッスォが食いついた。


「そうだろう!? だから……ね?」


「ええい! 負けてられないわ!」


 しかし、手に持っていたスライムを握りつぶしたサザウェは、続いてやって来たゴブリンたちを迎え撃つように虎の爪を装備したこぶしを構えた。


 もうなにを言っても無駄らしい。昔から負けん気の強い女だとは思っていたが、まさかここまでとは。


「……とほほ……」


 溜息をつきながらマッスォも剣を抜いた。


 ゴブリンもまた、弱いモンスターだ。マッスォたちでも軽々とあしらえる。サザウェがゴブリンを殴り飛ばし、ナミーへが太刀を振るって斬撃、マッスォもゴブリンを斬り伏せた。


「ざっとこんなもんよ!」


 ゴブリンたちのしかばねの前でこぶしを握りしめたサザウェが勝利宣言をする。


「この分だと案外ラクに進めるな!」


 太刀をしまいながらナミーへがそんなことを言った。


 まだ第一階層だ、こんな雑魚中の雑魚を相手に勝って、もうダンジョンを攻略した気になっている。


 調子に乗りすぎだ、とマッスォは苦々しく思いながら剣を鞘に納めた。


「この調子で先へ進むぞ!」


「治癒は任せてくださいね」


「罠には気をつけてね!」


「よーし、やるわよー!」


 全員がノリノリである。マッスォだけがついていけず、しかし諌めることもなく、ただ一家についていっている。これのどこがパーティリーダーだ。やはり自分はひとの上に立つ器ではないのだ。


 その後もカッツェが時折足を止めて罠を解除しつつ進んでいると、今度は暗闇の向こうからなにかの群が飛んできた。


 光の玉に照らし出されるまで近づいたそれは、吸血コウモリの大群だった。またたく間にメンバーにまとわりつくと、血を吸おうと執拗に肌を切り裂こうとする。


「なによこれ! えいっ! えいっ!」


「くそぅ、的が小さすぎて太刀が当たらん!」


 早速苦戦しているサザウェとナミーへを救おうと、ワカーメが杖を握りしめて、


「ここは私が何とかするわ!」


 そう言うと呪文を詠唱し始める。いやな予感しかしない。この呪文はまさか……


「これ! やめなさいワカーメ!」


 詠唱が終わる寸前にフィーネが止めに入った。杖の先端に灯る炎が消える。


 ここで火炎魔法など使ったら、吸血コウモリは焼き払えても巻き添えで全員が火だるまだ。初心者らしい凶悪なあやまちだった。


「えへへ、ごめんなさーい」


 だが、ぺろりと舌を出して謝られると、こちらとしても強くは言えない。


 代わりにフィーネが前に出て、


「いいですか? こういう時は……こう!」


 呪文を唱えお玉を振るうと、その場に豪風が吹き荒れた。吸血コウモリたちはなすすべもなく吹き飛ばされていく。


 サザウェたちから離れたところを、追撃の火炎魔法でまとめて焼却。ばらばらと灰が床に降り積もった。


「さすが母さん!」


「おかげで助かったわ!」


 ナミーへとサザウェが賞賛の声を上げる。あちこち擦り傷だらけだ。


「やっぱりお母さんには敵わないなあ」


 その傷を癒しながら、ワカーメも尊敬の眼差しでフィーネを見ていた。


「女学校で習っただけですよ」


 フィーネは照れくさそうにそう言ってお玉を下ろと、そっとナミーへの三歩後ろへさがるのだった。


「よし! どんどん行こう!」


「今なら負ける気がしないわ!」


 頼むからしてくれよ……!と強く思いながら、マッスォはイゾノ家の進撃についていく。


 マンドレークに毒蜘蛛の群などなど、イゾノ家は雑魚中の雑魚モンスター相手にいちいち驚いては、おっかなびっくり倒して成功体験ばかりを積み上げていった。


 この様子なら楽勝。


 そんなムードが早くも漂い始めている。


 こういう時が一番危ないということに、気づいているのはマッスォひとりだけだ。こんなもの、ダンジョンへの観光客向けの子供だましだ。深くへ潜れば潜るほど、敵や罠は強力になっていくというのに。


 そうして、ようやく第一階層の終わりが見えた。


 大きな扉が行く手を阻んでいる。おそらくはこの向こうに第一階層のフロアボスが待ち構えているのだろう。 


「とうとう来たな!」


「私たちなら大丈夫よ!」


「お宝楽しみだなあ」


 一大決戦を前に、どこまでもイゾノ家は呑気だった。既に倒したような気になっている。成功体験の積み上げは重要だが、調子に乗るまで積み上げすぎるのも良くない。


 いっそここで敗北を知れば、あるいは引き返してくれるかもしれない……


 淡い期待を抱きながら、マッスォはひとり離れたところで暴れる心臓をなだめていた。


 死ぬかもしれない。痛くて苦しいかもしれない。日常からは想像もつかない苦痛が待っている。


 第一階層とはいえ、ボスはボスである。これまで倒してきた雑魚モンスターたちとは比較にならないほど強いだろう。


 みんなはそれをわかっているのだろうか?……わかっていないのだろう。


「よーし! この向こうにフロアボスがいる! みんな、行くぞ!」


『おー!』


 こぶしを掲げて唱和すると、イゾノ家パーティはその重々しい扉を開いた。

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