№4 イゾノ家と消費者金融
そんなこんなで夜が明けて、寝不足のマッスォを含むイゾノ家一行は都の市場までやって来た。
あちこち賑わう市場には、野菜や生活用品の他に、ダンジョンに潜る冒険者向けの武器や防具、回復薬などが売られている。呼び込みがひっきりなしに声をかけてきて、ダンジョンまんじゅうまで売りに出されているほどだ。
まるで観光地に来たようだった。人混みが苦手なマッスォがくらくらしているのをしりめに、買い物かごをさげたサザウェが困ったような顔でつぶやく。
「最近の装備や回復薬のヒロポン、また値上がりしてるわねえ」
「そりゃあそうよ、ダンジョン特需だもの。どれもこれもお上りさん向けに値上げされてるわ」
同じく困り顔のフィーネがため息をつく。
ひととおり店を回ってみたが、どれも想定の十倍ほどの値札がついていた。これを家族全員分、となると相当な額が必要になる。回復薬の代名詞であるヒロポンだって、庶民路線がウリだったのに、今や高級葡萄酒ほどの値段になっていた。
ダンジョンに潜るのにも金が必要なのだ。金を稼ぐための金がない、という末期的状況である。
「どれもこれも、家計ではとても足りないわね」
「いっそ借りちゃえば? 消費者金融とかで」
「カッツェ!」
とんでもないことを言い出す少年をサザウェが怒鳴りつけたが、一方でナミーへは難しい顔をしてうなっている。
「……お父さん?」
心配そうに声をかけるフィーネに、ナミーへは決心したように手を叩いて、
「金を借りよう!」
「ええっ!?」
マッスォは思わず声を上げてしまった。なんだかとんでもない方向に舵が切られたような気がする。
「カッツェの言うことも一理ある、ワシらには金がない! 正直なところボロ屋敷だけしか担保にできんから、まっとうな金貸しは相手にしてくれんだろう! ワシらが頼れるのは消費者金融だけだ!」
「お、お父さん正気ですか!?」
「仕方がないだろう、この際なりふりなど構っておれん! おお、ちょうどそこにあるじゃないか!」
賭場らしき薄暗い建物の真正面という立地にあるのは、一見するとマトモなオフィスだった。『ガウガウファイナンス』という看板が出ているということは、高利貸しなのだろう。なかなか禍々しいオーラを放っている。
「お父さん、考え直してください!」
マッスォは必死に止めようとしたが、ナミーへはずんずんとオフィスへと歩いていき、その扉を開けた。
「……いらっしゃい」
普通の応接セットがあるオフィスには、丸メガネに坊主頭の白ジャージ姿がいた。眼光鋭い男は、ソファに座ってまるで待っていたように一家を出迎える。
「金を借りたい!」
臆する様子もなくナミーへが言い放つと、高利貸しは表情ひとつ変えずに冷たい声で言った。
「うちはトゴだ。十日で五割。それが利息だ」
トゴ……!
法律の壁を軽々と超えてくる鬼金利に、マッスォはめまいがした。
しかし、ナミーへの頑固さは、これくらいで折れるような頑固さではない。売られた喧嘩を買うような勢いでうなずき、
「いいだろう! 十日もしないうちに耳をそろえて返してやる!」
なんと承諾してしまったのである。カモもいいところだ。
熱くなるナミーへをよそに、高利貸しはただ静かに問いかけた。
「それで、いくら借りたいんだ?」
「金貨100枚!」
「わかった」
べらぼうな金額だというのに、高利貸しはあっさりと受け入れた。すぐに金庫番が現れてテーブルの上に100枚もの金貨が積み上げられる。
目もくらむような黄金の輝きを前にして、高利貸しは平板な声音で告げた。
「さっき言ったが、十日で五割。返済できなきゃ……わかるな?」
言外にちらつかせた言葉のナイフで、マッスォはもう真っ青になっていた。マグロ漁船コースならまだいい方だ。一家離散どころの話ではない。
「もちろんだ! 十日以内にきっちり返済してやる!」
状況をわかっていないのか、ナミーへは胸をどんと叩いて請け負ってしまった。これでリミットが決まってしまった。
十日以内に金貨100枚以上の金を稼がなければならない。
そんな絵空事、簡単に叶ってしまったら逆に不安になる。これで稼げてしまえるのなら、イゾノ家もここまで困窮していない。
絶対無理。無理無理無理無理無理無理。
ガクブルと震えながら、マッスォは金貨の詰まった袋を担ぐナミーへたちとともに高利貸しのオフィスを後にした。
金を借りてしまった。もう戻れない。
なにがなんでも十日以内にダンジョンを攻略しなくてはならない。活路はそれしかない。それができなければ、破滅が待っている。妻子供は売りに出され、男どもは家畜以下の環境で死ぬまで働かされるだろう。
十日以内。それまでに難攻不落のダンジョンの最深部まで到達しなければならないのだ。
もう、それしかない。
プレッシャーでまた胃がきりきりと痛み、顔から血の気が引いていく。
そんなマッスォをよそに、イゾノ家の面々は借りた金で高額な装備をどんどん買っていく。回復薬のヒロポンもダース単位で買っている。武器や防具も惜しげもなくぽんぽん買っていく。
またたく間に金貨100枚はすっからかんになってしまった。
「いやあ、いい買い物ができた!」
東洋風の鎧と太刀を身に着けながら、ナミーへは上機嫌だ。
「そうね、父さん。これで私たちもがんばれるわ」
「僕、この装備気に入ったよ!」
「私も!」
めいめい購入した装備品を身につければ、見た目だけは冒険者として格好がついている。マッスォもまた、新品の鎧に剣を背負っていた。
「これでダンジョンに挑めるわね! 明日には出発よ!」
革のツナギに虎の爪を装備したサザウェが声高に宣言すると、イゾノ家のメンバーは一斉に活気づいた。
「よーし! やるぞ、ダンジョン攻略!」
『おー!』
ナミーへの掛け声に、一家がときの声を上げる。
そんな中、マッスォだけは不安でいっぱいいっぱいになっていた。
わははと談笑するイゾノ家はみんな楽観的だ。きっとなんとかなると信じている。
その空気に水を指すことなど、到底できたものではない。たとえ入婿でなくとも、はばかられる雰囲気だ。
ここでダンジョン攻略をやめましょう今すぐ装備を返してお金を置いていきましょう、などとどの口が言えるものか。
本当は言いたくて仕方がなかったが、マッスォにその勇気はなかった。結果、いつものように流されるまま行動するのである。
金を借りてしまった以上、もうあとには戻れない。
十日以内にダンジョンを攻略しなければならない。
その事実がマッスォの胸に重くのしかかり、心臓を押し潰そうとした。今にもぱぁん!と破裂してしまいそうだ。
イゾノ家は今まさに氷山に向かって舵を切ろうとしている。それに気づいているのはマッスォだけだ。
しかしマッスォはその事実を言い出せず、いっしょに沈没する予定の船に乗っていなければならないのだ。破滅へのカウントダウンが始まる中、死神が虎視眈々と大鎌を研いでいるのがよく見える。
やっぱり、売っとけばよかったかな、臓器……
そっちの方がまだマトモな結末になったと思う。
「今夜は前祝いだ! 母さん、精のつくものと酒を買おう!」
「やったー! 僕ステーキ食べたい!」
「いいわよ、なんでも食べなさい! 明日から大忙しなんだから!」
「あらあら、ふふふ。いいお肉買わなきゃねえ」
笑いながら帰路に着くイゾノ家の最後尾をとぼとぼと歩きながら、マッスォは呪いの言葉を頭の中で繰り返す。
十日以内にダンジョン攻略……十日以内にダンジョン攻略……
到底不可能と思われる無理難題を抱えて、マッスォは喘鳴のようなため息をつくのだった。