「メリークリスマス、黒磯さん!」
「……」
勢いよく部屋に入って来た日比野先生。
いつもの白衣姿に、サンタの赤い帽子を被っていた。
「メリークリスマス!」
「……」
今日は12月24日、クリスマス・イブの日だ。
メリークリスマスと言うには1日早いけれど、浮かれまくった日比野先生の姿がすこしだけ面白い。
「……何か、反応してくれる?」
「……」
先生の顔を見て、そっと手を叩いてみた。それはしだいに拍手となり、私は無言で拍手を送る。
「……あ、そうだ。黒磯さん、君にもこれを」
「……」
そう言って先生が取り出したのは、トナカイのツノがデザインされたカチューシャだった。先生はそれをそっと私の頭に付ける。
「ふふ、黒磯さん。似合う」
私の顔を見て先生は優しく微笑んでくれた。
似合うのが良いのか悪いのか分からない。でも、なんだかすこしだけ……妙な嬉しさを感じた。
◇
就職をしてから、このようなイベントを意識したことがなかった。クリスマスという単語すら忘れ、ただひたすら仕事をする毎日だったからだ。
どのような状況でもプログラミングをしていたな……なんて、ふいに思い返す。
クリスマスを実感するなんて、久しぶりの感覚だ。
……そういえば最近、あんなに大好きだったプログラミングのことを、思い出す頻度がほぼゼロになっていたかもしれない。
今、久しぶりにプログラミングという単語が頭に浮かんだ。
大好きだったはずなのに。思い出すことすら、なくなるなんて。
「……」
「ん、黒磯さんどうした?」
日比野先生は私の元に駆け寄り、左手で頬に触れた。表情が曇っていたらしく、先生は不安そうに顔を覗き込む。
「大丈夫? クリスマス、何か嫌な思い出でもあったかな」
「……」
それは違う。
小さく首を横に振る。
そして先生は首を傾げてこちらを見ていたから、私も同じように傾げた。
「……」
伝えたいのに、口から言葉が出てこない。
「……」
私は枕元に置いていたノートに、そっと単語を書き出した。
【クリスマス、嬉しい】
「……そうか」
そう言って先生はまた微笑んでくれた。
サンタの帽子の先についた白いポンポンが、先生の動きに合わせて小さく揺れる。
不思議。
あんなに冷酷だと言われていたのに。
私の前での日比野先生って、全然冷酷ではなくて。むしろ優しすぎて。とても気にかけてくれる。
他の患者にも同じようにしているのか——……つい、そのようなことが気になってしまう。
「……」
なんだろう。
なぜだか心が、モヤっとした……。
「そうだ、黒磯さん。これこれ」
思い出したように先生は小さな箱を取り出し、それを私に差し出してきた。
赤と緑のクリスマスカラーの包装紙が巻かれている。
「クリスマスプレゼント。開けてごらん」
「……」
先生に向かって小さく頭を下げて、包装紙を剥ぐ。箱を開けると、中から木箱が出てきた。
「それ、オルゴールだよ。上の蓋を開けてみて」
「……」
言われた通りに開けてみると、その箱から綺麗な音色が流れ始めた。中にはピンクと赤の造花が装飾されており、まるでお花畑のよう。
「……」
心地よい、オルゴールの音色が部屋に響く。目を閉じて聞き入ると、心が落ち着く感覚がした。
「気に入って貰えたかな?」
目を開けて先生の顔を見て深く頷くと、自然と言葉が出てきた。
「……ありがとう、ございます」
「うん、どういたしまして。気に入って貰えたなら良かった」
また、先生は優しく微笑んでいる。
先生は私のベッドに移動し、縁に腰かける。そして私が持っていたオルゴールを横に置いて、優しく……でも力強く、体を抱き締めてくれた。