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10.季節行事


「メリークリスマス、黒磯さん!」

「……」


 勢いよく部屋に入って来た日比野先生。

 いつもの白衣姿に、サンタの赤い帽子を被っていた。


「メリークリスマス!」

「……」



 今日は12月24日、クリスマス・イブの日だ。


 メリークリスマスと言うには1日早いけれど、浮かれまくった日比野先生の姿がすこしだけ面白い。


「……何か、反応してくれる?」

「……」


 先生の顔を見て、そっと手を叩いてみた。それはしだいに拍手となり、私は無言で拍手を送る。


「……あ、そうだ。黒磯さん、君にもこれを」

「……」


 そう言って先生が取り出したのは、トナカイのツノがデザインされたカチューシャだった。先生はそれをそっと私の頭に付ける。


「ふふ、黒磯さん。似合う」


 私の顔を見て先生は優しく微笑んでくれた。


 似合うのが良いのか悪いのか分からない。でも、なんだかすこしだけ……妙な嬉しさを感じた。





 就職をしてから、このようなイベントを意識したことがなかった。クリスマスという単語すら忘れ、ただひたすら仕事をする毎日だったからだ。


 どのような状況でもプログラミングをしていたな……なんて、ふいに思い返す。


 クリスマスを実感するなんて、久しぶりの感覚だ。




 ……そういえば最近、あんなに大好きだったプログラミングのことを、思い出す頻度がほぼゼロになっていたかもしれない。


 今、久しぶりにプログラミングという単語が頭に浮かんだ。


 大好きだったはずなのに。思い出すことすら、なくなるなんて。


「……」

「ん、黒磯さんどうした?」


 日比野先生は私の元に駆け寄り、左手で頬に触れた。表情が曇っていたらしく、先生は不安そうに顔を覗き込む。


「大丈夫? クリスマス、何か嫌な思い出でもあったかな」

「……」


 それは違う。

 小さく首を横に振る。


 そして先生は首を傾げてこちらを見ていたから、私も同じように傾げた。


「……」


 伝えたいのに、口から言葉が出てこない。


「……」


 私は枕元に置いていたノートに、そっと単語を書き出した。


【クリスマス、嬉しい】


「……そうか」


 そう言って先生はまた微笑んでくれた。

 サンタの帽子の先についた白いポンポンが、先生の動きに合わせて小さく揺れる。


 不思議。

 あんなに冷酷だと言われていたのに。


 私の前での日比野先生って、全然冷酷ではなくて。むしろ優しすぎて。とても気にかけてくれる。


 他の患者にも同じようにしているのか——……つい、そのようなことが気になってしまう。


「……」


 なんだろう。

 なぜだか心が、モヤっとした……。



「そうだ、黒磯さん。これこれ」


 思い出したように先生は小さな箱を取り出し、それを私に差し出してきた。

 赤と緑のクリスマスカラーの包装紙が巻かれている。


「クリスマスプレゼント。開けてごらん」

「……」


 先生に向かって小さく頭を下げて、包装紙を剥ぐ。箱を開けると、中から木箱が出てきた。


「それ、オルゴールだよ。上の蓋を開けてみて」

「……」


 言われた通りに開けてみると、その箱から綺麗な音色が流れ始めた。中にはピンクと赤の造花が装飾されており、まるでお花畑のよう。


「……」


 心地よい、オルゴールの音色が部屋に響く。目を閉じて聞き入ると、心が落ち着く感覚がした。


「気に入って貰えたかな?」


 目を開けて先生の顔を見て深く頷くと、自然と言葉が出てきた。


「……ありがとう、ございます」

「うん、どういたしまして。気に入って貰えたなら良かった」


 また、先生は優しく微笑んでいる。


 先生は私のベッドに移動し、縁に腰かける。そして私が持っていたオルゴールを横に置いて、優しく……でも力強く、体を抱き締めてくれた。






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