「もう、いい加減、機嫌直してくださいよぉ。ちゃんと代わりに干物とお水を買ってきてあげたでしょ?」
僕たちの前を歩くセロは、ちらりとこちらに視線をよこすと「ふんっ」と鼻を鳴らして、また前を向いてしまった。
「まさか、アイスなんてあげられるわけないじゃないですか。おなか壊したらどうするんです?」
真帆ねぇはセロをなだめるように言ってから、小さくため息を吐いて「やれやれ」と肩を落とした。
道の駅からの帰り道。
へそを曲げた様子のセロを先頭にして、僕らは一列に並んで歩いていた。
あのあと真帆ねぇがセロに買ってきたのは、魚の干物とペットボトルの水だった。
魚の干物はこの近くにあるキャンプ場の客がよく買っていくらしい、本当にどこにでもあるようなおつまみみたいなやつだ。
それを見たセロは「信じられない」といったような表情で真帆ねえを見つめ、結局水だけを飲んで、干物は食べなかった。
仕方なく、真帆ねぇは干物のパッケージを手にしたまま歩いている。
なるほど、確かにケンカだ。
真帆ねぇが言っていたの、こういうことだったのか。
「セロって、普段は何を食べてるの?」
「基本的には普通のネコちゃんと一緒です。たまにアイスとかちょっとだけあげたりもしますけど、おなかを壊すことがあるので控えてます。本来ネコちゃんに人の食べ物はあげない方が良いみたいですから」
本人は「食べたい、食べたい」と言っていますけどね、と真帆ねぇは苦笑した。
僕はちょっと間を開けてから、
「……普通のネコちゃんと一緒?」
「はい」
頷く真帆ねぇ。
僕はまた間を開けてから、
「セロは、普通のネコじゃないの?」
「はい」
頷く真帆ねぇ。
僕は首を傾げながら、
「どういうこと?」
真帆ねぇは、ふっと口元に笑みを浮かべると、唇の前で人差し指を立てながら、
「――秘密ですっ」
片目をつぶり、そう言った。
それからしばらく歩いていると、ぴたりとセロが歩みを止めた。
真帆ねぇも僕も同じく立ち止まる。
「どうかしましたか、セロ?」
真帆ねぇが声を掛けると、セロは「ミャオン」と鳴いてあぜ道の方に顔を向けた。
僕らもつられてそちらを向けば、黒い人影がこちらに近づいてくるのがぼんやり見えた。
誰だろうか、としばらく見つめていると、やがてその姿がはっきりと見えてくる。
「――金剛さん」
そう口にしたのは、僕だった。
金剛さんはのっそのっそとあぜ道をこちらに近づいてくると、僕たちの前で歩みを止めた。
僕は思わず真帆ねぇの後ろに身を隠し、金剛さんのぎょろりとした眼を恐る恐る見上げる。
金剛さんはそんな僕を見て「ふん」と鼻で笑うと、大きな目を真帆ねぇに向け、
「こんなところで何をしている」
とへの字の口を大きく開いた。
低い、おなかに響いてきそうなその声は、怒っているようでやっぱり怖い。
「ちょっとお散歩してました」
真帆ねぇはにっこりと微笑んでそう答えると、持っていた干物の袋を金剛さんに差し出しながら、
「これ、要ります? セロにあげようと思ったら、食べなかったので」
金剛さんは眉間に深い皺を寄せるとじっと真帆ねぇを睨みつけ、
「ふざけているのか」
歯をむき出しにして唸り声をあげた。
その様子があまりに恐ろしくて、僕は一歩後退る。
けれど真帆ねぇは全く気にする様子もなく、
「私がふざけているのは、いつもの事じゃないですか」
とニコニコしながらそう答えた。
金剛さんはぎょろ目でじっと真帆ねぇの笑顔を睨みつけていたが、やがて肩を落としながら大きく溜息を漏らし、真帆ねぇから干物の袋を大人しく受け取る。
「……これは宴の肴に貰っておこう」
「はい」
それに満足したように真帆ねぇは頷き、くるりと僕の方に体を向けた。
それから「ごめんなさい」と両手を合わせ、
「ちょっと金剛さんとお話があるので、先に帰っててもらえますか?」
「え、で、でも――」
僕は言いよどみながら、真帆ねぇと金剛さんの顔を交互に見やる。
そんな僕に、真帆ねぇは腰を屈めると、
「大丈夫です。すぐに帰りますから」
安心させるような優しい口調で言った。
僕は少しだけ悩み、それから一つ頷いて、
「……わかった。でも、すぐ帰ってきてよ。約束だよ」
「はい、約束します」
真帆ねぇは僕の頭を優しく撫でると、
「セロ、よろしくお願いしますね」
「ニャオン」
急かされるようにして、僕はセロと一緒に歩き出した。