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第5話

   5


 お昼過ぎになって、おかあさんとお婆ちゃんがようやく帰ってきた。


 五人でお昼ご飯を食べ終わると、お母さんとおばあちゃんは畑の水やりにまた家を出ていった。


 僕とおねぇちゃんは二人して居間のテーブルに宿題を開き、真帆ねぇに見られながら今日の分の宿題をさっさと済ませた。


 さて、ここからどうしよう。

 こうしてテレビばかり眺めていたって仕方がない。


 何しようかなと思っていると、

「ちょっと暑いですけど、散歩に行きませんか?」

 真帆ねぇに誘われて、僕は帽子をかぶって玄関に向かった。


 おねぇちゃんは「どうしようかな」と悩んでいたけれど、「こんな暑い中をわざわざ日焼けしに行きたくないし」と言って家に残ることにした。

 昨日も自転車で出掛けてなかったっけ、とは思ったけど、言わないでおく。


 真帆ねぇも今日は麦わら帽子をかぶり、僕たちは二人並んで道を歩いた。

 昨日行ったお寺さんとは逆の方向、国道の方へ向かって僕たちは進む。


 トコトコと数メートル先を歩いているのはセロだ。

 セロは熱いアスファルトをなるべく避けるように、僅かな日陰を渡り歩いている。


 周囲は山々に挟まれるようにして田んぼや畑が広がっているばかりで、けれどその半分以上がすでに打ち捨てられて、ただの空き地と化していた。

 過疎化、というらしい。

 そんな中で田舎に戻ってきたうちは珍しい部類に入ると言って良いと思う。


 国道沿いにはお父さんの仕事の一環である古民家再生何とかってので、都市部からやってきた美容師さんが開いた美容室があって、それなりにお客さんが来ているみたいだけれど、基本的には何もないただの田舎だ。


 道を歩けばお年寄りばかり。ちょっと先には道の駅なんかがあって地元でとれた野菜やお米を売っているけれど、何度も行ったことがあるので僕にとっては別に面白くもなんともない場所だった。


 真帆ねぇと歩くこと三十分。

 これだけ太陽が強く照り付けているのに、不思議と風は冷たかった。


 真帆ねぇも鼻歌を歌いながら、時折スキップをしていたかと思えば突然立ち止まり、道端の草木を眺めてはまた歩き出した。


 何が楽しいのかわからないけれど、真帆ねぇはこの何もない田舎が楽しいらしい。


 人数はそんなに多くはないけれど、都市部からくる観光客もちらほらいて、子供である僕からすれば、そんな大人たちがただただ不思議で仕方がなかった。


 もしかしたら、僕も大人になればこの田舎の楽しさが少しは解るのだろうか?


 そんなことを考えていると、

「翔くん、アイス、食べたくないですか?」

 真帆ねぇが微笑みながら、僕の顔を覗き込んできた。


 僕は思わず後退り、

「う、うん。食べる」


「じゃぁ、あそこの道の駅まで競争です! 遅かった方のおごりですよ!」

 道の先、国道沿いに見える新しい建物を指差して、真帆ねぇはそう言った。


「え?」


 僕が眼を真丸くしているのをよそに、真帆ねぇは、

「よ~い、ドン!」

 と口にして走り出す。


「えぇ! ずるい!」

 僕も慌てて、真帆ねぇのあとを追いかけた。





 意外なことに、真帆ねぇは大人だというのに僕よりも走るのが遅かった。


「翔くんは早いですねぇ、負けました……」


 もしかしたら手加減してくれてるのかなと思ったのだけれど、最後の方は息も切れ切れに走っていたので、真帆ねぇはもともと体力がないみたいだ。


 はぁはぁ言いながら膝に手を当てて苦しそうにしている真帆ねぇが息を整えるのを待ってから、僕たちは道の駅に入った。


 クーラーの効いた建物の中に入ると、途端に真帆ねぇが生き生きしてくる。


「涼しいですねぇ! やっぱり科学の利器は最高です! 無駄に力を使わなくてすみますからね!」


 力って何のことだろう?

 よくわからないけれど、ニコニコしながら飲食コーナーに向かう真帆ねぇのあとを追う。


 物販コーナーの反対側のイート・イン。

 そこには無添加のパンを売るお店があって、そこではアイスクリームも売っていた。


 僕は真帆ねぇと一緒にアイスを買って、二人向かい合って席に着く。


「いただきまぁす!」

 真帆ねぇは言うが早いか、アイスクリームをぺろりと舐めた。

「う~ん! 冷たい! 甘~い!」


 僕も同じように、アイスクリームを口に頬張る。

 口いっぱいに広がる甘ったるいバニラの風味に、僕も自然と口元が緩んだ。


「いやぁ、暑いなかを歩いてきたかいがありますね! あ、おねぇさんには内緒ですよ!」

 言ってウィンクする真帆ねぇに、僕は思わず見惚れてしまった。


 たらりと手に垂れたアイスの冷たさに我に返り、慌てて舐めとる。


 真帆ねぇはあっという間にコーンまでぱりぱり食べ終えると、ふと辺りを見回した。


「あれ? そう言えばセロがいませんね。どこへ行ったんでしょう」


 ここはペットの入店は禁止になっていたと思うけど、セロがついてきたかどうかまでは全く確認していなかった。


「あ、いました、いました」


 真帆ねぇの指差す出入り口のほうに顔を向ければ、自動ドアの向こう側で、恨めしそうにこちらを見つめるセロの姿がそこにはあった。

 自らそこで主人を待つなんて、なんて賢い猫なんだろう。


「セロって、頭いいよね」

 思わず口にすると、真帆ねぇは「そうですね」と口を開く。

「たまに融通が利かないことがあって困っちゃいますけどね。凄く細かいんです、セロって。あれはするな、これはするな、いい加減なことばかり言ってないでまじめにやれって、口うるさくて、よくケンカしてます」


「ふぅん?」

 僕はぱりぱりとコーンをかじりながら、真帆ねぇの言葉の意味を考えていた。


 口うるさくてケンカするって、どういうこと?

 セロが喋るの? それとも真帆ねぇが猫の言葉が解るとか?

 いやいや、いくら何でもそんなはずはない。

 確かに真帆ねぇは不思議な感じがするけれど、まさかそんな妄想めいたことを言うなんて。

 いや、たぶん、これはあれだ。

 また僕をからかおうとしているのに違いない。


 僕はちらりと真帆ねぇに視線を向ける。

 真帆ねぇはへらへらしながら出入り口の方に顔を向け、ひらひらと手を振っていた。


 セロの方はというと――

「えっ」と僕は小さく声を漏らした。


 セロは窓ガラスに顔を押し付け、目をギラギラさせながら真帆ねぇを睨みつけている。

 自動ドアが開くたびに低い声で「オアーオアー」と鳴いているのが聞こえてくる。


「いやぁ、怒ってますねぇ、あはははっ!」

 真帆ねぇは「仕方ないですねぇ」と立ち上がり、僕に顔を向ける。

「セロに何か買ってくるので、翔くんはゆっくり食べていてください」


「え? あ、うん……」


 真帆ねぇは微笑んで、物販コーナーへと行ってしまった。

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