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真帆ねぇはお父さんのいとこで、僕やおねえちゃんは真帆『ねぇちゃん』なんて呼んでいるけれど、つまりは僕たちのおばさんにあたる人だ。
けれどその見た目はすごくきれいで若々しく、おねえちゃんよりちょっと年上くらいにしか見えなかった。
以前、お父さんに見せてもらった昔のアルバムに写っている真帆ねぇを目にしたことがあるのだけれど、その姿は高校生の頃からあまり変わっていないみたいだった。
僕の記憶の中でも、真帆ねぇの姿はいつも変わらない。
だけど。
「どうしたの、髪。切ったの?」
あの長かった黒髪が、首が見えるくらい短く切られていて、僕は思わず目をまん丸くしてそう訊ねた。
「あぁ、これですか?」
真帆ねぇはすっと右手で耳の後ろを触りながら、
「暑かったので、思い切ってばっさりいっちゃいました」
その耳元で、星形のイヤリングがきらきらと輝きながら、ゆらゆらと揺れていた。
袖のない白シャツに色の濃いジーンズを履いていて、何だかいつもとイメージが違う。
長い髪に見慣れていたせいだろうか、変に違和感を覚えた。
だけど、髪の短い真帆ねぇは何だかいつもより大人っぽく見えて、僕は何となく恥ずかしくなって、気付くと視線を逸らしていた。
その先で、一匹の黒い猫の姿が目にとまる。
「あ、セロ!」
僕は真帆ねぇのそばで箱座りしているセロに近づき、持っていたトレーを床に置くと、その頭を撫でてやった。
「ミャオン」
セロはひと鳴きして、僕の手をぺろぺろ舐める。
僕は真帆ねぇが連れてくるこのセロが大好きだった。
まるで僕の言っている言葉をちゃんと理解しているかのように、一緒に遊んでくれるからだ。
真帆ねぇが中学生の頃から飼っているらしいから、もう十四歳。
それなりに高齢で、僕より四つもお兄ちゃんだった。
「今年も来たんだね」
僕はセロに手を舐められながら、隣で足をぷらぷら揺らす真帆ねえに言った。
「加奈ねぇも一緒?」
加奈ねぇは真帆ねぇのお姉さんで、お爺ちゃんが死ぬまでは毎年この家に集まって、皆でわいわいしていたのだけれど。
「お姉ちゃんは、今年は来てません」
真帆ねえは首を横に振りながら言って、
「今年は、ちょっと別の用事があって」
「別の用事?」
「はい」
どんな用事かちょっと気になったけれど、僕は素直に「そっか」と頷いた。
それからお茶を持ってきていたことを思い出して、
「あ、これ、お茶」
「あぁ、ありがとうございます!」
真帆ねぇは笑顔でお茶を受け取ると、くいっとコップを傾けた。
「それにしても、今年も暑いですねぇ」
「うん」
僕は答えて、真帆ねぇの横顔に目を向ける。
すると真帆ねぇはすっと右手を軽く上げ、人差し指の先をくるっと一回転させた。
その途端、柔らかい風が家の中に吹き込んでくる。
生ぬるい風じゃなくて、ひんやりとした冷たい風だ。
まるでクーラーから流れてくる風みたいで、僕は驚いて目を見張る。
「冷たい――」
その呟きに、真帆ねぇは僕に顔を向けると、
「ね? 気持ちいいでしょう?」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
何だか全身がむずがゆくなって、僕は思わず視線をセロに戻した。
セロはそんな僕の顔を細めた目でじっと見ながら、
「フンっ」
まるで笑うように、鼻を鳴らした。
おばあちゃんとお母さん、それから真帆ねえと僕の四人でお昼ご飯を食べおわると、その後三人は談笑を始めてしまった。
僕は三人の話に混ざることなく、居間でゴロゴロしながらテレビを見ていた。
おねえちゃんは友達の家に行ったまま、まだ帰ってきていない。
まぁ、帰って来たからといって、一緒に遊ぶわけではないんだけど。
僕は時々ダイニングに視線を向けながら、真帆ねえの顔をちらちら見ていた。
真帆ねぇが普段何をしているのか、僕はあまり知らなかった。
お母さんが言うには、小さな町の古いお店で、おまじないの道具なんかを売っているらしい。
一度くらいは行ってみたいけど、きっと可愛らしい雑貨屋さんみたいなお店なんだろうな、と勝手に想像するばかりだ。
「なに? 翔。そんなに真帆ちゃんが気になるの?」
お母さんがくすくす笑いながら僕をからかう。
僕はあまりに恥ずかしくて顔をぷるぷる振りながら、
「ち、違うよ! 別にそういうわけじゃなくて……!」
なんて答えたらいいんだろう、と思っていると、真帆ねえが椅子から立ち上がり、
「翔くん、暇で暇でしょうがないって顔してますね」
とことこと僕の所までやってきて、口元に手を当ててぷぷっと笑った。
確かに、暇で暇でしょうがないけど……
「じゃぁ、お姉さんと一緒に遊びましょうか」
「えっ」
僕がそう声を漏らすと、おばあちゃんとお母さんがニヤニヤしながら、
「あら~、良かったじゃない、翔ちゃん」
「綺麗なお姉さんに遊んでもらえるなんて、そうそうないわよ!」
僕は顔が熱くなるのを感じながら、
「い、良いよ別に! 宿題だってあるし!」
大きく手を振ってそれを断った。
けれど真帆ねぇは微笑み、
「じゃぁ、宿題は私があとで手伝ってあげるので、一緒にどこか遊びにいきませんか?」
と僕の顔を覗き込む。
「え、で、でも……」
あまりの顔の近さに、どこに目を向けていいのか、なんて答えたらいいのか、全然わからなかった。
「いいじゃない、翔。行ってきなさい」
「そうよ、せっかく誘ってくれてるんだから~」
お母さんとおばあちゃんの言葉に、僕は「……うん」と小さく頷く。
「で、でも、どこへ行くの?」
こんな田舎の片隅に、遊びに行ける場所なんてそんなに多くはない。
「そうですねぇ」
と真帆ねぇは口元に人差し指を当ててしばらく考え、
「あ、虫取りなんてどうですか?」
ニヤリと笑みを浮かべながら、そう言った。