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「ひどいよ、真帆さん! 最初から私を騙してたでしょ!」
翌日、魔法百貨堂に向かった私は店の扉を開けながらそう叫んだ。
真帆さんは私が来るのを解っていたのだろう、カウンターに頬杖をつきながら、
「騙してませんよーだ!」
とニヤリと笑んで返事する。
「私はあのお屋敷を、うちの物置として使わせてもらってるってことを言わなかっただけですよーだ」
「ほら! やっぱり私をからかってたんじゃない!」
「だって、茜ちゃんが怖がるから面白くって!」
ぷぷっ! と真帆さんは口元に手をやりながら笑い声を漏らした。
腹立たしい! あぁ腹立たしい、腹立たしい!
「最初から言ってくれても良かったじゃない!」
「だってー、その方が面白いじゃないですかぁ」
「私で遊ぶな!」
そんな言い合いを続けていると、
「……何の喧嘩だ、騒々しい」
カウンターの上に飛び乗った黒猫のセロが、うざったそうに私たちの間に割って入ってきた。
「また真帆が何かやったのか?」
「聞いてよ、セロ!」
私は愚痴交じりに事の顛末をセロに話して聞かせた。
セロが黙って私の話を聞いている間、真帆さんはずっとニヤニヤしながら私が怒るのを楽しそうに眺めていた。
ほんっと、良い性格してるよね、この人!
やがて全てを語り終えた時、私の心のもやもやもちょっとだけ晴れていた。
セロが黙って私の話を聞いてくれたからだろう。実に良い猫だ。
今度から何か愚痴りたいことがあったらセロに聞いてもらおう、そうしよう。
なんて思っていると、
「――そうか、お前、キコに会ったのか」
私はうんと頷き答える。
「奇麗な歌声だよね、あの子」
「……そうだな」
「結局、キコは何なの? あれも真帆さんの魔獣なの?」
魔獣とはゲームや漫画、アニメに出てくるようなモンスター的な獣の事じゃない。
魔法使いと契約して魔力を与える、いわばパートナーとなる魔力を持った獣たちの事だ。
「いいえ、違います」
と真帆さんは首を横に振りながら言って、少し真顔になる。
「……あの子は、昔あのお屋敷に住んでいた魔法使いの魔獣だったんです。それが数年前に他界されて、それでも思い出の場所であるあのお屋敷に住み続けている。私はあのお屋敷を物置として使わせてもらっている代わりに、定期的に彼女にごはんを届けているんです」
本当は、新しいパートナーを見つけて欲しいんですけどね、と口にした真帆さんの瞳は、どこか憂いを帯びているように私には感じられた。
「ってことは、もうずっと一人――一羽であのお屋敷に住んでるわけ? 外に出ずに?」
「そうみたいですよ。たまには外に出てみればいいんですけど、いまだに前のパートナーさんとの思い出に浸って毎日歌っているみたいです。まぁ、私には聞こえないんですけどね、その歌が」
「へぇ、そうなんだ……」
――ん? 歌が? 聞こえない? 真帆さんには?
「それって、どういうこと?」
「うん? 何がですか?」
「今、真帆さんにはあの歌が聞こえないって言いませんでした?」
「言いましたけど、それが何か?」
「いや、だから、それって――」
「あの歌はな、いわゆる魔法の歌ってやつだ」
そう教えてくれたのは、セロだった。
やはり頼りになるのはセロだ。真帆さんをあてにしちゃいけない。
「魔法の歌? どういうこと?」
「聞こえる奴と、聞こえない奴が居るのさ」
えっと――つまり?
「お前は、聞こえる人間ってことだな。アイツの前の契約者もそうだった。いや、むしろあの歌自体が元々契約者の為に歌っていたというか――」
んん? だからつまり?
「どゆこと?」
わかるような、わからないような……?
「まぁ、でも良かったじゃないですか、歌声の正体がわかって。私も一安心です!」
あん? 最初から真帆さんがちゃんと教えてくれてればよかっただけの話じゃん!
――まぁ、もう慣れっこだけどさ。
私は文句を言う気にすらなれず、肩を落とす。
そんな私に、真帆さんはにっこりと微笑みながら、
「じゃぁ、今日もお願いできますか? キコさんのご飯」
そう言って真帆さんはカウンターの下から例の小さな紙袋取り出す。
私は大きな溜息を吐きながらその紙袋を受け取ると、
「……仕方ない、引き受けましょう」
言って思わず、口元に笑みを浮かべる。
――また、あの歌声を聞きたいから。
……廃屋の歌声・了