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そこに居たのは、大きな白いインコだった。
窓から差し込む夕日に照らされた白い羽は、うっすらと虹色に輝いているようにも見える。
なんだっけ、キバタン?とかいうインコじゃなかったっけ……?
その白いインコも私も驚いて地面に尻もちをつき、しばらくじっと互いを見つめあっていた。
やがてインコはひょいっと起き上がると、
「だ、誰! あなた!」
人語を口にしたので、私は開いた口が塞がらなかった。
「ど、泥棒? 泥棒なのね? そうなのね? 出ていきなさい! 今すぐに!」
ばっさばっさと翼を広げて私に襲い掛かるインコに、私は思わず両腕でそれを防ぎつつ、
「ち、違うから! 泥棒じゃないから!」
大声で言い返す。
そこでふと白インコは翼を畳み、
「……あら、その袋は?」
興味津々といった様子で私が右手に握ったままの紙袋をしげしげと見つめた。
インコが翼を広げて暴れたせいで、紙袋の端が破れて中から何やら穀物っぽいのが――ん? 穀物?
「あなた――もしかして、真帆の知り合い?」
ん? 真帆さん?
「まぁ、はい……」
「なぁんだ、だったら早く言ってくれたら良かったのに!」
「そう言われたって――」
……なるほど、たぶんこの屋敷は真帆さん家の持ち物なのだ。
部屋の中の魔法道具も、きっと百貨堂の商品か何かに違いない。
やはり最初から真帆さんは私をからかっていたのだ。
「――どうせ、そんなことだろうとは思ってたけどね!」
何となく腹立たしくて大声で叫んでやると、
「え? なにが? なにが?」
白インコが丸い目をさらに丸くして訊いてくる。
「――何でもない。それより、餌箱はどこ?」
「その窓辺に置いてあるわ」
「そ、わかった」
窓辺に置かれた餌箱に残りの穀物を入れてあげると、白インコは「ありがとう」と言ってむしゃむしゃとそれを食べ始めた。
要するに私は、この子のために餌を運ばされただけだったのだ。
そうと思うとやっぱり腹立たしくて仕方がない。
人をおちょくるのもいい加減にしなさいよね!
絶対にいつか、ぎゃふんと言わせてやるんだから!
……できるかなぁ?
「そう言えば真帆はどうしたの? あなたはどういった知り合いなの? 名前は?」
餌箱から顔を上げた白インコに訊ねられて、私は「あぁ」と口を開いた。
「私は那由他茜。高校二年生で魔法使いの見習い。真帆さんとは――私の魔法の先生であるおばあちゃんとの関係で、時々惚れ薬の配達をしているの」
「惚れ薬? もしかして、おばあちゃんって、神楽ミキエ?」
「……そうだけど、知ってるの?」
「えぇ、もちろん。私の前のご主人もよく惚れ薬やら何やらお世話になっていたの。お元気?」
「うん、元気だよ」
「そう、それは良かった」
そう言って白インコは窓に顔を向け、
「私、あんまり外に出ないから……」
遠く空を黙って見つめた。
このインコは、どうしてこんなところに一人っきりでいるんだろう。
まさか、真帆さんに閉じ込められてる?
でも、扉の鍵は開きっぱなしだったし……?
「――もうそろそろ夜ね」
不意にインコに話しかけられて、思わず私も窓の外に広がる空に目を向ける。
「ほら、太陽がどんどん沈んでいく」
私と白インコは、しばらくの間、一緒に窓の外の沈みゆく夕日を眺めていた。
オレンジ色から次第に空が紺色に染まっていくのを見ていると、不意に白インコが歌を歌いだした。
それはあの、私が聞いた歌そのものだった。
――なんて綺麗な歌声何だろう。
とても清らかで、優しくて。
どこか懐かしくて、心が温かくなる。
「……あなたが歌っていたんだね」
そう私が口にした途端、白インコは驚いたように私を見つめた。
「――え、なに?」
私は思わず首を傾げ、
「わたし、なんか変なこと言った?」
「――いいえ」
小さな返事。けれど、なんだか様子がおかしい。
じっと私を見つめたまま、けれどその視線は私の背後まで見通しているようで。
「な、なに、どうかした? なんかあるの?」
その視線に思わず後ろを振り向きながらそう口にすると、
「――え? あら、ごめんなさい。あなたがあまりに可愛らしいものだから、つい見惚れちゃったわ」
ふふっと笑う白インコ。
う~ん、なんか隠してるっぽい。
けれど、
「そう? ありがとう、よく言われるんだ!」
私はそう答えてにっと笑った。
……言いたくないのなら、別にそれはそれで構わない。
無理に聞くのは失礼ってもんだろう。
それから私は大きく伸びをしてから窓の外に目を向け、
「じゃぁ、そろそろ帰るね。暗くなってきたし」
「そうね」
白インコも同じように窓の外に体を向けながら、
「気を付けて帰るのよ」
「うん、ありがと!」
私は白インコに手を振り、その物置みたいな部屋を出ようとしたところで、
「あ、待って」
インコに呼び止められて、後ろを振り向いた。
「うん? なに?」
「――あなた、魔法遣いになるのよね?」
「もちろん! 当たり前でしょ!」
その為に、私は毎日おばあちゃんに魔法や薬草の知識を教わっているのだ。
「……そう、そうよね」
白インコはこくこくと頷き、じっと私を見つめる。
「――ん? それがどうかしたの?」
私のその言葉に、白インコは小さく首を横に振った。
「ううん。それより、また遊びに来て。あなたのために歌ってあげるから」
「ほんと? ありがと! 私、あなたの歌声好きになっちゃった! また来るね!」
「えぇ」
と白インコは大きく翼を広げた。その翼が、淡く虹色にきらきら輝く。
「――私はキコ。いつでもあなたを待っているわ」
「うん! じゃぁね、キコ! おやすみ!」
「……おやすみなさい、茜」
そうして私は、帰宅の途に就いたのだった。