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第1話

   1


「ねぇ、真帆さん。お化けってやっぱりいるのかなぁ?」

 そう私が問うと、真帆さんはこちらに振り返り、小首を傾げながら、

「――さぁ? いるんじゃないです? 私は見たことありませんけど」

 といつものように、いい加減な返事を私に寄越した。


 毎度のごとく、おばあちゃんの惚れ薬を魔法百貨堂に届けに来た、夏の日の昼下がり。

 長くて綺麗だった髪をばっさり切って、ショートヘアになった真帆さんのその耳元で、星形のイヤリングがきらきらと輝きながら揺らめいている。


 真帆さんと言えば、あの長い黒髪の印象だっただけに、最初見たときは、

『もしかして、失恋でもしたの?』

 と冗談半分に訊ねてみたのだけれど、

『まさか! だって暑かったんですもの』

 とケラケラ笑いながら答えただけだった。

 髪の長かった時も奇麗な人だなぁ、とは思っていたけれど、ショートヘアになってもやっぱり奇麗な人は奇麗なままだった。

 腹立たしい。実に腹立たしい。


 なんてことを思っていると、

「どうしたんです? もしかして茜ちゃん、お化け、見たんですか?」

 惚れ薬のアンプルを商品棚に収めた真帆さんが、こちらに体を向け、カウンター越しに訊いてきた。


「う~ん」

 と私はちょっと返答に困りながら、

「見たわけじゃないんだけど、なんていうか、その……」


「もしかして、学校の怪談とかの話です? 私も中学校の時はよく仲の良かった友達と色々話したりしていましたよ。音楽室の勝手に鳴りだすピアノだとか、理科室の突然走り出す人体模型やホルマリン漬けの解剖ガエルだとか、あとはそうですね、体育館を走り回る姿のない謎の足音だとか――」


「へぇ、真帆さんもそんな話してたんだ」


「もちろん!」

 真帆さんはうんうん頷き、

「――まぁ、全部私がやってたんですけどね、魔法で」


「……は?」

 どゆこと?


「だって、深夜まで待っててもそんな怪奇現象、起こらなかったんですもの。あんまりにもつまらなかったから、魔法を使ってチョチョイのチョイって」


「……なにやってんのよ、真帆さん」

 さすがに私も思わず呆れる。


「いやぁ、でもあの時は大変でした」

 と真帆さんはわざとらしく大きな溜息を吐き、

「夜遅くまで残っていた先生が居たせいで、その悪戯が見られちゃって、翌日は大騒ぎ! 学校中がその話でもちきりになって、とうとう夜の学校に忍び込む学生まで出る始末。お陰で臨時の学校集会が開かれたり……」


「いや、それは真帆さんのせいじゃん?」


「違いますよー」

 と真帆さんはぷぷっと小さく笑い、

「確かに悪戯をしたのは私ですけど、学校に忍び込んだのはその人自身の問題でしょう?」


 なんだ、その屁理屈は。

 精一杯の胡乱な目で真帆さんを見てやると、

「……まぁ、実際、私も何度も夜の学校に忍び込んだりしてましたけどね」

 なんてことを言うので、大きな溜息を吐いてやった。


 とまぁ、それはさておき。


「違う、そうじゃなくて、学校は関係ないの」


「というと?」

 真帆さんは身を乗り出し、カウンターの上で頬杖をつく。


「ほら、古浜町に大きな木造の洋館が建ってるでしょ?」

「――あぁ、ありますね。あのいかにもお化け屋敷みたいな洋館ですね」


「そうそう、それ」

 私はうんうん頷き、

「実は昨日、友達の家に遊びに行く途中、その建物の前を通ったの。そしたら、凄い綺麗な歌声が聞こえてきて」


「ほう、それで?」


「あそこって、確か誰も住んでないはずでしょ? 古びた門はいつ見ても閉めっぱなしだし、灯りが点いてるところも見たことないし、窓から見える建物の中は明らかにぼろぼろな感じだし」


「へえ、それで?」


「そんなところから歌声が聞こえてくるものだから、私びっくりしちゃって。思わず足を止めてじっとその洋館を見つめちゃってたの」


「ふうん、それで?」


「そしたら、窓の向こうに何かが動くような影が見えたの! 最初人かなって思って見てたんだけど、その人影、ものすごく大きな耳をしていたの!」


「ひえぇ、それで?」


「もう、私びっくりしちゃって! 何か悪いものでも見たんじゃないかって思ったら、怖くて怖くて、気付いたら全速力で走って逃げてたの!」


「ははぁ、なるほど」


 そこまで話して、私は頬を膨らませながら、真帆さんの顔を睨みつけてやる。


 それに気づいた真帆さん、ニヤリと口元に笑みを浮かべながら、

「どうかしましたか?」


「どうもこうもない! 真帆さん、真面目に聞いてなかったでしょ? 相槌の頭が、はひふへほの逆順になってたじゃん! わざとでしょ!」


「……ちっ、バレたか」


 ちっ、じゃない!

「本当に怖かったんだから!」


「何言ってるんですか」

 と真帆さんは小さく肩をすくめながら、

「誰も居ない廃屋から、誰かの歌声が聞こえてきただけじゃないですか。いったいどこが怖いって言うんです? ほんと、茜ちゃんは怖がりですね」


 余計なお世話だ。

 ネズミとゴキブリと怖い話は大の苦手なのだ、昔から。


「そんなに怖いんなら、逆に真相を確かめて来たらいいんじゃないですか」


「……は?」

 ――何だって?


「その歌声の正体が何なのか、実際に調べてみればいいんです」


「調べるって、いったい、どうやって」


「そんなの、簡単じゃないですか」

 ふふん、と真帆さんは口元に意地の悪い笑みを浮かべながら、

「こっそり忍び込んじゃえばいいんですよ!」

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