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「おはよう、那由多さん」
そう言って神楽君は私の席まで来ると、げっそりした表情で、
「これ、うちのばあちゃんから」
私の目の前に、透明のビニールに入れられた、可愛らしい小さなクッキーを差し出した。
付き合い始めて二日目の朝。
昨日の夜は神楽君を想うだけで胸がドキドキしたものだが――飲み物もないのに朝からクッキーを食べろって言うのか、この男は。
「ありがとう、神楽君」
それでも私は笑顔で礼を述べた。好きな男子のおばあちゃんからのプレゼントな訳だし、やっぱり断るわけにはいかない。
でも飲み物なしに食べるのはきついような気がして、
「それじゃぁ、お昼にでも食べるね」
だけど神楽君は首を横に振った。
「今、食べて欲しいんだ」
「えっと――飲み物もなしに?」
「あ、じゃぁ」
と言って神楽君は自分の席に戻ると鞄から水筒を取り出し、お茶を入れてくれた。そのお茶は、昨日神楽君の家で飲んだハーブティーだった。
「これなら、大丈夫だろ?」
なんて用意周到な奴!
私はクッキーに手を伸ばすと、それを一口齧ってみた。
うん、さすがおばあちゃんのクッキーだ。なんだか心に染みる甘さだ。
そう思っていたら、何だか一瞬、体がふらついたような気がした。
「ん?」
私は首を傾げる。
「どう、那由多さん」
「どうって、おいしいよ、うん」
そう言って私は神楽君に目を向けた。
――あれ?
なんだろう、今日は神楽君を見ても、昨日みたいな感じはしない。もっと神楽君を見ていたいとか、可愛らしいなぁとか思っていた自分の感情が、まるで風船から空気が抜けたようにしぼんでしまっている様だった。だからと言って、神楽君のことが嫌いになっているわけじゃないし、やっぱり好きなままだったけれど。
そう、積極的だった感情が少し消極的になってきた感じだ。
「ねぇ、那由多さん」
「ん、なに?」
私は言いながら、もう一口クッキーを齧る。
「僕のこと、どう思う?」
「どうって言われてもなぁ……」
それこそ、どう答えりゃいいのよ。昨日、あれだけの事をしておいて今更「好きだよ」と答えるのも何だか無駄な事のように思えて、私は意地悪のつもりでこう答えた。
「男らしくない」
だけど、神楽君はその言葉を真に受けてしまったらしく、泣き出しそうな顔になると大きなため息を一つ吐いて、自分の席に戻っていってしまった。
「ちょ、ちょっと、神楽君。ごめん、冗談よ」
私は慌てて謝ったけれど、神楽君はまるで聞いていないようだった。
おいおい、たったあれだけの事でそんなに傷つかなくてもいいじゃない。
仕方がない、昼休みにでも慰めてやるか。訊きたい事も沢山あるし。
私は思いながら、もう一つ、おばあちゃんのクッキーに手を伸ばした。