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第4話

   ***


 放課後、私は昨日と同じように、神楽君のあとをつけるように帰宅していた。


 絶対どこかでまた消えるに違いない。


 そんな根拠もなにもない確信と共に、できるだけ足音を立てないように私は歩く。


 学校から離れるにつれて人通りも少なくなり、やがてその道を歩くのは私と神楽君の二人だけになってしまった。


 昨日はこの辺りで神楽君が姿を消したんだったなと思っていると、その神楽君が灰色の新築マンションに入っていくのが見えた。私はそそそ、と物陰に潜み、エレベーターのボタンを押す神楽君の動きに注目する。


 う~ん。そう言えば、昨日神楽君が姿を消したのは、丁度このマンションのまん前だったような気がするなぁ。やっぱり私の思い込みだったのかなぁ。


 そう思っていると、当の神楽君は降りてきたエレベーターに乗り込み、そのまま上に昇って行ってしまった。


 私はといえば、エレベーターのランプが何階で止まるのかを確認するため、たたたっとマンションの中に入り込み、ランプにその眼を注視する。


 ランプは七階で停止すると、そのまま動かなくなってしまった。


 どうやら神楽君は七階に住んでいるらしい。


「よし、行ってみよう!」


 私は誰に言うでもなく呟き、エレベーターのボタンを押した。七階で停まっていたランプが動き出し、一定のスピードで降りてくる。私はそのエレベーターの中に誰も乗っていないことを確認する。もしかしたら神楽君が降りてくるかもしれないと思っていたからなのだが、エレベーターは無人だった。私はすぐさまそれに乗り込み、七階のボタンを押した。


 エレベーターの昇降スピードは思っていたよりも早く、体にかかる重力も普通のものよりかなりのものだった。


 やがて七階に辿り着き、エレベーターの扉が開いた。私は左右を確認してからエレベーターを降りると、神楽君の姿を探す。だけど、当然のように見つからなかった。


 そりゃそうだ。エレベーターが降りて、また昇るうちに自分の家に入っちゃうよね。


 私は仕方がなく、一件一件虱潰しに神楽君の家を探す事にした。


 ところが、


「……あれ?」


 七階は全部で七室。しかし、そのどれにも『神楽』という表札は出ておらず、どれもこれも違う苗字の家だった。


 おかしいなぁ、見落としたのかなぁ。


 私はそう思い、もう一度端から順番に表札を覗いて回る。


 だけど、やっぱり『神楽』なんて苗字の家はどこにもなかった。


 まさか、フェイントをかけられたのだろうか。


「くそ、可愛い顔して侮れない奴!」


 そう呟いた、まさにその時だった。


「あれ? 那由多さん?」


 背後から声がして振り向くと、そこに私服姿の神楽君が立っていたのだ。


「え、神楽君? でも、あれ?」


 私は訳がわからなくなった。もう一度確認しようと、神楽君の立っている位置に最も近い家の苗字を覗いてみたが、そこには『里見』と書かれており、どう見ても『神楽』には見えなかった。


「なに? どうしたの?」


「あんた今、どっから出てきたの?」


「どこって、そこからだけど」

 言って神楽君は廊下の突き当たりを指さした。


「そこって、どこよ」


 私は目を細めてみたけれど、廊下の突き当たりが何だか霞んでいて、よく見えなかった。


「だから、あの突き当たりの部屋」


「んん?」


 さらに目を細めてよく見てみれば、確かに、そこには『神楽』という表札のかかった扉があった。


 あれ? でも、あんなところに部屋なんかあったかしら。


 私は思わず七階の部屋数を数えなおしてみた。


 一、二、三、四、五、六、七――?


 ん?


 目をこすり、もう一度端から数えなおす。


 一、二、三、四、五、六……七。


 どう数えても七。さっきと同じ。


 でも、あれ? おかしい。絶対おかしい。確かにさっきまでは突き当たりに部屋なんかなかったし、その突き当たりの部屋を除いた他に七つの部屋があったはず。


 何がなにやらさっぱり解らない!


「ちょっと、那由多さん? どうしちゃったんだよ?」


「え、だって、あんなところに部屋なんかなかったじゃない」


 私は、思わず頬をつねりながら言った。


 だけど神楽君は眉をひそめながら、

「何言ってんのさ。だったら、あの部屋はなんだって言うんだい?」


「え、それは――」


 こっちが訊きたいわよ。


 そう言おうとして、私は口をつぐんだ。


 そうか、こいつは『狸』なんだ。私を誑かしているに違いないんだ!


 私はその場に腰を下ろすと、神楽君の股をじっと見てやる。こいつがもしも狸なのだとしたら、きっと大きな袋を晒しているに違いないのだ。さぞ立派な袋に違いないとちょっと期待してみたのだけれど、神楽君の股にはそんなものはついていなかった。


 こいつ、本当に男か?


 なんて思っていると、神楽君は慌てたように後退り、

「な、なに見てんだよ! 那由多さん、それ、趣味?」


 ふん、私はただで誑かされたりなんかしないんだから!


「そうよ、趣味よ。さぞかし立派なものをお持ちだと思ってたんだけど、大した事ないわね」


 神楽君は顔を真赤にして、どうしたら良いのか相当戸惑っているようだった。


 どうだ、狸め。けっけっけ!

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