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その少年は、私の目の前で忽然と姿を消した。
それは本当に、一瞬の出来事だった。
もちろん、何が起きたかなんて、私に理解できるはずもない。
高校入学から一週間。いきなり変なものを見てしまった普通の女子高生である私には、それを正確に理解できる頭なんてあるわけもなかったのだ。
彼は私と同じクラスの同級生で、男子にしてはちょっと女らしい可愛らしさを持つ、いかにも気の弱そうな少年だった。
その少年が帰宅途中、私が声をかけようとした目の前で姿を消してしまったのだから、驚いてしまっても無理はないはずだ。
「え、えっと……」
私は周囲を見回し、彼――神楽夢矢――の姿を探した。
しかし、神楽君の姿はやはり、どこにもなかった。
はてさて、私は夢でも見ていたのでしょうか、なんて考えながら自分の頬をつねってみたのだけれど、やっぱりそれは現実で、私は頭を抱えながら帰らざるを得なかった。
途中何度も車や通行人と正面衝突しそうになりながら帰宅した私は鞄を投げると、ベッドに腰掛けて腕を組み、やっぱり変だとそう思った。
間違いなく、神楽君は目の前にいた。
自分の好みの男の子だったから、今のうちにマークしておこうと学校を出たところから後をつけていたのだから、間違いない(もちろん、たまたま家が同じ方角だったから)。
二人きりになったところで声をかけようとした目の前で、まるで霧のように消え去ってしまった神楽君は、いったい何者なのだろうか。
まさか、幽霊? 神楽君は本当は死んでいて、私は幽霊なんかと同じクラスになってしまったとか?
は、んなわけねぇ。
私は自分の考えに失笑しつつ、ベッドに体を預ける。
「ま、明日聞いてみればいっか」
そう、私は呟いた。