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ふたりの夕日

 私は、夕焼け空が嫌いだった。


 沈みゆくお日様をひとりぼっちで眺めていると、何だかとても切なくなる。

 まるで世界に置いてけぼりにされてしまうような、妙な焦りを覚えるから。


 私にとって、お日様は加奈の象徴だった。

 加奈は明るくて、優しくて、いつも私という日陰者を照らしてくれる。

 そんな加奈のことを、私は本当に大好きだった。


 今から十数年前、高校に入学したその年。

 私はクラスでひとりぼっちだった。


 私の身体は白い。

 髪も、眉毛も、体も、手も足も、全部が白い。

 眼も薄い青色で、一見すると外国人のようだ。


 誰もが奇異の目で遠くから見てくるばかりで、私はそんな人たちの目が苦手だった。

 だから、私も誰にも話しかけたりしなかった。


 そんな中で、加奈と紗季だけが、私に話しかけてくれたのだ。

「ねぇ、楾(はんどう)さん。次の日曜日、うちら街まで遊びに出ようと思ってるんだけど、楾さんも一緒に来ない?」

 たぶん、こんな感じだったと思う。

 私はその言葉がうれしくて、「うん」と大きく頷いた。


 二人は私の身体のことなんて気にするふうもなく、まるで普通に接してくれた。

 私は、それがとてもありがたかった。

 奇異の目で見られたり肌の事を言われるのが、私は一番嫌だったから。

 物事をはっきり言う、さばさばした性格の紗季。

 いつも私を気にかけてくれる、優しく温かい加奈。

 三人でいる時が、私は一番楽しかった。


 いつ頃からだろう、加奈のことを意識するようになったのは。

 もしかしたら、最初から加奈に惹かれていたような気もする。

 入学式の時、たまたま私の前を歩いた加奈は、とても輝いて見えた。

 たぶん、加奈の中に宿る魔力に私は惹かれたんだろう。

 加奈のおばあちゃんもお母さんも、私と同じ魔女だった。

 加奈自身は魔法に興味がなさそうだったけれど、確実に加奈の中には魔女としての魔力が宿っていて、光り輝いていたのだ。


 魔女は――魔法使いはお互いに宿る魔力に心惹かれることがある。

 三人一緒にいるうちに、私の心はどんどん加奈に魅せられていったのだった。


 けれど、この気持ちを言葉にして伝えたことは、一度もなかった。


 何とかして伝えようと、バレンタインデーにはチョコを、誕生日やクリスマスには心を込めたプレゼントを毎年贈っていたのだけれど、加奈は私のその気持ちにはまるで気づいてくれなかった。

 単純に、お友達から貰ったプレゼント。

 たぶん、そう思っていたんだろう。


 やっぱり、直接言葉で伝えないと――


 そう思うのだけれど、加奈は事ある毎に妹さんである真帆ちゃんの、魔法を使った悪戯を愚痴っていたので、私はなかなかこの気持ちを言い出せなかった。


 魔法は危険だ、何が起こるかわからない、できれば使ってほしくない。


 そう言われるたびに、私は自身もまた魔女であることに引け目を感じ、ただ心の内に気持ちをしまい込むことしかできなかった。


 そんな関係が十年以上続いたある日の事だった。

 真帆ちゃんから、突然電話がかかってきたのだ。


「どうしよう! どうしようアリスさん! 私、おねえちゃんにひどいことしちゃいました! 今度こそ、今度こそ本気で嫌われちゃったかも……!」


 話を聞けば、好きな人の姿に見える魔法の眼鏡をかけた加奈を、真帆ちゃんがついついいつもの軽い気持ちでからかってしまったのが原因らしい。


 加奈が見たもの。

 それは、私の姿だったのだ。


 ――そっか。加奈も、私の事が好きだったんだ――


 それが嬉しくて、けれどその反面、もし私もこの気持ちを加奈に伝えるのなら、自分が魔女であることも正直に告白しておかなければならないと思った。


 私は箒に腰かけ、泣きじゃくる真帆ちゃんの代わりに加奈の姿を探した。

 どこに行ったかまるで見当もつかず、けれど歩きで行ける範囲にいる事は間違いないと目星をつけて、加奈の中に宿る魔力を頼りに、徹底的に探し回った。


 やがて夜になり、そこでようやく私は公園のベンチに腰掛ける加奈を見つけた。


 私は加奈の目の前に箒で降り立つことで、自らが魔女であることを彼女に伝えた。


「――アリスも、魔女だったんだね」

 力なく口にする加奈に、私は小さく「うん」と頷いた。

「……ごめんね、いままで、ずっと黙ってて」

 加奈は小さくため息を吐きながら、

「――言ってくれればよかったのに」

 疲れたような顔で、私を見上げる。

「うん」

 と私は頷き、

「でも加奈、いつも真帆ちゃんの使う魔法のこと、愚痴ってたでしょ?」

「……うん」

「だから、きっと加奈は魔法のことが嫌いなんだと思って、なかなか言い出せなかったの。ごめんね、加奈」

 そう言って、私は加奈から眼をそらせた。


 まともにその顔を見ていられなかった。

 加奈はどう思っただろう、何を感じただろう。

 今まで黙っていたことを責めるだろうか。

 ――私のことを、嫌いになるのだろうか。

 それが、私には一番怖かったから。


 だけど、

「……そんなわけ、ないじゃない」

 その言葉に顔を戻すと、加奈はあの優しい微笑みを浮かべながら、

「だって、私も魔法使いの娘だよ? おばあちゃんも、お母さんも、魔法使い――魔女だったんだよ? 嫌いなわけ、ないじゃない……」

 私はその加奈の微笑みが嬉しくて、

「――そっか」

 思わず加奈の手を握りしめ、「良かった」と安堵のため息を漏らした。

「私が魔女だって知ったら、きっと嫌われちゃうと思ってたから――」

 加奈は小さく頭を横に振り、ため息を吐きながら空を見上げた。

「何やってんだろう、私」

 その一言が、加奈の思うすべてを物語っていた。

 私はくすりと笑んで、

「そうだよ。真帆ちゃん、本気で心配してたんだよ? 私に連絡してきたとき、大泣きして何言ってるか解らなかったんだから!」

「――嘘だぁ」

 眉を寄せて半笑いで言う加奈に、私はくすくす笑いながら、

「本当だよ? おねえちゃんに酷いことした、嫌われちゃった、私じゃぁ連れ戻せないから、アリスさん何とかしてぇって、泣きつかれたちゃったんだから!」

「へぇ、あの真帆がねぇ」

 意外そうに呟く加奈に、私は箒を握りしめながら、

「だから、ね? 帰ろうよ。私が送ってあげるから」

「……うん、そうだね」

 言って加奈はベンチから立ち上がり、

「……ん? 送るって?」

 眉間に皺を寄せながら、首を傾げる。

 そんな加奈に、私は箒を示しながら、

「え? 箒でだけど……?」

 だって私は、魔女だから。


 そうして私たちは、一緒に箒に乗って空を飛んだ。

 それはいつか夢見た、私の願いのひとつだった。

 加奈と一緒に、こうして空を飛ぶこと。

 叶わないと思っていたことが、現実となったのだ。

 加奈は私の腰にしがみつきながら、恐る恐るといった様子で後ろに腰かけている。

「大丈夫? 怖い? 加奈」

 私の問いかけに、加奈はわずかに首を振りながら、

「だ、大丈夫! 昔お母さんの箒に乗ったことがあるから、あれに比べたら全然平気! ……たぶん」

 最後の一言に、私は思わずくすりと笑う。

 そんな私に、

「あ、見て。アリス」

「え?」

 加奈の指さす方に目を向ければ、大きなまん丸い月がそこには浮かんでいて。

「すごい綺麗――」

 感嘆の声を漏らす加奈に、私は頷く。

「うん……」

「アリスみたいだね」

「うん? 何が?」

「あの月」

 その一言に、私は思わず目を見開いた。

「……え」

 加奈は口元に笑みを浮かべながら、

「ほら、いつも静かに微笑んでて、優しく世界を照らしてて。なんか、アリスみたいじゃない?」

 加奈のその言葉に、私は全身が熱くなるのを感じた。

 嬉しくて嬉しくて、でも、なんて言えばいいのかわからなくて、

「――ありがとう」

 私はただ、そう答えることしかできなかった。

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(イラスト:mia様)




 その後、私たちはお互いの気持ちを伝えあい、より親密な仲となった。

 毎日のようにお互いの家を訪ねたり、一緒にどこかへ出掛けたり。

 そんな日々が続くうちに、やがて数年が経ち、私たちは一緒に暮らすことを選んだ。


 私は毎日箒で加奈を会社まで迎えに行き、そして二人で空を飛びながらうちに帰った。

 その道中、私たちは沈みゆく夕日を眺めるのが日課となっていた。

 高い空から見る沈みゆくお日様は、とても荘厳で、大きくて、

「――きれいだねぇ」

 加奈は言って、私の腰に回した腕をぎゅっとする。

「ふたりで独占だ」

 私はその声を耳元で聞きながら、「うん」と小さく頷いた。


 かつてあれだけ寂しいと思っていた夕焼け空が、今はただただ、美しかった。



……ふたりの夕日・了

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