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雨の踊り子 〜魔法百貨堂〜
野村勇輔(ノムラユーリ)
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年10月24日
公開日
66,253文字
完結
昼下がりの住宅街。暇を持て余して散歩に出掛けたある日、お天気雨の中で、私は一人の女性に遭遇する。(表題作)


*掌・短編集*
*魔法百貨堂②*
*イラスト:しおから様*

雨の踊り子

 雨が、降っていた。


 まばらな雲は白く、合間に見える空は青い。


 どうかすると、陽の光さえ差しており、辺りを明るく照らしている。


 狐の嫁入り、とでもいうのだろうか。


 それほど雨脚は強くなかったけれど、服が次第に湿り気を帯びてくる。


 あいにく折り畳み傘は持っていないし、かといって、わざわざ買うほどでもないだろう。


 たぶん、すぐに止むはずだ。


 そう思いながら、私は人通りの少ない住宅街を歩いていた。


 なんてことのない昼下がり。


 暇を持て余した私は、ただ何となく、散歩に出掛けただけだった。


 まるで世界に自分しかいなくなってしまったんじゃないか、という錯覚に陥ってしまいそうなほど、しんと静まり返った住宅街。


 しとしと降り注ぐ雨の、地を叩く小さな音が、辺りに寂しく響いている。


 ぴちょん、ぴちょん――

 大きなしずくが落ちる音。


 チョロチョロチョロ――

 排水溝へと流れる水の音。


 聴き慣れたそんな音が、


 ぴっちょん、ぴちょん、ぴっちょん、ぴちょん、

 チョロチョロ、ぴっちょん、チョロ、ぴっちょん


 妙にリズミカルな音を立て始めて、私は「おや?」と足を止める。


 瞼を閉じ、耳をすませば、


 ゲコゲコ、ぴっちょん、チョロ、ぴっちょん

 チョロチョロ、ぴっちょん、ぴっちょろちょん


 その如何にも古そうな、けれど、どこか懐かしい音色に、再び瞼を開いて――ふと前方に目を向ければ、十数メートル先を行く、一つの人影がそこにはあった。


 そんな馬鹿な、と私は思わず目を見張る。

 さっきまで、そこには誰も居なかったはずなのに……?


 その人影の髪は長くて黒く、ピンクのブラウスに、白いスカートをはいていた。


 花柄の傘を差し、まるでスキップをするように、テンポよく道を歩いている。


 トントン、ぴっちょん、ゲコ、ぴっちょん

 チョロチョロ、ゲコゲコ、トン、ぴっちょん


 楽しそうに、足元を雨に濡らしながら、音に合わせて、ステップを踏んでいる。


 ――いや、違う。


 彼女のステップに合わせて、周りが音を奏でているのだ。


 トントコトン

 と彼女がステップを踏めば、


 ゲコ、ぴっちょん

 カエルがひと鳴き、しずくが一つ。


 トントコ、チョロチョロ、ゲコ、ぴっちょん

 トコトコ、ゲコゲコ、ぴっちょんちょん

 チョロチョロ、トントン、ぴっチョロ、トン

 ゲコゲコ、トントン、チョロ、トントン


「ふ~ん、ふふ~ん」

 鼻歌交じりに、彼女は傘を振り回し、華麗なステップを踏みながら、くるりと綺麗に一回転。


 はらりと揺れる、緑の黒髪。

 ふわりと広がるスカートは、風になびいて花のよう。

 軽やかな足取りは、鳥のように地を蹴り、空を舞う。


 カエルの鳴き声、

 しずくの音、

 そして、彼女のステップと、心地よい鼻歌。


 そんな彼女に、私は思わず、見惚れていた。


 いったい、彼女は何者なのだろうか。


 その楽しげに歌い、舞う姿から、私は目を離すことができなった。


 やがて彼女は大きく軽やかにジャンプすると、トン、と地に足をつけた。


 その瞬間、世界からすべての音が消え去った。


 カエルは鳴くのをやめ、水の流れる音も、もうしない。


 すでに雨も止んでいる。


 彼女は小さくため息を吐くと、おもむろにこちらに振り向いた。


 そして私の姿に気づき、わずかに目を見張ったけれど、

「――お天気雨って、妙に心がウキウキしませんか?」

 そう言って、彼女はにっこりと、微笑んだ。


 私は思わず辺りを見回し、そして再び、彼女に顔を向けると――

「……えっ」

 そこにはもう、誰の姿も見当たらなかった。


 まるで狐に抓まれたような気持ちでいると、どこか遠くから、


「ふん、ふふ~ん、ふ~ん」


 誰かの鼻歌が、聞こえてきたような気がした。





 ……雨の踊り子・了

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