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第4話 辺境の街シスト

 それから半年後。


 辺境の街、シストは、沈痛ちんつうな空気に包まれていた。

 いや、シストだけではない、王国中の街が、喪に服していた。


「偉大なる大聖女、クラリッサ様、万歳……!」

「大聖女クラリッサ様、どうぞ我が国を末長く見守ってください……!」


 神殿の鐘が鳴り響き、人々は若くしてこの世を去った、大聖女クラリッサを惜しんだ。

 クラリッサの死後、国王は改めて、大聖女の位を授けたのだった。


 そんな、聖女との別れを惜しむ人々の中、一人の少女が、ゆっくりと、歩いていた。


 町娘らしい、ふくらはぎ丈のワンピースを着た少女は、病み上がりのようにゆっくりと歩いているが、とても整った美しい容貌をしている。


 大きな瞳は、まるで海のような青だったし、柔らかい自然のウェーブがかかった金髪は豊かで、太陽の色をしていた。


 残念ながら、美しい金髪は、肩のあたりでざっくりと切られていて、もし長かったら、さぞかし美しかっただろう、と思われた。


 少女は足を止めると、手近な建物に背中を預けて、体を休めた。


「ふう。だいぶ歩けるようになったけれど、まだまだね」


 深呼吸をひとつして、少女はまた歩き始める。


 何せ、初めてのおつかい、なのだ。

 少女はとある大きな商家でお世話になっていて、そのお礼に子ども達の家庭教師などをしていたが、半分遊び仲間のようなものである。


 そこで、少しずつ家の手伝いもできるようにと、今日は街へのおつかいを買って出たのだった。


「よし、角のパン屋さんで、子ども達の大好きなおやつを買ってと。それで完了ね。さあ、家に戻りましょう。さすがに疲れたわ」


 少女は苦笑しながら、再び、人の流れに混ざって歩き始める。

 とはいえ、この騒ぎだ。

 王都では、大聖女クラリッサの葬儀が今日営まれるとのことで、辺境の都市であるシストも喪に服し、大変な騒ぎになっていた。


 その時。

 少女は誰かにぶつかった。


「おう、危ねえな、姉ちゃん」


 頭の上から、低い声が落ちてきた。


「ひゃっ……」


 思わず、情けない声が、少女から出る。


 目の前に立っているのは、明らかに騎士崩れか何かの、ガラの悪い、腕っぷしの強そうな大男だったからだ。


(まず……っ!! でも、誰も助けてくれる人はいないし、それに、わたくしはもう、魔法は使えないっ……)


 焦って、冷や汗をだらだらと流していた時だった。


「この人は、私の連れです」


 涼やかな声が、背後からした。


 思わず振り返った少女は、目をこれ以上ないほどに見開いた。


(う、そ、でしょう……!?)


 そこに立っていたのは、まだ若い一人の騎士。

 いや、騎士姿をした青年だった。


 何よりも目を引く、鮮やかな赤い髪。

 記憶にあるよりも伸びて、さらにボサボサにはなっているけれど。


 そして、ちょっぴり皮肉が効くこともある、冷静な、グレーの瞳。


(まさか……!)


 少女が硬直していると、赤髪の男性は、ポケットをゴソゴソと探って、金貨をさりげなく大男に渡す。


「自分、腕にはまだ自信がないんで、これで。兄さん、うまい酒でも飲んでください」


 ぽん、と金貨を渡された大男もびっくりしたようだったが、兄さんと持ち上げられて悪い気はしなかったらしく、あっさりと回れ右をして、人混みの中に消えてしまった。


「は、あの、ええと?」


 少女が動揺していると、赤髪の青年は、わざわざ背をかがめて、じいっと少女の顔を穴が開くほど見つめる。

 一方、少女は身をよじって、せめて視線は合わすまい、と必死の努力を続ける。


「す、す、すみません。助けてくださったのは、ありがたいのですが、距離、距離が、近すぎませんかっ……」


 少女は必死で抗議する。

 すると、赤髪の青年は、がしっと、少女の両手を握った。


「ひゃぁあああっ! 人の話を聞いてないですね!?」


 少女は顔を赤くしたり、青くしたりしながらも、もう逃れることができずに、ぷるぷると震えながら青年の前に立つしかない。


「……やっぱり、そうだ」


 赤髪の青年が呟いた。


「驚かせてごめん。君のことは……知らないんだけど」


 その言葉を聞いて、少女は安心するとともに、心のどこかをグサリ、と刺されたような気がした。


、なぜか、この手を、絶対、離しちゃいけない、と直感が言っている」

「え……」


 少女はようやく、ぴたり、と動きを止めた。


「私の名前は、イーサン。……ただの、イーサンです。生まれた家を出てきたので。君の、名前を教えていただけませんか?」


 グレーの瞳が、まっすぐに、少女の青い瞳を見つめている。


 少女は、かすれ声で、言った。


「わたくしは……いえ、わたしは、です。ただの、クラリス。とあるお家の、居候をやっています…………」


 少女の声が、だんだん小さくなる。

 クラリス、という名前を聞いて、イーサンは微笑んだ。


「クラリス」

「イ、イーサン……?」


 イーサンの服のポケットには、大切に畳んだ、二枚の紙が入っている。

 目覚めた時に自分の手が握りしめていたもの。


 一枚目は自分宛てだとすぐわかった。


 あの時、即座に母の元に駆け、母を抱きしめた。

 泣き崩れた母を父に任せ、イーサンは二枚目の紙を開いた。


 もう一枚は、聖女が護衛騎士のために書いたメモだった。

 そこにあった言葉に、イーサンの心臓が、どきん、と音をたてる。


『辺境の街シストへ行け』


 混乱した状況の中、イーサンは、ただ、それだけを信じた。

 自分の部屋の中央に立つと、何かがぽっかりと失われている気配がした。

 なすべき行動は明らかだった———。


 イーサンは少女の手をしっかりと握りしめたまま、幸せそうに言った。


「クラリス、初めまして。君に会えて、とても嬉しいです」


 * * *


 辺境の街、シスト。


 かけがえのない過去は失われた。

 しかし、新しい思い出は、これから作られていくだろう。


「クラリス、君の名前を呼ぶと、なぜか心が幸せで満たされる」


 クールなはずのグレーの瞳が、優しく少女を見つめ、イーサンはクラリスをそっと抱き寄せた。


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