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第44話「よければ一緒に」

 気持ちとしては、モリガンの傍に仕え続けてみたい気もした。今や皇帝も、自らが恐れた人のそれとは遠い存在になった。フィッツシモンズはアルトカムと名前を変え、これからはもっと豊かな世界へ舵を切っていく。


 だったら自分も、エイレネのように旅をしてみたかった。


「う~ん、そっか。君とは同じ場所にいたかったものだけど、夢があるのは良い事だ。モリガンも快く許してくれたんだろう?」


「ええ、構わないと。十分な戦果も挙げられたので」


 別れは惜しい。どちらもそう思いながら、しかしモリガンは彼女の気持ちを汲んで、背中を押した。自分の夢を叶えるために手を貸してくれたものを、どうして引き留められようか。


「寂しくなるね。もうどこへ行くかは決まってるのかい?」


「ひとまずナミルを訪ねるつもりです。観光にとアーシャから誘われました。実を言うと南の地域には足を運んだ事がなくて」


 ナミルの民は他国からの客を嫌う傾向がある。使節がやってきても平気で突っぱねて戦争を起こしても構わない、と内向的にも見えた。実際のところ、アーシャは『吾が手を貸すと言えば、また情勢が変わるじゃろう?』と、安定したバランスを保つためには中立であり続ける方が良い。そう判断していた。


 今回に関してもそうだ。アルトカム建国までの契約とも言える共闘が済んだら、彼女はさっさと帰ってしまった。これからはやはり国同士、仲良しこよしという立場ではいられないのだと言って。


 ただし、アイシスは別だ。今の彼女には所属がない。ただ己が認めた者のために剣を振るう騎士である。ならばいつでも訪れて良いと言われた。だから最初はナミルへ行ってみたいと思った。


「いいなあ、私も同行できればしたかったものだよ。こちらはどうあっても切れない縁がある。アルトカム最初の騎士の一人としてね」


「ふふ、ではその役目を終えたら、いずれ。今は互いの道を進みましょう」


 モリガンの部屋までやってきたら、クイヴァが扉に手を掛けた。


「そういえばアイシス。オーエンの様子は?」


「これから見に行くところです。もう私はモリガンに挨拶しましたから」


「じゃあ、ここで一旦お別れだね。また後で話そう」


「ええ。それでは失礼します」


 忙しい日だ。連日の宴でも『最大の功労者』などと呼ばれて疲れ切るまで引っ張り回されたのに、朝早くから挨拶に回っていて、少し眠気さえ感じる。表情にはおくびにも出さず、早く終わったら少しだけ寝ようと心に決めた。


 医務室へ向かうと、部屋に用意された大きなベッドにオーエンは横になっている。瓦礫の下敷きになった片腕はアイシャと違って繋げる事は叶わなかった。騎士を続けるのも、殆ど不可能な状態にまで追い込まれた。


「やあ。ブリオングロード、随分疲れた顔をしてるじゃないか」


「おはようございます。分かるんですか?」


「これでも騎士団の取りまとめ役だったんだ。気配りは慣れたものだよ」


 それもそうかと納得する。荒くれのアリアンロッド。貴族の道楽、ブリギッド。真面目が過ぎるデルバイスの面々をたったひとりで、アイシスとクイヴァの抜けた穴を埋めたのだから、その手腕は見事と言わざるを得ない。


「片腕、残念でしたね。アーシャのように縫って繋がれば良かったのに」


「こうなって当然だろ、普通。あの大英雄がおかしいんだ」


「かもしれませんが。これからはどうなさるのです?」


 もう騎士は続けられない。執政にでも携わるのかと思いきや、彼は少し思い悩んだような表情で窓の外を眺めた。


「第三皇子は馬鹿じゃない。現皇帝のリーアムは自ら退位した今、その持て余した暇を、これまで注いで来なかった家族との時間に使うんだとさ。だから俺も執政に加わる必要はなくなって、正直、手持ち無沙汰になってしまった」


 騎士も続けられない。心を入れ替えたリーアムによって第三皇子の即位が決まり、実子であった第一、第二皇子からの反発は当然あった。だが、結局は帝国を捨てて自分たちが助かろうとした事に加え、彼らのこれまでの傍若無人ぶりについてくる人間などいまい、と反省も込めて遠い辺境地で暮らさせる事を決めた。


 当人たちは納得のいっていない様子だったが、それには何人かの騎士たちが監視につく事になり、これを疎かにしたならば即刻の処分を断ずるとの命まで下った。帝国は新たな局面を迎え、公爵家としての名ばかりの当主とも言える自身の状態にオーエンは苦心する。このまま、ただ緩やかな時間を過ごす事に。


「俺はもう使い物にならない。公爵家も父から継いだだけで、騎士の家門として執政に加わってきた歴史もあるが、それも時代の流れで変わった。居場所なんて失ったも同然だ。それなりに支持は得ていてもな」


「そうですか……。あ、それなら良い考えがありますよ!」


 ぽん、と手を叩いて明るい笑顔を見せる姿に嫌な予感が浮かぶ。


「実は旅に出る予定があるんです。よろしければ公爵閣下もいかがでしょう。ここで鬱屈とした日々を過ごす不安があるのなら、出て行ってしまいませんか?」

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