聞き覚えのある声。アイシスがハッとする。
「そ、その声まさか、コノールの門で話した────!?」
「おう、記憶力がいいじゃねえか。そう、オレだよ!」
兜を脱いで、屈託のない笑顔をみせた。ただ道すがらに物乞いに来たように見えた彼女の本来の姿はアルインの傭兵であり、最強の騎士。『鉄拳』の称号を授かった、戦場を彷徨う戦士。────鉄拳のエイレネだ。
「自己紹介しとこうか。オレはエイレネ・ウルスラグナ。縁あって戦場へ駆けつけたってわけよ!……それで、オレの愛しのレディはどこに?」
「あ。愛しのレディってクイヴァの事ですか」
目をきらきらさせて、エイレネはコクコクと素早く頷く。
「ああ、今思い出しても胸が疼く……。あの寒空の下で凍えるオレに、優しくこう言ったんだ。『これは騎士の務め、当然の事だ』とね……」
「そんな言い方してましたっけ……。いえ、それはともかく、今考えるべきは賢者です。あのカラノスという男、あの程度で倒れるはずもないのでしょう」
言った直後、遠くから巨大な岩が飛んでくる。ぎょっとする皆を前に、エイレネは振り返りもせず裏拳ひとつを振って、振れもせず衝撃だけで砕く。
「大丈夫だよ。直接戦わなきゃ、あの小賢しいメガネなんてオレの敵じゃねえ。どうにも、ナミルの姉御はそうじゃなかったみてえだけどな」
「うるさいわいのう……。ちょいと油断しただけじゃろうが」
それで片腕を持っていかれては世話ないだろうと言いたげに鼻で笑いながら視線を逸らす。アーシャが槍を拾いに行ったところで兜を被った。
「おいおい。冗談じゃんか、姉御」
「じゃったらさっさとカラノスをどうにかしてこい!」
「ちぇ~っ、仕方ねえな。んじゃま、待ってな」
壁にぽっかり空いた穴から外へ飛び出して、カラノスとの交戦に向かう。なにがどうなっているのか、とアイシスもリーアムも驚いて固まっていた。
「ハッ……。なあ、アイシスよ。いつからエイレネをこちら側に抱き込んでおったんじゃ。見たかよ、あの恋する乙女みたいな瞳をのう」
「はあ、私にもよく分かりません。コノールの入り口で会っただけで。ただ、とてもクイヴァの事を気に入ったのだなという事は分かります」
最初はただの物乞いにしか見えなかったし、まさか助けた相手が『鉄拳のエイレネ』だとは信じられない話だ。素性が知れないとさえ言われていたので、まさか兜まで脱いで自己紹介を受けるとは思ってもみなかった。
「待て。余だけが会話に取り残されておるのだが」
「うるさいのう。てめえは黙っておればよい。混ざる必要もない」
「む……寂しい事を言う。いや、それより黙ってはおれんのだ」
座り込んでいたリーアムは立ちあがって、自分の服についた埃も払わず、瓦礫の傍へ駆けよって、ひとつずつ除け始めた。
「公爵を……公爵を助けてやらねばならん。このままにしてはおけぬ」
「私も手伝います、陛下」
瓦礫の下敷きになっているオーエンを救い出さねばとリーアムは必死になった。自分の命を助けてくれた男の亡骸をそのままにはしたくない、と。
アーシャにはそれが理解できない。今は自分の命を最優先にすべき最も弱い存在が、自分の命など知った事かと言わんばかりに恩人の遺体を引っ張り出そうとしているのだから。
しかし、それも悪くない。そういった心は嫌いじゃない、と加わった。とても二人では動かせないような巨大な瓦礫もあった。
「退け、てめえらじゃコイツは動かせん。吾がやってやろう」
おおきな瓦礫に手を掛けて持ちあげたとき、彼女は驚いた。
「……ほお、こりゃ運の良い。気分はどうかね、公爵?」
瓦礫は彼の片腕を完全に圧し潰していたが、奇跡的に瓦礫同士が積み重なる形で空間を造り、運よく彼は死を免れていた。息も絶え絶えで顔色も悪い。それでも、間違いなく彼は生きていた。
「最高の気分だよ、首長殿……。生きているってのは素晴らしいな」
「軽口が叩けるなら平気じゃのう。少し待っとれよ」
手に持った槍で、床に敷かれた絨毯を細く切り裂く。
「肘から先だけで良かったのう。強く縛ったら、吾が医療班の元まで運んでやる。もう戦争も終わるはずじゃ。賢者がいなくては成り立たぬゆえな」
カラノスの参戦は、ハーキュリーズの投入する戦力を大きく減らす理由にもなった。帝国の支援をする〝ふり〟で内部からの崩壊を狙うだけなら、さほどの戦力も必要ない。元々、帝国の兵士など彼らには雑兵にしか過ぎないのだ。
しかし、大きく想定を超える事態が待っていた。カラノスひとりではどうしようもない戦力差。まだ未覚醒の剣聖であるアイシスはともかくとして、そこには鉄拳のエイレネ、勇槍のアーシャが加わった。
これ以上は無駄な戦になる。カラノスが撤退せざるを得ない戦場に残る理由はなく、疲弊しきった帝国ではナミルは元より、フィッツシモンズとアルイン、その他の小国が加わった連合軍を相手に勝ちの目はない。
「リーアム、てめえはアイシスと共に終戦の宣言をせよ。でなければ、戦争っちゅうのは最後まで戦おうとする阿呆もおるのでな」
「……うむ。わかった、すぐにでも宣言させてもらおう」
アイシスを見て、二人は強く頷き合う。
「では行きましょう、陛下。護衛は私が努めますのでご安心ください」