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第33話「平和のために」

 冷たい空気が肌に触れ、寒そうにアーシャが腕をさすった。


「あまり慣れぬ寒さじゃ。吾らの土地は温かいゆえ」


「それでは中に入りますか?」


「いや、ここで話そう。てめえは『四大騎士』については……」


「程々に知っています。具体的な功績は知りませんが」


 四大騎士。かつて各国に存在した、人間の限界を超越した者たち。彼らがいたからこそ、互いに争うのをやめた。ひとえに被害が大きく、彼らの戦場には他の生命が立ち入る隙はないからだ。


 彼らもそれを理解していた。だから互いに停戦を結ぶために戦った。力を見せつける事で、誰もが破滅を回避できるように。月日が流れ、戦乱に満たされた時代を終わらせたとして、彼らは大英雄となった。


 ひとりは『鉄拳』と呼ばれ、徒手を極めた最強の騎士。ひとりは『勇槍』と呼ばれ、身の丈よりも長く先の鋭い鉄槍を振り回す嵐のような騎士。ひとりは『剣聖』と呼ばれ、あらゆるものを触れずに切り裂き、一歩も動かず圧倒する要塞が如き騎士。ひとりは『賢者』と呼ばれ、聖樹を削って作ったと言われる大きな杖を用いて、人智を超えた力で炎や水などを操る、魔法使いのような騎士。


 その呼び名は後に称号となって世に残った。


「────英雄は戦争が終わった後、その行方をくらました。全員が戦争の終わりを見届け、平穏な時代を過ごすためにのう。……しかし、それも長くは続かぬ。今の世を見よ、ブリオングロード。あまりにひどい有様じゃと思わぬか」


 陰謀渦巻く帝国との対峙。各地で起こる領土の奪い合い。村々は焼かれ、町は破壊し尽くされる。帝国の剣だの、ナミルの大英雄だのと口々に人々はそれを栄光のように語るが、所詮は勝者のみが優れたものと証明される血に塗れた世界の話でしかない。かつての英雄たちが望んだ世界は再び戦乱に満ちている。


「だとしても私たちには戦う以外の道はありません、首長殿。戦乱の世を鎮めるためには、やはり力を欲するのは仕方のない事だと思うのです」


「クハハハ! それもそうじゃ、実に正しい!」


 アーシャの大笑いが風に乗って広がった。


「じゃがのう、吾らはもっと平和に生きても良いと思うのじゃ。切った張ったの世界は小さな国の中の娯楽に留めておけば良いのに、力をひけらかさねば済まぬ者たちが多すぎる。────ゆえに吾は、いつかてめえらも殺すじゃろう。闘争という根本において、吾らは経験が違う。今のてめえでは何があっても吾には勝てんじゃろうよ!」


 一瞬の殺気。心からの言葉。戦乱ばかりの世界を覆すために最強を証明する。いつかは、その壁として立ちはだかるであろう者への宣言だった。


「ではなぜ、私たちに協力を……?」


「まずは帝国をどうにかせねばならん。じゃが無辜の民まで命を奪おうとは思うておらぬ。あれらは数が多すぎるゆえ、巻き込まぬよう被害を最小限にするには、てめえらと組むのが正解であろうと判断したまでよ」


 足でこつん、とアイシスを小突く。


「吾は期待しておるぞ。てめえらが敵にならん事をな」


 互いに生きられる道があるなら歩み寄る用意はある。フィッツシモンズが新たな国として興されたとき、願いを共にできるのならば。


 ただし、もしそれぞれの道が違えたときは────。


「覚悟はあります、首長殿。この騎士の国は、必ずや人々のために在ると信じています。ですから、どうか、もし私たちが誤った道を進むのであれば」


「互いに首を賭けて戦おうぞ、ブリオングロード。……じゃが、今の吾らは手を組んだ者同士。必要とあらば滞在予定の三日間、てめえを鍛えてやろう」


 くるりと背を向けて寒さから逃げるように城へ戻る。小さいが大きな背中。アイアシスは、彼女の偉大さを感じて、思わず笑みをこぼす。


「(そうだ、ここで諦めている場合ではない。勝てないのなら、勝てるように強くなればいい。たとえ誰に頼ろうとも、今は前に進むときだ)」


 追いかけてアーシャの一歩後ろに立つ。肩を並べるにはまだ早い。


「ご指導、お願いいたします」


「フッ、任せよ。てめえをホンモノの『剣聖』にしてやろう」


 力強くありがたい返事。休む時間が惜しいとばかりに意見を同じくした二人は、どこへ向かうと言葉を交わさずとも稽古場へ戻った。


「もう大丈夫なのかい、マ・シェリ?」


 心配して待っていたクイヴァが駆け寄ってくる。突然、出て行ってしまったものだから、かなり傷付いたのではないかと思っていた。


 だが戻ってきたアイシスは、ずっと明るい表情で────。


「問題ありません、クイヴァ。心配を掛けましたが、ここからです。もっともっと強くなりますよ。肉体的にも、精神的にも」


「そう、なら良かったよ。モリガンもかなり心配してたんだ」


 ふと稽古場を見るとモリガンの姿が見当たらない。「彼女はどこに?」と尋ねると、他の国からの使節もあり、現在対応中だと言う。アルイン公国の影響力の大きさを改めて強く感じた。


「フッ、お姫様は剣術より話術の方が重要じゃな。吾らのように武闘派でもないのなら適任じゃろうて。さて、と。────ラシド、ハシム」


 名前を呼ばれて姿勢を正して言葉を待つ。まっすぐ首長の目を見つめて、どんな指示にも従う意志を見せた。


「てめえらは国に戻り、戦士を集めよ。アルイン公国、他の国々からも続々と兵が集まるじゃろう。吾らも出さねば無礼というもの。五百は用意せい」


 ラシドとハシムは胸に手を当てて、黙したまま深くお辞儀する。それから言葉なく、ただ命令を実行するために稽古場を出ていった。


「さて、ブリオングロード。……あぁ、それから、そっちの」


「クイヴァです。クイヴァ・マッカラム」


「うむ……。大して伸びそうもないが、少しくらいは稽古をつけてやろう」

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