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第30話「ナミルの民」





 幸いにも、コノールの復旧は早かった。ラロス騎士団が加わったおかげで帝国も慎重にならざるを得ず、しばらくの平穏を得る事が出来たのが大きい。


 さらに言えば各地へ散った騎士たちの帰還によって『剣聖がいるのなら』と支援を承諾する国々もポツポツと出始めた。なにより大々的なアルイン公国の宣戦布告によって、大陸の中央に近い帝国は戦力に申し分ないとはいえ、西の砂漠地帯を牛耳るナミル、東に位置して他者を寄せ付けないハーキュリーズのような列強国までもがアルイン公国に続いて正式な支援表明を行った事で窮地に立たされた。


────それから二ヶ月。ようやくコノールの復旧も進み、人々の営みが元通りになり始めた頃、ようやくモリガンも本格的な復帰となり会議が開かれた。


「これまで長らく席を空けていて申し訳なかった。全て余の見通しの甘さが招いた事ゆえ、この地を守り抜いてくれたそなたらには頭があがらぬ」


 会議に出席した騎士の顔ぶれは、先の闘争で幾人かを失ってしまったものの概ね変化はなく、そこにネストルが加わる形となった。


「……公王殿、国を空けて良いのか?」


「構わん。儂がおらんとしても、今は誰も侵略などせんわい」


 円卓に肘を突く男の豪快な声が部屋に響く。


「儂の席にはダフネが座れば良い。あやつもまた、若い頃は戦場を駆け抜けた勇猛な女騎士よ。それより、例のナミルの使節が来るのは今日ではなかったか」


「うむ、余も驚いておる。彼奴らは誰ともつるまぬと聞いておったゆえ、念のため送った使者を通じて支援表明が行われるとは」


 列強の中でもナミルは異質な国だ。騎士はおらず、戦士と呼ばれる兵団によって構成される国家。その首長であるアーシャ・ハサンは四つの称号のうち『勇槍』を持ち、また『ナミルの大英雄』としても知られた。


 砂漠地域で彼女に逆らう者はいない。もし不興を買えば、ひと晩のうちに亡国となるであろう。そうやって恐れられていた。そんな他の国とも相容れぬ闘争本能剥き出しの国が、他国の支援を表明して使節団を送るなど信じられない話だ。


「って事は私たちは歓迎の準備をしないといけないんじゃないのかい、モリガン。くるりと手のひらを返されても困るだろ」


「問題ない、滞りなく進んでおる。後は彼らが来るのを待つだけだ」


 いよいよ騎士の国として独立するときも近い、とモリガンも気が落ち着かない。各国の注目度が高く、皇帝リーアムの牽制的な襲撃は、彼女の計画をやや遅らせる程度に留めただけだった。


「失礼します、モリガン様! ナミルより使節団が正門に到着したようです! 既に準備も整えておりますので、急ぎ謁見室への移動をお願いします!」


 ついに来たかと会議は終了する。席を立ったモリガンは、アイシスやクイヴァ、そして同様に支援表明をしたアルインの代表としてネストルにも同席を求めた。普段通りを意識して、いつもの少し狭い謁見室で待った。


 緊張感が張り詰める中、部屋に案内されたナミルの使節がやってくる。計三名の使節はそれぞれ全身を覆う甲冑ではなく、金色をした胴と臑当てのみの軽装で、赤く薄い布の羽織を纏っているのが印象的だった。


 三人のうち先頭に立つのが、真っ黒な長い髪を持つ肌の浅黒い女性。霞色の瞳がモリガンたちを鋭く映して力強さを示した。


「随分と洒落た部屋だの。歓迎されているとは、とても思えん」


 女性が口を重たく開き、ネストルでさえ感じた事のない強烈な熱波の如き視線が、息を呑むほどの緊張感をもたらす。


「まあ良い。どれ、適当な席に着けば良いかのう」


 出入り口に最も近い席を選んで座り、肘を突いてニヤリとする。


「自己紹介がまだであろう、はよう名乗れ。わえを退屈させるな。せっかく遊びに来てやったんじゃからのう」


「……余がモリガン・フィッツシモンズだ。そなたは────」


 すっ、と小さく手を挙げて言葉を遮り、女は言った。


「吾はアーシャ・ハサン。首長としてナミルより直々に参った。てめえらへの支援表明によって、帝国を踏み潰すためにのう」


 冷静でいようとしたモリガンも、流石にぎょっとする。使節がやってくるとは聞いていたが、護衛二人のみを連れて、アーシャ・ハサンが自ら出向いてくるとは思っていなかった。


「おいおい、小娘よ。フィッツシモンズは戦争のために国を創るんじゃないぞ。そのあたりを弁えて支援表明をしたのであろう?」


「黙ってろ、老いぼれ。吾はてめえと話しに来たんじゃないわいのう」


 若き首長であるアーシャは、とても若さとは見合わない古風な言葉遣いでネストルを強く牽制する。睨まれると彼もバツの悪そうな顔で黙った。


「(あの、クイヴァ。ハサン首長殿は公王陛下より強いのですか?)」


「(強いよ、けた違いの実力だ。流石に称号は飾りじゃない)」


 ひそひそと話をしているとアーシャが目を細めた。


「そこ。吾の話をするのなら堂々とせい、年の割には耳聡いゆえ。そのような囁きは不愉快極まりない。……じゃが、興味のある話をしておる」


 他の者にはよく聞こえていなかったが、彼女は二人の小声をハッキリと聞き、自分の強さを気にするアイシスを内心で僅かに気に入った。


「吾らは強いぞ、剣聖。手合わせでもしてみるか」


「……!!」


 期待に満ちた瞳がモリガンに許可を求める。本来あってはならない事だ、首長に無礼があってはならないと不許可を視線で送ろうとしたが、アーシャが気配を察してテーブルを指先でコツコツと叩く。


 ナミルの民にとって手合わせとは名誉を形として与えるもの。彼らは闘争に生き、闘争に果てるを良しとする者たち。国の体裁を持って他国と関わってはいるものの、列強の中では戦闘民族とさえ言われる人々だ。それを『不許可だ』と言おうものなら、それこそ無礼にあたるのだとモリガンは知らなかった。


「……こほん。わかった、ソリッシュ城の一階に稽古場がある。本来なら却下と言いたいところだが、ここはナミル流に倣って特別に許可しよう」

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