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第27話「もう失いたくない」

 絶対の自信。目の前の敵が何者であれ、アイシスは負ける気がしない。皇帝直属の暗殺部隊は、きわめて一部の人間が存在を知るのみで、殆ど見た事もない。だが死を迎える以前に彼女はその姿を見た。個々が騎士団長に並ぶ実力者集団であり、都市に紛れ込んだ腕利きの傭兵たちを一晩で壊滅させた数人のみの最精鋭。モリガン・フィッツシモンズが相手となれば、その戦力さえ惜しみなく投入された。


「(油断は禁物。的確に隙を突き、一撃で仕留める!)」


 しかし敵もまったく油断していないためか、無理な動きで攻めてこない。小さいリスクで、少しずつ追い詰めようとする。三人いれば慌てる必要がない、ここで確実にアイシス・ブリオングロードを仕留めようと冷静だ。


「くっ、ジリジリと……!」


「どうした、一気に片をつけるんじゃなかったのか?」


「見え透いた挑発には乗らん!」


 三人を同時に相手して、アイシスはまだ息もあがっていない。帝国の精鋭三人を揃えて互角、いや、あるいは彼女に分がある状況だった。


「ちっ。この小娘、聞いていた情報より強い……!」


「撤退するぞ、時間は十分稼いだ。そろそろ到着するはずだろう」


「仕留められないのは悔しいが仕方ない」


 彼らは話し合うと、即座にそれぞれが違う道へ駆けた。いきなりの逃走に驚いたのに加え、誰を追うべきかと一瞬迷ってしまった。追いかけようとするも、身軽な彼らの装備を考えればとても追いつける状況ではない。


「……運が良かったと思うべきか」


 コラーキ隊も戦闘において卓越した技術を持つが、アイシスのような剣聖まで至った者を相手には体力が続かない。彼らはあくまで暗殺に特化した集団であり、長期戦には向いていないのだ。彼らが下がったのなら、必要以上の被害は減ったことに他ならない。ひと安心して、さらに救助活動を続ける。


 各場所で帝国兵を倒していくも、キリがない。減っていく雰囲気よりも、むしろ増えていると感じた。────直後。


「増援だ、帝国兵の増援が正門を破壊した!」


 エトネン河の方から聞こえてきた声にアイシスがぎょっとする。


「(こんなときに増援!? 被害も広がっているというのに……!)」


 アイシスは既に何人もの騎士たちが疲弊しきっているのに遭遇して、エトネン河へ逃げるように伝えてきた。死傷者もおり、戦力のおよそ半数近くが既に減っている状況でさらに帝国からの増援で、劣勢に拍車がかかった。


「くっ……。私ひとりでは手が回らない……。帝国兵の事だから大通りと退路になるエトネン河に集中するはずだ。私が向かうべきは────」


 剣を握る手に力が籠った。本来ならば住民の救助を優先すべきだが、既に怪我人も多く、撤退の準備を進めているエトネン河周辺には敵が多く集まるのは予想できた。敵の襲撃を食い止められるとしたら自分以外にいるだろうか、と考える。どちらも捨ててはいけない。だが、命の数を天秤にかけなくてはならない。


「ブリオングロード卿、こちらにいましたか!」


「ランカスター卿。状況はどうなっていますか?」


「それが、かなりマズい状況です……」


 アルテュールも既に傷だらけでいくつもの戦闘を掻い潜ってきたのか疲弊の色が顔に見える。彼は息を切らしながら、首を横に振った。


「ソリッシュ城に繋がる大通りで現在マクリール公爵率いるアリアンロッド、ブリギッド、デルバイスの騎士団の増援が集結しております。アリアンロッドに関しては臨時の傭兵まで大量投入していると見られ、手を焼いている状況です」


「……わかりました。モリガン卿は見つかりましたか」


 彼は唇をかんで、青ざめた顔を険しくする。


「大通りでの戦闘中にマクリール公爵と争って重傷を。今はマッカラム卿率いる少数精鋭が殿を務め、撤退を進めています。私はあなたを探しに────」


 最後まで聞かず、アイシスは走り出す。いきなりの行動にアルテュールが呼び止めたが、それも彼女には届かない。彼女の足は急いで大通りへ向かった。穏やかな気持ちではいられない。今まさに友人を失おうとしているのだから。


「(駄目だ、駄目だ! レイノルズ卿に続けてクイヴァまで奪われるわけにはいかない……! それも、あのマクリール公爵に!)」


 最も近い道は既に頭の中にある。複雑怪奇な道を誰よりも正確に走り抜けられる彼女は、策を立てるまでの時間も短い。大通りからエトネン河まではそう離れておらず、殿を務めるのならば命を捨てる覚悟でソリッシュ城前で交戦を続けているのは容易に想像できる。選んだのは、背後からの単独奇襲による攪乱だ。友人を失うくらいなら、また死んだって構わないとさえ願った。


────だが、やはり現実とはいつでも冷酷なのだ。誰をも救わず、誰をも奈落へ落とす事を厭わない。大通りへ出ていった彼女が目の当たりにしたのは、満身創痍で敵陣の中を必死に生き残るクイヴァと数名の騎士の姿だった。


 戦闘中に、敵軍の隙間から駆けて来るアイシスを見つけて、クイヴァがニヤッと笑う。彼女が来たなら、もう大丈夫だ、と。


「貴公らには血も涙もないのか!」


 弱っていく騎士たちを仕留めようと取り囲む姿に、陽動も何もない。アイシスは怒りの限りに叫んで、かつては仲間だった騎士団を相手に背後から剣を振るう。自らの信じる仲間のために。


「剣聖だ、アイシス・ブリオングロードが現れた!」


 戦場に広がる声。数多いる騎士たちを次々と切り伏せ、捕まる事なく彼女は取り囲まれているクイヴァたちのもとへ辿り着く。


 あまりの強さに誰もが睨み合うだけになる。彼女の呼吸ひとつが、僅かな指の動きが、精鋭である帝国の剣に死を想像させた。


「まさか仲間を助けに来るとは驚いたな。お前はもっと冷静に状況判断が出来る奴だと思っていたんだが、いつからそれほど熱血じみた性格になった?」


 ざわつく騎士たちを退けて、包囲の中にやってきたオーエンが不愉快そうに彼女を睨む。フェルトンにしろ何故こうも下らない意地のために死地へ来て戦おうとするのか、まったく理解ができなかった。


「あなたには関係のない事です、オーエン。包囲を解きなさい、でなければ全員切り伏せてでも突破してみせます」


「できるのか?……と言いたいが、お前の事だから可能性はあるか」


 正気の沙汰ではない。大通りで既にクイヴァ単独で多数の騎士を相手に戦力を削られ、進撃を食い止められている状況だ。彼女よりも腕のあるアイシスならば退路を見出すどころか、さらに半数以上の戦力を削がれる可能性も見えた。


「なぜそうまでしてモリガンにこだわる? フィッツシモンズなぞ小さな領地を国として擁立したところで長続きなぞするまい」


「あなたたちにとってそうであっても、私たちはそうではないのです」


 度し難い、とオーエンはやはり不愉快になった。


「騎士道などと甘っちょろいもので国が続くとでも? ばかばかしい。帝国に牙を剥いた以上、大陸で生きていくなど不可能だ」


 騎士団は徐々に冷静さを取り戻す。多勢に無勢。剣術にも秀でたマクリール公爵がいれば、いくら剣聖といえど手負いの仲間を引き連れていてはどちらが優勢かなど考えるべくもない。


「なればこそ、私たちは道を探すのです。正しいと思える道を」


「そうか、では死ぬといい。俺の計画のためにな」


 片手を高く掲げ振り下ろす。一斉に仕掛ける合図で騎士団は動き出す。


「アイシス、私の事はいいから他の皆を頼む! ひどい怪我だ、守りながら戦わないといけないが私では無理だ!」


「クイヴァ……! わかりました、道を切り拓きます!」

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