目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第25話「公王の計らい」

「皆様、到着いたしました。あちらがご用意した船です」


 衛兵の声に停泊場所を見た一行が唖然とする。そこには自分たちが乗ってきた船はなく、代わりにもっと大きな船が用意されていた。


「三百名は乗船出来ます。ネストル公王陛下から皆様への労いの気持ちとして、武具や食糧などの贈り物も積んであります。実を言うと陛下から既に兵の出立の準備を要請されておりまして……」


 衛兵たちがキリッとした顔つきで、胸に手を添えて────。


「これより我らアルイン公国のラロス騎士団二百名に加え、後続で兵士八百名が皆様に同行致します。改めてよろしくお願いいたします!」


 兵の要請はこれからだと思っていた矢先、既にネストルが気を利かせて済ませていた。フィッツシモンズ領のコノール外周はまだまだ余裕があるので、彼ら専用の野営地を設置すると決めて、すぐさま乗り込んで出発する。


 もっとしっかりお別れを言いたかった。礼もきちんと言えてない。黙って去っていくような事になって残念ではあったが、彼らの想いはまっすぐフィッツシモンズ領で待つ主君へ向かっている。


「粋な計らいって奴だね。晩餐までの間に済ませていたなんて驚きだよ。最初から話をどう纏めるかも、大体は予想できていたんだ」


「ええ、そうですね。アルイン公国で強い支持を受ける理由が分かります」


 皇帝リーアムとはまるで逆。私欲などなく周囲を優先しながら、威厳にも満ちた男。戦場をも知り、悪辣で後ろ向きな思考を嫌う。彼が帝国を仕切っていたのなら、かつてのように毒を飲まされる事もなかったかもしれない。そんなふうに思うとアイシスは公国に生まれた人々が羨ましくなった。


「おお、ここにいたのか。あんたら、上手くやったみたいだな」


 ネストルに取り次いでくれた衛兵たちが、船首で風を浴びながら話をするアイシスとクイヴァのもとへやってくる。


「皆さんも乗っていたのですね。ご一緒出来て嬉しいです」


「俺たちはラロス騎士団でも在籍が長いからな。それより……」


 手に持っていた封筒をアイシスに差し出す。


「あんたらにこれを預けるように、と」


「これは……手紙ですか?」


「フィッツシモンズ宛だそうだ」


 協力するにあたって合意した事のみならず、他にも協力できそうな事があればと思い、ネストルがいくらかの提案を手紙にしたためていた。騎士の国という理想を掲げるモリガンと手を組むのならば、それは帝国に向けた挑戦状を叩きつけるに他ならない。公国が全面的な支援を認める書面は、他の国々からの支援を受けるのにも大いに役立つだろう、と考慮した。


「……何から何まで、手のひらの上ですね」


「あの方は口じゃ色々と厳しい事も言うが、本当に優しいよ」


 衛兵たちのネストルについて語る目は優しさと喜びに溢れている。アルイン公国の人々は、もし公王が窮地に陥れば、その命さえ惜しまず助けるだろう。アイシスたちに、それがしっかりと伝わっていく。


「皇帝とは全然違うな。私たちも、ああいう主君が欲しかったものだよ。なあ、ランカスター卿。君も王室近衛隊で身近にいるから、なおさら思うだろう?」


 クイヴァに問われて、彼は苦笑いを浮かべながらも同意する。


「王室近衛隊はそれなりに融通は利くんですけどね。彼の他人の扱い方は、たしかに私も好みではありません。それに比べて公王陛下は私たち外側の人間にすら丁寧に耳を傾けてくれる。理想とはまさに、あのような方なのでしょう」


 理想は理想。現実は大概が皇帝と近しく、モリガンやネストルのように弱き者を守るための盾となる事を考えたりはしない。だからこそ彼は王室近衛隊の中でただひとり、モリガンに賛同する内通者となった。


 ランカスターは古き良き誇りある騎士の家系だったから。


「ブリオングロード卿もマッカラム卿も、仮眠室でお休みになられてはどうでしょうか。今日は色々ありましたから疲れたのでは?」


「うむ、そうですね。私はそうします。クイヴァは……」


 頭にぽふ、と優しく手が置かれた。


「私も寝るよ。気疲れしてしまったし、帰ってから忙しくなるだろ?」


 衛兵たちも「俺たちが呼びに行くまでゆっくり休んでて良いぜ」と、到着まではどうせ暇なのだから体を動かしたいので、彼女たちに休むよう促す。


「ではお言葉に甘えて行きましょう、クイヴァ」


「うん。後は任せたよ、ランカスター卿。ラロス騎士団の方々も」


 アルテュールが拳を胸に当てた。


「ごゆっくりどうぞ。何かあれば呼んでください」


 二人が船内に向かった後、アルテュールは息を吐き、再び船首から遠くの景色を見つめた。まだ見えぬコノールを思い浮かべながら。


「あんたは休まなくていいのかい?」


「ええ。元々あまり眠らない方なので。それに……」


 彼の目がぎゅっと細まった。


「正直なところ、私も公王陛下と同じく妙な胸騒ぎがするのです。だから、着くまでは緊張感を持っていたい。何もなければ、それでいいんですが」


 嫌な予感とは往々にして当たるものだ。不安を胸に抱きながら、アルテュールはそのときを待つしかなかった。────何も起きていないでくれ、と。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?