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晩餐の時間になって、食堂には使節団全員が集められたが、対するアルイン公国側で同席したのはネストルと彼の妻であるダフネの二人だけだ。せっかくだから紹介したいという計らいでやってきた彼女は、ネストルとは違って無表情だが穏やかそうな雰囲気を持った、アイシスから見ればとても優しそうな女性だった。
「さて、話の続きでもしながら食事を始めよう」
話はとんとん拍子に進んだ。モリガンが求める騎士の国は、まさしくネストルにとっても理想的な未来を感じさせるものであったのは、最初の交渉のときに理解していたし、断りはしたが好感触だった。
貿易の面でも帝国ほど必要以上の税を徴収しないのであれば公国としてもありがたい話で、距離も近い事もあって国交も盛んに行われるであろう、と前向きに検討を重ねて、概ねアイシスたちへの求めた全面協力に繋がった。
「────そこで、軍事的な支援の話だが」
彼は話の途中でちらとダフネを見る。周囲から見れば無表情そのものだが、彼には長年連れ添ったゆえの機微が分かった。
「問題ない。ひとまず千人は連れていけば良かろう」
想定よりも多くの人的支援を受けられると分かってアルテュールも喜ぶ。
「ありがとうございます、公王陛下」
「気にするでない、アルテュール。お前が真摯に向き合ったのも理由だ」
ただの一度で諦めてたまるかというモリガンの熱意を背負って、恥を忍んで二度目の交渉に臨んだアルテュール・ランカスターの評価は高い。そこへ剣聖のアイシス、梟のクイヴァと続けば、彼も戦力には申し分ないと考えた。
「しかし、あの皇女も頑固者だな。父親のリーアムを心底から嫌っておるのは知っているが、独立まで考えて、よもや使者を執拗に送ってくるとは。しかも、アイシス・ブリオングロードまで寄越すとはな」
彼はくっくっ、と笑ってからワインをひと口飲む。
「だが、そうなるとフィッツシモンズは随分と厳しい状況に置かれていると考えるべきだな。お前たちには数日は泊まって行ってもらいたいところだが、話も纏まったから早急に帰還した方が良かろう。あまり良くない予感がする」
それまで黙って静かに聞いていたダフネが手を止めた。
「それなら急がせた方がよろしいのではなくて?」
「うむ……。そうだな、食事も済んだ事だから急がせようか」
ときどき、ダフネはネストルが頼りないと思うときがある。彼は豪放磊落で人望の厚い人間ではあるが、そのせいかときどき天然で、彼女は自身の夫が優れた人間だと認めていても、やはり自分がいなくてはとも感じていた。
「ごめんなさいね、夫が引き留めてしまって。もう既に船の準備はさせてもらっているから、はやく行きなさい。見送りをしてあげたいけれど、のんびりしている暇もないでしょう。彼の勘はよく当たるから心配だわ」
アイシスが席を立って「ありがとうございました」と挨拶も簡素に留めて拳を胸に当てて礼をしてから使節団を連れて共に食堂を出た。
衛兵たちも彼女たちを見るなり「他の皆様も準備が出来ていますので、こちらへ。陛下から船を与えるよう仰せつかっております」と、城内から船の停泊場所へ抜ける近道があるのだと案内した。
「うまく行って良かったですね、クイヴァ。それに、この功績はランカスター卿の尽力が大きいでしょう。陛下は随分と気に入っておられたようですから」
「はは、ブリオングロード卿が来てくれて助かりました。おかげで話も円滑に進められた気がします。終始機嫌が良さそうでした」
元々、ネストルはモリガンの『騎士の国を創りたい』という思想に対して好意的だった。自身と通ずる精神を持つ彼女に協力したい気持ちはあったが、それはそれとして公国を担う者としては簡単に同盟を結ぶわけにはいかない。ウィスカ帝国という巨大な敵を相手に戦う覚悟だけではなく、事実、それに並ぶ戦力が必要だ。フィッツシモンズ領だけでは足りないのは分かっていたが、自分の兵を貸すとなれば『もう少し安定した戦力がモリガン側にあるべき』と拒否するほかなかった。
おかげで今回は、大きな収穫となった。剣聖であるアイシスがいるだけで士気はあがる。兵力とは数のみならず、先陣を切る者の影響を少なからず受けて押し返すといった事例もままある以上、それならばと彼の合意を得る事が出来た。
「私のせいで、余計な手間を取らせてしまったね。本当なら昼間に終わっていたはずだろうに」
機嫌を損ねはしたものの、クイヴァが最終的には挽回できたので誰も責める者はいない。アイシスもアルテュールも、同行した者たちも、むしろ認められるに至ったクイヴァの人柄を称えるほどだった。
「解決できたのなら問題はありません、クイヴァ。モリガンに良い報告ができるという結果を得られたのですから、それで良いではないですか」
「ハハ、相変わらず優しい事。君にはいつも世話をかけてしまうね」
また救われた。彼女の言葉がなければ騎士の本懐が何であったかを思い出すにも至らなかっただろう。失態に嘆いて塞ぎ込んで終わるところだった。そう思うと、どうしても恥ずかしい気分に染められた。