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第22話「名誉に懸けて」

 ただ武力だけを持った男ではない。ネストルはやはり見る目を持っている。ゆえに兵士や民からの信頼も厚く、支持され続けてきた。多くの戦いで仲間を失い、悲しみに暮れた事もある。しかし一度たりとも背を向けた事はないし、涙を流す事はあっても後悔はしない。選択した道をまっすぐ進んできた。


 だからか、クイヴァの態度がどうしても気に食わなかった。


「お、お待ちください公王陛下! 私は────」


「くどい。それ以上の言葉など聞きたくもないわ、小娘」


 なんと言い訳しようとも耳さえ傾けてもらえない。とんでもない失態を犯してしまったと顔を青ざめさせた。


 沈黙が流れ、衛兵がこほんと咳払いをする。


「皆様も客室へご案内いたします」


 部屋を出ていった以上、話は続かない。仕方なく三人は衛兵の案内を受けた。思いもよらぬ出来事に、珍しくクイヴァはずっと俯いたまま、ひと言も発さず部屋に閉じこもってしまった。


「どうしましょうか、ランカスター卿」


「……こればかりは私にも」


 小さな失敗だったならまだ良い。だが精神的な問題はどうにもならない。クイヴァ自身が解決しなければ、ネストルは指一本動かさないと分かる状況で、いかにこれまで上手くやってきたアルテュールも頭を悩ませた。


「王室近衛隊では、こんな問題が起きた事がないんです。あの皇帝は公王陛下とは違って戦とは無縁ですから、言葉遣いさえ気を付けていれば、不興を買うような事はありませんでした。ですが公王陛下は些か……」


「ええ、彼は本物・・です。飾りで座っているわけではない」


 どうするべきか。まずは公王の前にクイヴァの気持ちを切り替えさせる必要がある。アイシスはアルテュールに「部屋で待っていてください」と伝え、二人きりで話す時間を作ってから扉を叩く。


「クイヴァ。少しだけ話をさせてください。入っても?」


 中からは弱気な声で「いいよ」と返事がした。扉を開けると、窓辺に立って外を眺めながら、彼女は表情に影が差す。


「悪かったね。私のつまらない感情が、あのネストルには見抜かれてしまった。彼は私以上に鋭い目を持っているみたいだ」


「つまらない感情などではありませんよ」


 アイシスは彼女の隣に立って窓の外に映る美しい景色を眺める。


「レイノルズ卿に命を救われました。騎士団をやめようとして、皇帝に命を狙われたとき、彼は命を懸けて私を逃がしてくれたんです」


 処刑台の事は今でも思い出す。群衆の中に隠れていたアイシスを見つけたのか、それとも決意がそうさせたのか、彼は強い笑みを見せて散った。大丈夫だと言い聞かせるかのように。


「悔しかった。いつだって私は彼に助けられてばかりで、こんな命なら拾わなければ良かったとさえ思った。でも思うんです。此処から見える景色ひとつでさえ、こんなにも美しい。────彼のおかげで私は生きている」


 剣を提げ、ひとり身を隠して友人を待った事を何度も後悔した。なんのために腕を磨いたのかと自らを責めた。彼には生きていて欲しかった。なぜ自分が生きているんだと嘆いた。


 違った。違うと気付いた。自身を呪うよりも大切な事があった。


「こんな話をして、あなたに考え方を押し付けるわけではありません。ですが戦場に立ってきた身として公王陛下の気持ちも分かるというだけですが」


「……。ううん、十分だ。すまないが、少し席を外すよ」


 アイシスを置いてクイヴァは部屋を出た。すぐ近くで待機していた衛兵に声をかけて「もう一度陛下と話をさせてもらえませんか」と尋ねる。衛兵はとても渋った表情だったが、彼女をひとりでは行かせまいとアイシスもやってきた。


「私からもお願いできませんか」


「うう~ん、剣聖様の頼みといえどもそれはちょっと……」


 衛兵としても意地悪がしたいわけではない。ネストルが不機嫌になったのに、これ以上の話をさせてしまうのは如何なものか、と判断に迷っていた。


 必死になってクイヴァは頭を深く下げた。


「お願いします。ここで引き下がってしまったら、私はもう二度と引き返せない過ちを犯す事になる。騎士の名誉に賭けて、もう一度だけお願いします。今度は期待を裏切らないと誓います!」


 騒ぎを聞いて、他の部屋の前で待っていた衛兵たちも寄ってきた。


「どうする、話くらいは伝えてやるべきじゃないか?」


「そうだなぁ……。俺たちに判断はできかねる話だから」


「伝えるだけ伝えてあげよう。彼らの気持ちも分かる」


 衛兵たちは話し合って、そのうち一人がコホンと咳払いをしてから。


「ひとまず伝えに行かせよう。でもあまり期待はしないでほしい。俺達には大した権限もないし、公王陛下は決して優しいわけではないから」


 ただただ公国に住むすべての者のために働く。だから自分を支持する者は手厚く保護するし、裏切る者があれば容赦なく切り捨てる。良くも悪くも分け隔てないからこそ、彼は臣民を納得させてきた。


 そんな男が必要ないと言った者たちに、三度目の謁見の機会を与える可能性は低いだろうという衛兵たちの判断は間違っていない。それでも、必死なクイヴァの姿を見て門前払いをするように断る事が彼らにはできなかった。


「ありがとうございます。この恩はいずれ返させてください」


「ハハ、俺たちは酒と甘いものが好きなんだ。期待させてもらうよ」

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