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第20話「いざ、ひと勝負!」





 アルイン公国の美しい港町。見る者を魅了する白い建物の数々と、あらゆる船が並んだ光景はどこでも見られるものではない。中でもひと際、目を引くのがアルイン公国の城である。町の中央に構えるそれは水路でぐるりと囲んであり、正面以外での外敵の侵入を悉く防ぐように見張り番もいた。


「アルイン公国の首都マクアは、聞いた限りでは潮風の心地よい旅行には最適な国だと聞いていましたが、本当に美しいですね」


 アイシス率いる使節団は非武装のチェックを受けてから水門を通って、案内された場所で船を停泊させたら、まっすぐ王城へ向かった。「帰りに観光とか出来たらいいのにね」と冗談を言われてアイシスはくすっと笑った。


 以前の彼女であれば私語を慎むようにでも言ったが、今はもうさほど厳しく言う必要もないだろう、と受け入れていた。


 城に入れば景色とはしばしお別れだ。騎士の案内を受けて応接室へ通されて、「陛下の準備が整うまでこちらでお待ちください」と告げられ、気を緩く構える。

────だが、待てども一向に呼びに来る気配はない。


「随分遅いね。もう一時間は経つけど……ランカスター卿、様子を見に行く事って出来たりしないかな?」


「ハハ、それが出来ればいいのですが」


 冗談を言って時間を潰す。二時間が経った頃になって、やっと応接室の扉が開かれた。


「お待たせしました、皆様。公王陛下がお待ちです」


 やっとか、と気合が入る。案内を受けた謁見の間では豪奢なマントと鎧に身を包んだ派手な老齢の男が彼女たちを待ち構えた。年老いているにしては、体格もかなり良く、日頃からの鍛錬を欠かしていないのが窺える。


「公王陛下にご挨拶申し上げます」


 アイシスを先頭に皆が膝を突き、深く頭を下げた。


「顔をあげよ。よもや決裂した我が国に連絡もなく再度訪れるとは大したものよ。よほど、あの皇女も急いていると見える。状況は芳しくないのか」


 問われたアイシスがゆっくり立ち上がって答えた。


「いいえ。前回におきましては、こちら側が示すべきものを持ちませんでした。しかし今回はネストル公王陛下を納得させるだけの材料がございます」


「……はて、儂にはそのように見えんが」


 退屈そうにあくびをする。わざとだ。冷ややかな視線は彼女の自信に満ちた態度を崩すための、侮辱に他ならない。一度去った者で舞い戻って、その口で何を語れるものかと馬鹿にしたのだ。


 だが、程なくじろりと見て、ネストルは不思議に感じた。


「お前さんの名を聞いておらなんだな。名乗ってみよ」


「アイシス・ブリオングロードと申します」


「……! ほお、その名は儂の耳にも届いておるぞ」


 剣聖。アイシス・ブリオングロードの名声は、瞬く間に各国へ届いた。シャナハン皇国陥落において、彼女の功績を知らぬ者は今やどこにもいない。当然、ネストルも一度は会ってみたいと思ったほどだ。


「儂も昔は戦が好きだった。小競り合いに興味はないが、国境沿いで帝国の騎士団を中心とした総勢一万の兵を相手に半分の数で挑むのは心が躍った!……こほん、話が逸れた。つい昔を思い出してな」


 傍にいた衛兵を指で招いて呼び、腰に差していた剣を借りる。


「剣聖の名がどれほどのものか、ひと勝負せんか!」


「……はっ? よ、よろしいのですか?」


 驚いたのはアイシスだけではない。彼の意欲に滾った目を見て『本気で手合わせをしたがっている』と感じて使節団全体に動揺が広がる。だが、よくある事なのか衛兵たちはまったく気にする素振りもない。


「なあに、儂も歳だろう? いつ動けぬようになるやも分からん身だ。この椅子は誰かが引き継げば済む話だが、己が身で戦えるのが、あと数えるほどだったとしたら後悔をしたくないのだ。受けてはくれんか、若き剣聖よ」


 懇願するような眼差しに、彼の誠実な気持ちが表れていた。


 戦が好きだ。武が癒しだ。剣と共に生きてきた男は、純粋な思いでアイシスの実力を見抜き、そして認めた。同時に惹かれもした。彼女ほどの若さで剣聖となるのは、さぞや才能に溢れているはずだと。


 己への真摯な向き合い方に、彼女は胸に拳を当てて小さくお辞儀する。


「その名誉、お受けいたします。公王陛下」


「ガッハッハッハ! 素晴らしい! では構えよ、アイシス!」


 慌てて傍にいたクイヴァがアイシスに「本当にやる気?」と困惑して耳打ちする。手合わせといえど加減はするべきじゃないかと進言したが、彼女は優しく手で押し退けて剣に手を掛けた。


「手を抜くなどありえません、クイヴァ。公王陛下こそ、その身に戦士としての魂を宿す方とお見受けしました。なれば手加減など無礼千万」


 思わずネストルも感心してしまう。他の騎士であらば『公王に恥を掻かすわけにはいかない』と手を抜くか、あるいは断って当然のところだ。それを彼女は逆に剣を引き抜いて『手加減は無礼だ』と言ったのだ。


 かつて、そんな人間がいただろうか。遥か長い年月を経て、公王の立場を得てからも対等に剣を交わそうという騎士など誰もいなかった。


「ああ、帰ってすぐにまた尋ねてくるとは礼の成っておらん連中だと思うたりもしたが、今回ばかりは認めざるをえまい。お前たちは実に素晴らしい人間を連れて来てくれた。────では、いざ参ろうか!」

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