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第19話「共に」

 エトネン河、北門の近くで船を見つける。どんどん荷物が積み込まれていて、近くにはモリガンが監督役として支持を送っている姿があった。


 彼女は歩いてくるアイシスたちに気づくと手を振った。


「おお、すまないな。余がいながら準備に遅れが出てしまっている」


「何かあったのかい?」


「いやあ、なに。予定とは違う場所に荷を置いていたらしくてな」


 呆れて物も言えないと言いながら可笑しそうにするモリガンは、実際のところそんな事もあるだろうと、あまり気にしてはいなかった。失態には変わらないので、アイシスたちの出発がやや遅れる可能性には申し訳なく思っている。


「まあ丁度良い。そなたらには今回の仕事を簡単に説明しておこうと思っておったところだ。とは言っても先に話したのが殆どではあるが────」


 彼女たちに与えられた大まかな任務で最も重要なのは『公国との協力関係』である。そのためにはフィッツシモンズ領が新たな国として成せるだけの力を有すると示さなくては、とても納得させられない。


 その点において貿易では皇帝リーアムよりもモリガンの方が優れていると断言できたのは、彼女の国を建てようとする場所が公国に近く、またモリガン自身が各国との連携を取るための繋がりを多く持っている事が挙げられる。


 だからこそ彼女の使節が各地に回り、門前払いではなく『ひとまず話を聞こう』と耳を傾けてもらえる要因だったとも言えた。


「我々が行うのは帝国への叛逆とも取れる。ライアンからも皇帝側の勢力に動きはないと報告を受けているから、まだ交渉の機会はあるはずだ。大公を納得させて同盟を結ぶ事ができれば、コノールも帝国にとっては鋼鉄の壁同然。そなたたちには彼らに軍事的な協力を得てきてほしい。それから……」


 うーん、と考える。他に伝えるべき事はあっただろうか、と。


「船にはアルテュール以外にも何人か護衛の騎士を乗せておく。いずれも私が他国から雇った私兵だ。帝国の騎士ばかり使うと帝国への情報漏洩のリスクが大きいのでな」


「わかりました。公国の都市まではどれほど掛かるのでしょう」


 モリガンは近くで運搬を手伝う騎士を一人呼び寄せて地図を広げる。


「この船なら首都までどれくらい掛かりそうだ?」


「順調に進んで、ざっと九時間くらいだと思いますよ。俺たち、公国に行くのは二度目なのですが、以前の小さな船のときは半日過ぎくらいでしたから」


 馬を使わなければならない陸路は道中で迂回する必要もあるなど遠回りになるため、水路の方が遥かに早い。まして海に繋がっている事もあって、コノール同様に水門を設置して管理しているため、通行には許可がいる。


 門前でしばらく待つ事にはなるが、それも二時間ほどで済むだろうと言われると、モリガンはとても満足そうに騎士の肩をぽんと叩いて労った。


「だ、そうだ。他に質問がなければ、そなたらも船に乗り込んでくれ。話している間に準備も整ったようだ」


「わかりました。モリガン卿の期待に添えるよう努めてまいります」


 深く礼をするのを見て、モリガンは少し寂しそうに笑った。


「ああ、ありがとう。そなたのような者が帝国の騎士でいてくれて嬉しいよ。そなたらの武運を祈ろう。余はコノールを守りながら期待して待っている」


 差し出された手をしばらく見つめる。クイヴァが「握手しときなよ」と肘で小突くと、やっとアイシスは握り返してほのかに口角をあげた。


「では行ってまいります。また会いましょう。……モリガン」


「フッ、余もまた力を尽くす。また会おう、我が友よ」


 船に乗り込もうとして、クイヴァがついてこないのに振り返った。


「あれ。乗らないのですか、クイヴァ」


「ちょっとモリガンに話があるんだ。先に乗っててよ」


「ム。分かりました、お待ちしていますね」


 船首の近くで、後ろ手にまっすぐ立って出発の時を待つアルテュールを見つけた。せっかくならクイヴァがいるときに声をかけたかったが、そんな緊張を握りしめて『大丈夫』と背中を押して歩み寄ってみる。


 彼はただまっすぐ水門が開くのを待って見つめていた。


「……あの、ランカスター卿?」


 声をかけられると彼は優しい笑顔を浮かべて振り返る。


「これはブリオングロード卿。剣聖様に話しかけていただけるとは光栄です」


「いえ、私はそのような大層な人間では……!」


 彼がくすっと笑ったとき、ああ、これは気遣いだと思った。話しにくいであろう雰囲気を察して彼女を歓迎する言葉を述べたのだ。


「卿も、私の事をなんとも思わないのですか。皇帝暗殺未遂については近衛騎士隊であれば聞き及んでいたでしょう」


 本当は帝国に仇名す叛逆の騎士だと思われているのでは。そんなふうに不安を抱えている姿に、アルテュールはきょとんとしてから、またくすくす笑う。


「何も思いませんよ、ブリオングロード卿。あなたが叛逆の徒であるとするならば、ここにある騎士たちの全てがそうです。新たな国を建てるために帝国と争うのですから、当然の覚悟を以てみなが此処にいます。いっそ本当に暗殺をして頂いても、きっと誰も困らなかった事でしょう。あの皇宮には舌の長い蛇・・・・・がいますから」


 なんとなく誰の事か分かってアイシスも笑ってしまう。確かに、そう比喩されれば、そのように思えるじゃないか、と。


「少しは緊張が解せましたか、ブリオングロード卿」


「ええ、卿は思っていたより優しく明るい方なのですね」


「そう仰っていただけて嬉しい限りです」


「アルテュール卿。改めてよろしくお願いいたします」


 モリガンのように手を差し出してみると、彼はすぐに握って返した。


「こちらこそです、アイシス卿。必ずや大公を説得してみせましょう」

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