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第13話「散策」

 たかが言葉遣いひとつで失うべき仲間ではない。今後得られる事もない。これほど喜ばしい日はいつ以来だろう、とモリガンは喜んで握手を交わす。


「余の悲願が成就するよう祈っておれ、アイシス。そなたにも見せてやろう、この先にある未来。帝国とは違う、新たな未来の形を!」


「期待しています、モリガン卿。そのために私も剣を掲げましょう」


 さっそく計画の練り直しだ、と話が終わったらモリガンはしばらくコノールに滞在するよう言って、部屋を飛び出していく。「ライアン、そなたは余と来い!」と、さっそく仕事のために連れていかれるのを見て、アイシスは少しだけ残念だった。フェルトンの弟だと知ったばかりだったので、まだ話したかった。


「何かよくわからないけど、随分と上手くいったみたいだね?」


「ええ、どうも気に入られたようです」


 フッと自信ありげな顔をするアイシスの頬を指で突く。


「それは君もだろ、アイシス。満足そうな顔をしてるじゃないか」


「確かに、間違ってはいないかもしれません」


 今まで一度たりとも誰かに期待をした事はない。かつて騎士団長として皇帝に見捨てられるそのときまで、彼女はいつだって大勢の先頭に立った。自分より上手くできる者もきっといるだろう。だが、この背中に背負った以上は期待をしてはならない。頼るのではなく、頼られる者であらねばならない、と。


 違った。頼ってもいいのだ。背中を預け合ったフェルトンを通じて、彼女は自分の新たな生き方を見つけようともがく中で、モリガンの『騎士の国を創る』という目的のため、多くの者の力を借りて先頭に立つ姿に胸を打たれた。


「私は勘違いしていたようです、クイヴァ。孤独ではなかったのに何も見ないようにして歩き続けてきた。そんな必要、どこにもなかった」


「……そっか。何があったのかは知らないけど、きみは前に進めたのか」


 以前から少し心配ではあった。誰にも縋ろうとせず、誰からも認められる騎士として、多くの者たちの模範となる立ち振る舞いのために彼女は俯いたりしなかった。ときには冷酷に、時には温かい心を以て自分を貫いてきた。


 だからいつも壊れそうだった。本心がどこにもないように見えた。今は、やっと何かの光を見つけて、手を伸ばしているのだと感じて安心する。


「私も君が笑う顔を見るのは嬉しいよ、マ・シェリ。ところで、しばらくは暇になったわけだけど、何かしたい事とかはあるかい?」


「そうですね……。町の構造をよく知らないので、見て回ろうかと」


 もし万が一にも何か起きたとき、町の構造を理解しているかどうかで立ち回りは大きく変わる。初めての町はどこにどう道が繋がっているのかも分からないので、アイシスは数日掛けてまずは覚えるところから始めるのが最も優先されるだろうと考えて案内を頼んだ。


「名案だ、では私が案内しよう。これで結構詳しいからね」


「ありがとう、クイヴァ。あなたには助けられてばかりです」


「いやいや、良いんだよ。……あ、そういえば」


「なんでしょうか?」


 じっと見つめられて不思議がるアイシスの顔を見て、くすっと笑って頬を指でつまむ。「あいふるんえすかなにするんですか」と困った姿に、指をパッと放す。


「ンフフ、可愛いのはずるいぞ、アイシス」


「意味が解りません……!」


 つままれた頬をさする。突然の奇行に疑問ばかりだった。


「コノールは小都市といえども、サッと見て回れるほど小さいわけじゃない。ひとまず適当に要所だけ案内するから、そのあとは買い物でもして私の家に案内するよ。君がしばらく滞在する事になる場所だ」


「おお、忘れていました。どんな家を買ったんですか?」


 他人の私生活に踏み込んだ事がない。今になって、色々と聞いてみるのもおもしろそうだと尋ねてみる。クイヴァは「小さな家だよ。三人くらいは暮らせるけど」と少しだけ自慢げに言った。


 通りすがりに会議室からモリガンの快活な笑い声が聞こえてきて、さぞやうまく行っているのだろうと思いながら城を後にする。


「外は冷えるね。北方領地も未だに慣れないよ、この寒さは。肌がヒリつく感じ、二年前のフォドラの戦いを思い出すなぁ」


「知っています。確か、この国境沿いで起きた傭兵団との……」


 傭兵団との戦いでは単純な武力だけでは勝てない事もある。それゆえに武力に特化したアリアンロッド、貴族たちの名誉のためのブリギッドではどうにもならず、最も適していると言われたのがクイヴァ率いるデルバイス騎士団。


 敵は悪名高い傭兵団で、国境を跨ぐフォドラの森と呼ばれる場所に拠点を置いていて、彼らは遊撃戦法に長けた連携が強かった。それを討伐してデルバイス騎士団は見事な勝利を飾ったものの、結末として犠牲は多かった。帝国史上、最も恐ろしい傭兵団との戦いは『フォドラの戦い』と呼ばれるようになった。


「でも、フォドラの戦いで、あなたは……」


「よく覚えてるね? その通りだよ。仲間を何人も失った」


「さぞや心を痛めた事でしょう。私には計り知れない」


「どうだろう。私は結局、仲間に対しても少し冷めてた気がするんだ」


 デルバイス騎士団を率いての出征において、大勢の犠牲を出してでも勝利しなければならない局面。国境を跨ぐ傭兵団を相手に隣国からの正式な許可が下りるまでは追いかける事もできず、難儀させられた。


 幸いだったのは森一帯の封鎖は手伝ってくれた事だ。おかげで傭兵団に逃走を許さず、多大な犠牲を払ったものの一掃できた。


 しかし、帝都に帰ってからのクイヴァに悲しんでる余裕などなかった。デルバイス騎士団は調査に長けた集団でもある。それを半数以上も失った傷は大きく、再編までに時間を要していて、涙など一滴も流れていないのに気付いた。


「もしかしたら薄情なのかもしれない。ま、多少はそうでなければ騎士団長なんて出来ていない。今は守りたいものもあるから、少しは人間らしくなったかな」


 それとも元に戻ったと言うべきか。隣に立つ、心から守りたいと思わせてくれた騎士の姿に優しく微笑む。


「じゃあ行こうか、マ・シェリ」


「はい、よろしくお願いします」

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