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第12話「忠誠を此処に」

 かつて国々が今のように多くの分岐を得て成り立つ以前。四つの国が領土を奪い合う中で、各国にいた人間の領域を遥か超えた者たちの参入によって戦力が拮抗し、終戦へと至った。それが後世において四つの名で呼ばれ、崇められるようになった。


 彼らは忠義に生きた者。刃を振るえば鉄を切り裂き、拳を振るえば城壁を砕く。跳べば鹿よりも高く軽やかで、疾走は風のようだと言われている。


 ただの言い伝えとはいえ古い歴史や伝承を信じている者は多い。モリガンもそのうちの一人であった。なにより帝国では剣聖の称号はそう簡単に与えられるものではなく、ましてやアイシスのように若くして得るなど過去に類を見ない。


 戦場では犠牲者を出さなかったと聞いて、どれほどの傑物なのだろうかと期待してみれば、現れたのは自分より幾つか若い娘なのだから信じ難かった。本当に、この娘が剣聖の称号を得たのか。それほど強そうにはまったく見えない、と。


「余が無礼であったのは認めよう。しかし、そなたはやはり人間だ。期待していた剣聖でなかったのが些か残念だった。帝国を落とすには足りぬやも」


「帝国を……、落とす? まさか戦争を仕掛けるつもりなのか?」


 忠誠を捧げてきた国に反旗を翻すために来たわけではない。皇帝に対しての不信感は持っていても、帝国への忠誠を失ってはいないのだ。


 まるで汲み取ったかのように、モリガンはくすっと笑う。


「心配しなくていい。最悪の場合はそうなるだろうが、おそらく仕掛けられる側になる。……多くの死傷者が出るかもしれない。だが余は此処を失うわけにはいかぬのだ。そのために、そなたのような強さを持つ者を集めている」


「戦争は間違いなく起こる、と?」


 モリガンの複雑な表情は察するに余りある。否定したい、だが現実がそれを許さない。皇族同士の争いとなれば、どちらかが死ぬ結末を迎えるのは必至だ。そのとき、必ずと言っていいほど不利なのは皇女陣営。小都市コノールは拠点にするには小さく、そして何より騎士の数が足りていない。


「もし戦争が起きるとしたら、我々の陣営は明らかに戦力不足だ。幸いにも籠城戦には向いているがね。すぐ後ろが同盟国だとしても条項には『いかなる理由があっても互いに武装状態で越境してはならない』とある。ゆえに余たちには非武装で国境を超え、安全を確保する手段も取れる。生き残れさえすれば、我々に希望は残るわけだな」


 絶対に手放したくない町でも、いざとなれば騎士や住民たちを逃がすための退路はきちんと確保してある。考えたくはなかったが、敗北しないとも限らない現実と向き合って、何を優先すべきかの順位付けはしてあった。


「町の中心部には大きく河が通っているのは見たか?」


「ああ、それなら来る途中に見掛けた」


「それならまた直接観に行くと良いだろう。かなり幅が広い水路になっていて、公国の首都までつながっている。いざというときは船に乗って水門を開き、国境を超える事になるだろう」


 万が一の襲撃のために国境を超えるまでは備えておいた大砲などで陸路を駆ける帝国軍を牽制しながら、道すがらに装備を捨ててしまえば問題ない。既に避難用の作戦も立てており、どれだけの数の騎士が安全確保に携わるかも決まっている。ほぼ間違いなく仕掛けられる戦争での死傷者を極力減らすための策だ。


「そうなるのは分かった。だけど、モリガン。あなたが此処で、何を目的としたら戦争になるんだ。帝国にとってそれほど脅威なのか」


 深く、ゆっくりとモリガンは頷いて返す。


「ウム……。余の願いはフィッツシモンズ領を土台とした、騎士の国を建国する事。これまで階級社会にのみ囚われてきた帝国の悪習は民の血税を必要以上に吸い上げながら、自分たちは贅を尽くす醜悪そのものだ。余はそれを刷新したい」


 建国するにあたって代表は必要だ。国政など、民は不満を漏らすので精一杯。他国との交渉も難しい。だから矢面に立つ者として自身を筆頭に十数名のみに絞り、税はこれまで通りに得るとしても民の生活を逼迫させないようにしながら、あくまで程々の生活で構わないという者のみを賛同者に集めた。


 その中心となるのが商団を持っていて多くを税に頼らない貴族であり、階級に囚われず自らを律する騎士たちも皇女派に在籍する。強き者が弱者を支える騎士を中心とした小国。フィッツシモンズ領は土台としても十分に広かった。


「あの皇帝は実に欲深い。富と権力に酔った凡夫に過ぎんが、伊達に長く生きてはおらぬ老獪な狸よ。事情を掴めば、血の繋がった我が子をも喰らうであろう。……そのために、そなたには力を貸してもらいたい」


 夢のような話だ。騎士の国。強い者が弱い者を支え、これまでよりも豊かになるよう作り替えていく。時代の変化、その最先端に立とうと言う。


 それを知れば皇帝は目の色を変えて小都市コノールを陥落させに、帝都の騎士たちを動員する。惜しみなくすべての戦力を投入してでも。


「(皇帝陛下は裏切る事も息を吸うように出来る方だ。きっと我が子であろうとも手に掛けるだろう。血の繋がりも忠誠も、彼にとっては道具に過ぎない)」


 今の帝国には皇帝に仕えるだけの理由がない。既に二度も捨てられて、アイシスは自身の忠誠の在処を失った。ならば腰に提げた剣は誰のために捧げられるものか。己の心に問いかけて────。


「それならば私は、この身にある忠誠を一時、あなたに預けよう」


「本当か!? なんと、そなたがいてくれるのは心強い!」


「良かった。それから────」


 こほん、とひとつ咳払いをする。いつもよりも心が晴れやかだった。


「やはりこれは性分のようです、モリガン卿。諦めて下さると助かります。もう少し親しくなれれば、きっと気楽に話せるとは思うのですが……いかがでしょうか?」


 機嫌を損ねるやもと思いながらも、彼女は自分らしさを貫く事にした。だがモリガンの反応は決して悪いものではなく、きょとんとしたものの、彼女がそうあるのなら仕方あるまいと諦めた。


「ウム! それも、そなたなりの平等ならば許す。余は寛大であるからな!」

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