フェルトンの弟だと分かると、会えた喜びと同時に彼の兄を死なせてしまった後悔が押し寄せた。思わず溢れそうになる涙を隠そうと俯く。
「すみません、ライアン卿。私は……あなたの兄に救われたばかりか、なにひとつ報いる事も出来ませんでした。なんと謝罪すればよいのか」
「おお、泣きなさるな。どうせあやつの事だから、自分の身を挺して救ったのでしょう。きっと私でも同じ事をしますので、どうか顔をあげて下さい」
ライアンはニカッと眩しいくらいに微笑んでいた。
「我々にとっては若い世代が生き残る事こそ喜ばしい。あなたのような主君に仕えられて、あやつも満足しているでしょう」
「……ありがとうございます。そう言って頂けると、少し楽になります」
ここで会えたのも何かの運命だと思った。フェルトンが導いてくれたのかもしれない、と。希望に縋るような真似はあまり好きではなかったが、今は何かに支えられていたい気持ちだ。そうでなければ壊れてしまいそうだった。
「さあさあ、こちらへ。モリガンがお待ちです」
案内を受けて城内を歩く。装飾などには拘っておらず、必要のないものに金は掛けないのがモリガン・フィッツシモンズの方針だ。贅沢をしている余裕があるのなら備蓄を増やし、農業の手助けになる道具や家々の整備にまわしながら、生活の基盤を支える方が重要だと考えた。
「さっぱりした内装でしょう。流石に他の騎士たちから威厳を保つために謁見室くらいは、と立派な造りにしてもらってはいますが、モリガンは正直なところ、あまり気に入ってないようでして、褒めると怒るので気を付けて下さい」
謁見室の二枚扉の外見は質素で重厚感のあるデザインだ。ライアンが押し開くと、程々の広さをした応接室のような内装が彼女たちを出迎えた。
玉座で待っていた甲冑姿の女性がニヤッとする。
「遅かったではないか、クヴィア」
燃え立つような赤い髪が腰まで伸びて、鋭い力強さを感じる顔立ち。吸い込まれそうな青い瞳の美しさに、アイシスもついジッと見つめてしまう。
「そっちがアイシス・ブリオングロードだな。ウム、どれどれ?」
玉座から立ちあがってアイシスの前に立つ。目を細めてジロジロと頭の天辺からつま先までを観察し、ふうん、と腕を組んで息を吐く。
「これがウワサの剣聖様か。実に素晴らしいと褒め称えたいところだが、いささか剣聖と呼ぶには頼りないな。本当にこれが、例の?」
尋ねられて、クヴィアはニコやかに答えた。
「その通りだよ、モリガン。彼女がブリオングロードで間違いない」
「……ウム、そうか。やはり伝説の通りとは行かぬよな」
少々残念そうにしながら、また玉座に戻ってどっかり腰掛ける。
「自己紹介が遅れてすまぬ。余がシネイド・カーリグ=グロー・ラ・ウィスカ。今は、コノールを背負うモリガン・フィッツシモンズである」
アイシスは即座に膝を突き、頭を伏せた。
「皇女殿下にご挨拶申し上げます」
「ああもう、かたっくるしいのお」
「……えっ。はい?」
「いや、堅苦しいと言ったのだ。余はそういうのは好かぬ」
「無礼があってはならないと思い────」
「良い。皇族といった肩書は余の身には不要。対等に接せよ」
ああ、そうか。と納得する。町に来てから誰もが彼女をシネイド皇女殿下ではなくモリガン・フィッツシモンズとして認めた。クイヴァもライアンも彼女の事を『モリガン』と呼び、気楽に言葉を交わしていた。
彼女は自身がウィスカの一族である事を心から嫌っているのだ。
「ウム、せっかくの親睦だ。少し二人きりで話がしたい。クイヴァとライアンは部屋の外で見張りを頼む。盗み聞きは好かぬのでな」
「後でゆっくり吾輩も話しに混ぜてくださいよ、モリガン」
「あまり私のマ・シェリを虐めないでやってくれたまえ」
二人が快諾して部屋の外へ出ると、一旦は沈黙が過った。互いに目を合わす中、アイシスはとても気まずく、言葉を発していいものかも分からない。
だが先に耐え切れなくなったのはモリガンだった。
「くふっ……あっはっは! そなたは本当にアリアンロッドの騎士団長か? 黙っておらずとも、何かひと言くらい好きな事を言っても良いのだぞ」
「ではモリガン様にお尋ねしたいのですが……」
途端に、モリガンの微笑みが消えて鋭く睨みつけた。
「余とは気楽に接せよと申したはずだが」
「性分で、すみません……。騎士団に入ると決めたときから、丁寧な言葉遣いを心掛けてきたのが習慣化してしまっているのです」
呆れたものだ、と額に手を当てて首を振った。
「であれば習慣など捨てろ。余とそなたは対等────そうさな、友人だ。であれば堅苦しく話す必要もあるまい。肩の力を抜いて、騎士団に入る前のそなたのように振舞えばいい。ここでは誰もが身分を捨てておる」
言われてアイシスは目を瞑り深呼吸をする。昔の自分も、大概堅苦しい話し方をしているようで気は進まなかったが、あまりモリガンの機嫌を損ねても、せっかくの機会をふいにしてしまうだろうと諦めた。
「……分かった。モリガン、ひとつ尋ねたい事が」
「ウム。なんなりと尋ねよ、いくつでも構わぬぞ」
「私は騎士としてモリガンの眼鏡に適わないのだろうか」
頼りないと言われたのは少しだけ傷付いた。才能は紛れもなく本物で、右に出る者はいない。たとえ百人に囲まれようと生き残れる自信がある。今まで誰にも頼りないなどと言われた事がない。私は弱いのか? と暗く不安そうな顔をした。
「あぁ、そなたは知らぬのか。なぜ剣聖と呼ばれる称号が生まれたのか」
フフッと子供を微笑ましく見つめる母親のように彼女は言った。
「良かろう。では簡単に説明してやるとしよう。────『剣聖』とは、かつて実在したとされる人智を超えた強さを持つ英雄の事だ」