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第10話「小都市」


 フィッツシモンズ領・小都市コノール



 草原のど真ん中に佇む城郭都市は、周囲に広大な畑を持ち、多くの農夫たちが暮らす家々が都市の周辺──主に四方ある門のすぐ近くにいくつも固まっていた。高い城壁には見張り塔が立ち、常に周囲の状況が把握できるようになっている。基本的に領地民以外は中に入れず、門の前には重装騎士が立った。


「へえ、城壁の外にも人が暮らしているのですね。私はこちらに足を運ぶのは初めてなので新鮮です。どうして彼らは中で暮らさないのですか?」


「中で暮らさないというより、暮らせないというのが正しいかなぁ」


 アイシスの疑問に、クイヴァも首を傾げて不思議そうにする。


「皇女殿下の管理下にあるから資金自体は潤沢だそうだよ。でもあえて大きくしてないんだって。今ある壁を取り壊すのには結構なリスクが~とか、以前に聞いた事はあるんだけど、私も詳しくは知らないんだよねえ」


 まだまだ多くをフェルトンから学んでいた中の別れだったので、これから気になる事は自分で調べたり聞いたりして覚えていかなければならない。少しでも多くの事を学ぼうと、直接聞く機会が得られた事でアイシスはワクワクした。


 門前までやってきて、大柄な騎士に呼び止められる。


「すみません、これより先に入るには紹介状がなければ困ります。念のため身分を証明できるモノなどがあれば見せていただきたいのですが」


「公爵からの紹介状を持ってるから大丈夫。きちんと用意してきたさ」


 ローブを着こんで素顔を隠しているので門番は少し訝し気な顔をしたが、紹介状を検めると待機していた他の騎士に「門を開けろ、モリガン様の客だ」と指示を出してから二人に軽く頭を下げた。


「お帰りの際は同じ門をお通り下さい」


 馬車は数日掛けて、ようやくコノールに足を踏み入れた。どこまでも広がる石畳の町並は建物が密集していて些か窮屈に思える。町中には騎士が多く、問題もないどころか楽し気な会話が通りすがりに聞こえた。


「治安が良いだろう。ここは皆が助け合って生きてるから問題も少ない。たまに喧嘩は起きたりするけど、今のところ誰かが死んだという話は聞いていない。入るのにも審査がいるわけだから当然と言えば当然かな?」


 基本的に領地民として迎えられるには条件があった。身分がハッキリしている事。他の住民と協力しあえる事。そして万が一にも人間関係に関わる重大な問題を起こした場合には、当事者全員に退去命令が下され、従わなければ強制追放となる。


 基本的に退去命令には数日の期間が設けられ、それを過ぎても出て行こうとしなかった場合は強制追放となって荷物など纏める時間も与えられない。激しい抵抗があった場合などに限り、現場判断での粛清が許可されていた。ただし、状況は仔細に報告されなければならず、理由も正当なものでなくてはならない。これを破った騎士もまた退去および強制追放の対象となった。


 皇女は出来る限り身分の差がない公平な町が作りたいのだ。しかし、小都市はまだほとんど住民らしい住民はいない。総合的に見て騎士の数も少なく防衛力は低い。そのため各地から戦力となる賛同者を密かに集めていた。


「では建物の殆どは住居ではないと?」


「そうだよ。大体は備蓄の倉庫だね。外に暮らしてる人たちも農夫に見えるけど、実戦経験のある元騎士が殆どだそうだ。中で暮らさない代わりに大きな家と農地を貰ってる」


 がらごろと音を立てていた車輪が緩やかに止まった。


「さ、着いたよ。ここが町の中央にあるソリッシュ城だ」


「帝都に比べれば、あまり大きくないのですね」


「ハハハ、それはそうさ。帝都の敷地には下級騎士の宿舎もあるし」


 馬車を停めると、城門前にいた騎士たちがクイヴァを見つけて敬礼する。


「お帰りなさい、クイヴァ・マッカラム様!」


「やあ、ただいま。モリガンは中に?」


「首を長くしてお待ちです。中にお入りください!」


 門が開けられ、アイシスはまた止められるのではないかと不安がっていたが、クイヴァは「大丈夫だよ。事前に連絡はしてある」と安心させるように肩をポンポンと優しく叩いて、彼女の前を歩く。


「実を言うと、公爵よりも先に私から根回しは済んであるんだ。入場には同行者以外の紹介状が必要だから、ちょっとややこしい手順にはなってしまったけど」


「なぜ第三者の紹介状が必要になったのです?」


 同行者としてなら問題もなさそうに見えた。実際、クイヴァのように身分のハッキリした者が連れ立っていれば誰でも信用してくれそうなものだ。しかし、彼女は首を横に振って肩を竦めた。


「そこが皇女殿下の考えなのさ。誰彼構わず顔見知りだからと入場を許可して、何か問題が起きてからでは遅い。だからある程度の過程を要求したんだ。結果、皇女殿下の支持者、あるいは協力関係以外で中に入るのは非常に難しくなった」


 単純に身分があればいいわけではなく『誰の紹介状か』というのが重要になる。多くは皇女殿下が皇帝リーアムとの不仲を知っているため、皇女派に属する者は非常に慎重で、簡単には紹介状を渡してはくれないのだ。


「特に町中では選抜された騎士たちが徘徊してる。なんの準備もなく忍び込んで情報集めをするくらいなら、攻城戦を行った方がマシなのさ。でも相手は皇女だから簡単にはいかない。皇族同士の争いが起きれば派閥が分かれて、今まで取り繕った関係の者たちの内部分裂を誘発する。入場に制限のあるコノールはともかく、各地から貴族が集まる帝都はどこに裏切者が潜んでるか分からないから動きにくい。正当な理由もなく『じゃあ始めましょう』で戦争はできないんだよ」


 マッカラム伯爵であるクイヴァは、デルバイス騎士団に属するため、あらゆる情報を握っていた。ゆえに誰がどの派閥であるかを徹底的に調べ上げて皇女派に流しているので、フィッツシモンズ領だけが常に先手を打てる状態だ。


 一方皇帝側は皇女派の人間を正確に把握できておらず、第三皇子派についても公爵がいるので、誰がどう繋がっているかを明確にするのは難しかった。


「細かい話は後で皇女殿下からもしてもらえるはずだ」


「そうですね……。一度もお会いした事がないので緊張します」


 城の扉が開かれ、案内役の騎士が待っていましたとばかりにやってきて、胸に手を当てながら深くお辞儀をする。どこかフェルトンに似た雰囲気があった。


「おかえりなさいませ、クイヴァ殿。そちらの方が?」


「アイシス・ブリオングロードだ。先の手紙の通り連れてきた」


 ようやくフードを脱いで、アイシスも小さくお辞儀をする。


「初めまして、ブリオングロードです」


「おお、実にお美しい。兄からも聞いてはおりましたが」


「……兄、ですか? あの、失礼ですが、お兄様の名は?」


 男はハッとして、豪快な笑い声を響かせた。


「これは失敬! 吾輩の名はライアン・レイノルズ。兄はアリアンロッド騎士団副団長だった、フェルトン・レイノルズであります!」

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