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第5話「手紙」





 レイノルズ侯爵家、失脚。帝都に広がったニュースペーパーを見て、誰もが驚いた大事件。皇帝暗殺に関わったとして処刑される事となったのだ。


 ギロチン台に跪かされた彼は、抵抗の際に怪我をしたという理由で口に布を噛まされていて、話したい事も話せないような状態になっていた。どのみち何も語らなかっただろうとはオーエン・マクリールが取材に答えた話だ。彼は単純な男ではなく、悪人であろうとも優秀な人間であったのは確かだ、と。


 そうして公開処刑された後、レイノルズ侯爵夫人ら家族から使用人まで全ての人間が帝都を追われた。彼女たちも大罪人として扱われたが、これまでのレイノルズ侯爵の実績と何も知らなかった事を踏まえての恩赦だと言う。


 多くの人々にとって意外な事件でもあったが、受け入れられるまではすぐだった。世間とはその程度のもので、騎士の働きに感謝しながらも、さほど私生活に影響がないのであれば、あまり意識にも留めない。


 憎かった。なんの慈悲もなく己が欲のために家臣を平気で捨てられる皇帝が。自分たちの立場だけ守られれば構わないと公言できる貴族たちが。そしてなにより、自分自身。────アイシス・ブリオングロードは自身さえも呪った。


「(私が自分の人生を歩みたいなどと欲張らなければ、フェルトン卿は死ななかっただろう。彼の家族の人生まで狂わせてしまった)」


 惨い事をした。レイノルズ卿は何も悪くなかった。騎士をやめたいと平民の分際で皇帝に逆らったのが悪かった。そう思わざるを得ない。胸を締め付ける後悔を覚えながら、彼女は酒場に張り出された自身の手配書を破いて剥がす。


 レイノルズ侯爵家と共に皇帝暗殺を企てたとして、戦争の大英雄から一転。今では国を脅かす最低最悪の騎士の汚名を着せられた。自分の手配書の似顔絵を見る度に吐き気がした。あっさり手のひらを返して、誰もが簡単に責め立てる。どこまでも醜く、目を背けて耳を塞ぎたくなる光景がどこにでもあった。


「(気分が悪くなってきた。きっと、薬を飲んだ後の私もこうして蔑まれたに違いない。……私のせいで死なせてしまったレイノルズ卿には、彼の家族にはなんと言って詫びれば良いのだろう?)」


 ふらりと酒場に入ろうとすると、肩をぐいっと引かれる。


「うわっ!?」


「でかい声を出すな」


 フードを被っていて顔が見えないが男である事は分かる。いや、聞き覚えのある声だ。大きめのローブで姿を隠していたが、まさか気付かれたのではないかと強い警戒心を抱いて傍を離れようとする。


「すみませんが、今は誰かと話をしている時間はないので」


「そう警戒するなよ。少し届け物があるだけだ、ブリオングロード卿」


「……! まさか、マクリール公────」


「静かにしろ。こっちも見つかりたくない」


 一瞬覗かせた表情は相変わらず何を考えているか分からない。彼はすぐ傍の酒場に彼女の腕掴んで連れて行こうとする。


「放してください、私には────」


「レイノルズ侯からの手紙を預かってる」


「……手紙、ですか?」


「そうだ。だから今は大人しく来い。知り合いのふりをしろ」


 帝都では数日が過ぎてなお、既に他所へ移ったのではないかと見られていても、未だ潜んでいる可能性を捨てずに騎士団による捜索が続いている。どこに監視の目があるか分からないので、出来る限り彼らが寄らない場末の酒場は都合が良い。ごろつきたちが屯しがちで、とても高潔な騎士が立ち寄る場所ではないからだ。


「酒の匂いがキツいな……。あっちの隅の席で話をしよう」


 適当に酒を持って来るよう言って、目立たない場所を選ぶ。席に着いてから、しかめっ面をするオーエンの顔をジッと見つめた。


「オーエン閣下はお酒が苦手なのですか?」


「今は名前で呼ぶな。お前にも私にも都合が悪い」


「すみません……。ところで手紙というのは」


 オーエンが懐から取り出したのは、折りたたまれた便箋だった。


「奴の自宅にある引き出しから見つけたものだ。私が直々に調査を行って回収した、お前に宛てた手紙のようでね。どうせ帝都から離れられなかったんだろう? 自分を助けた男がギロチンで首を落とされたのだから」


 嫌味を言われても彼女は気にも留めず、便箋を手に取って広げる。内容は彼女に対する真摯な思いを綴ったものだった。


『親愛なるアイシス。あなたがこれを読むのであれば、おそらく儂は死んでいるのでしょう。会議の後、どうにも嫌な気配が消えず、急ぎ手紙を認めて信頼できる部下に託しました。最初に見つけるのは、どうせあのいけ好かない公爵に違いない』


 全てお見通しだとばかりに書いてある事に、思わず彼の気に喰わないとでも言いたそうな表情が脳裏を過った。


『生き方を変えたい。なぜそう思われたのかは分かりません。だが不思議とあなたは、とても苦しそうに見えた。今まで模範的であろうとする忠誠に生きる騎士とは思えない表情は放っておけなかった。だから、どうかここまで願いを聞いたのですから、私の願いもひとつだけ聞き入れてはくださらないでしょうか』


 看取る事も出来なかった。救われただけで、何もしてやれなかった。大切な仲間だったのに。彼は、その寂しく丸まった背中を優しく撫でるように、最期の言葉を手紙に残していた。


『どうか、なんの迷いも躊躇もなく、あなたのために、あなた自身への忠誠に生きてください。────フェルトン・レイノルズより』

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