「隠すつもりはないんですね」
「互いに隠すメリットがないからね。それにアップル。君も私が知らないような秘密を抱えてるんじゃないか? 下手すると追放……いや、死罪を免れないレベルの秘密だ」
そう言って紅茶をひと口。上質な茶葉で淹れた紅茶の香り。これは南部原産のアプリコットティーかしら。王宮の侍女さんに会う事があったら聞いてみたいところだ。
「それは王子にも言える事ですよね。ですが、互いに
「証拠か。そうだな。確かに私は、君が魔王と繋がっているという確たる証拠を持たん。神殿は君の創った結界で護られているし、魔国の情報を傍受など、戦争に成りかねんからな」
これ、間違いなく互いに紅茶を嗜みつつするような会話でない事は間違いないわね。互いに今持ちうる情報がどの程度か牽制しつつ、探り合っている状態。ならば、話は早い。
わたしは笑顔のまま両掌を上へ向けて広げてみせる。このまま探り合うなど時間の無駄。早く交渉した方が早い。
「上級魔族、
「ほぅ?」
眉根一つ動かさない。流石第一王子は狡猾だ。これが第二王子のブライツなら少し揺さぶるだけで本音が駄々漏れになるところだ。まぁ、そんな正直で真っ直ぐなところ彼の良いところなんだけど。
まぁ、グレイス専属執事、フォメットさんからの拷問により、彼は最早グレイスやわたしを崇拝する機械人形みたいになっちゃってる訳で。
せっかくなのでルーインを問い詰めて吐かせた音声を
一通り会話を聞き終えたアルバートは、やはり表情を変えずにわたしへ尋ねる。
「ルーインという魔族は王宮で捕えていない。一体何処で捕縛しているんだい?」
「シルヴァ・サターナですよ」
「隠さないんだな」
「ええ。ついでに言いますと、現魔王、グレイス・シルバ・ベルゼビュートはわたしの追放先にて一度交戦しております。わたしが一度退けた事で現魔王と交渉が可能となった訳です」
『元はと言えばあなたが神殿へ魔人を攻め入るように仕向けた事がきっかけですよね?』とちゃんと付け加えておく。
王子は恐らく気づいている。わたしが持っているこの音声も偽装だのなんだの言えば証拠にならないし、そういう真偽の場へ持ち込むつもりもない。
逆に国としてわたしの追放が冤罪だと先日認めた以上、クーデターの首謀者だと今更王子が言い触らす事もないだろうし、こちらが幾つか弾を持っていると分かっている以上、マロン司祭を黒幕にした上で神殿の権威ごと剥奪するなんてこともしないだろう。
「つまり……何が言いたいんだい?」
わたしの真意がまだ読めないのだろう。アルバート王子から遂にその言葉が出た。これでようやく交渉の場へ持ち込む事が出来る。
「王子。あなたの名前で、シルヴァ・サターナと正式に国交樹立を宣言してください」
「成程、そう来たか」
流石に一瞬アルバートの眉根が動いた。両腕を組み、何やら思案する仕草をするアルバート。
「国の機密事項に関わる事は王家と有力貴族達からなる王宮議会、過半数の承認が必要だ」
「あら、あなたのひと声で首を縦に振る貴族が過半数ではなくて?」
「ふ。では、冒険者ギルドはどうする? 国交樹立して魔物を狩れないとなると、暴動が起きるぞ」
「それも問題ありません。瘴気あるところに野生の魔物あり。予期せず魔物化してしまう生物も多数おります。そういった場所での魔物討伐は魔王グレイスの管轄外です。それに……」
アルシュバーン国とシルヴァ・サターナ国がある北のクレアーナ大陸と違い、南のサウスフレイア大陸には女神クレアーナとかつて対立した邪神アザーディを崇拝する魔族の国エビルスクエアや邪神教のモスコミュエル帝国、獣人族の国マウントレーズン国なんかも存在している。そう、世界はまだまだ広いのだ。
アルシュバーンとシルヴァ・サターナの国交樹立は、そういったアルシュバーンの資源を狙う他国への牽制となる。強力な魔物の素材や闇の魔力をふんだんに得た魔鉱石や魔水晶などは、武具や魔導具の元にもなる。
魔物との共存共栄への第一歩。弱肉強食の世界で難しい事ではあるのだけれど、聖女としても是非実現したい目標の一つでもある訳で。
「その話、シルヴァ・サターナにメリットはあるのか?」
「ええ勿論。瘴気に満ちたあの国の大地では、作物がまともに育ちません。溶岩の湖。枯れた大地。魔物化した植物なんかも群生している。アルシュバーンの豊富な資源を提供するだけで、向こうにも大きなメリットがある」
そう、アルシュバーンの清浄な大地で育てた林檎と、シルヴァ・サターナで闇の魔力を浴びて育った
世界中どこに行ってもアップルパイの創れる世界。それがわたしが思う理想の世界ですね。って、話が逸れました。
「つまりは、私に王位継承権の座から退いて貰うつもりはなく、むしろ互いに秘密を共有した上で、君を利用しろと、そう言いたいのかな?」
「まぁ、そんなところですね。アルバート王子とは、今後も
気づいたら手元にあった紅茶とクッキーも全部食べ終えてしまっていた。
「断ると言ったら?」
「コキュードスを倒した戦力がこちらには控えていますよ?」
「ふっ、脅しか。選択権はこちらにないようだ」
どうやら分かってくれたようだ。警戒心を解いたというより、内側を見せないように被っていた仮面を一枚取ったようなそんな印象を覚えた。
「ひとつ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「あなたはコキュードスで何をしようとしていたんです?」
「コキュードスの件はマロン司祭が勝手に暴走した事……と言いたいところだが、利用しようとしていた事は事実だな」
そう言うとようやくアルバート王子はわたしへ語ってくれた。
世界征服――と言えば聞こえは悪いが、彼はアルシュバーン国の世界での権威をもっと高めようとしていたようだ。そのための一歩として、超級の魔物の復活は持って来いの話題であった。
驚いたのは、マロン司祭がコキュードスを支配出来なかった場合、アルバート王子自らコキュードスの力を封じ、アルシュバーンの軍事力として利用する算段だったらしい。
ブライツ王子とわたしの力がどこまで及ぶか試しつつ、両方潰れたならまた違う手段を構築するのみ。コキュードスが弱ったところを自らが縛る事で、マロン司祭を犯人として晒し上げ、国での神殿の権威を
ちなみにアルバート王子。最近戦いをブライツ王子やジーク騎士団長へ任せているものの、昔は炎熱の騎士として名を馳せていたようで、氷属性のコキュードスとは相性がよかったみたい。
「聖女アップル。君は私の考えの更に上を行き、見事此処まで来た。称賛に値するよ」
「王子、利用価値でしか他人の良し悪しを判断しないやり方では、いつか破滅を迎えます。これは忠告です」
「それは私にとって褒め言葉だ。破滅はこの手で回避する。私は私の実力を見誤る事はしないからね」
ブライツ王子がこの場に居たならきっと、腹わた煮え繰り返る思いをしていたに違いない。アルバート王子、恐らく幼少期に何かこういう性格になるきっかけがあったのかもしれない。聖女としてこの人を救う事は果たして出来るのだろうか? わたしを陰から殺そうとした相手を。
いずれにせよ、今はお互い対立する時じゃない。ある意味一時的な休戦とも言えるけれど、今はこれでいいんだと思う。
「議会には今度、話を通しておく。クーデターと超級の魔物の復活。国の危機に聖女アップルが自ら魔国へ赴き、現魔王と交渉してくれたと言っておくよ」
「
「ふっ。君は私と同じく狡猾だな。ブライツ王子には勿体ない器だな。どうだ、私の腹心としてこの世界の実権を握る気はないか? 世界をこの手に入れた暁には、世界の半分を君にあげるよ?」
「お断りします。冗談でもわたしを口説くような台詞は止めてください」
「そうだろうね」
どうやら本当に冗談のつもりだったらしい。わたしは時々お菓子作りが出来て、笑顔が溢れる場所でお仕事をして、仲間と楽しくお話しながら温泉に入れるような、そんな生活があれば充分。
ブライツ王子、魔王グレイス、クランベリー。わたしの周囲には素敵な存在は沢山居るけれど、万が一にもこのアルバート王子にわたしが靡く事はないと思う。
「では、国交樹立の準備が整った時はこちらから連絡する。それまで神殿で戦いの疲れを癒やしておくといい」
「ええ、そうさせていただくわ」
こうして互いに休戦の握手をし、アルバート王子との密談を終えたわたし。流石に疲れた。神殿に帰ったらクランベリーの作ったクランベリーパイをいっぱい食べよう。