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七十三.どうやら遂に直接対決の時を迎えるようです

「アップル・クレアーナ・パイシート。そして、我が息子、ブライツ・ロード・アルシュバーンよ。此度の活躍、誠に大義であった」

「身に余る御言葉、感謝致します」


 アルシュバーン国の現国王――エドワルド・カルディ・アルシュバーンより、コキュードスを撃破し、国の救世主となった件で謁見の間へと呼び出されたわたし、そしてブライツ。


 今回の件、アルシュバーン国南西に位置するメルキュア領にあるカンターメン村にて何者か・・・が召喚の儀式を行い、超級の魔物――氷魔神コキュードスを復活させた。その危機に気づいたブライツ王子が自ら村へと出向き、村人を護りつつコキュードスと交戦。氷漬けの呪縛により、一時的に戦線離脱するも、わたしの助力もあって、コキュードス撃破まで至った。このように伝わっているらしい。


 マロン司祭は今回実質被害者でもある訳で、国王へ報告する必要はあるものの、そのまま彼が黒幕と伝えてしまっては、前回同様わたしもコキュードスを操っていた黒幕だと偽情報を流され、再び追放され兼ねない訳で。司祭は一旦グレイスの執事であるフォメットが拘束しており、国王へはタイミングを見計らって報告する予定だ。神殿内では内緒の話になっている。


 そして、隠している理由はもうひとつあって……。 


 それは、元凶となった魔導具――魔支配の水色ルーラー=マナを利用していたマロン司祭の存在を恐らく知っているであろう人物・・の存在だ。その存在は、正義を盾に上級貴族や民からの厚い信頼を受け、内に秘めた野心を決して表には見せず、国の将来を担う人物として今、何食わぬ顔で国王の隣・・・・に座っている。


 謁見という形で呼び出されたわたし・アップルとその隣にはブライツ王子。向かい合う形で玉座に座る現国王エドワルド。そしてその右隣には、ブライツ王子の兄にあたる第一王子――アルバート・ロード・アルシュバーンの姿があった。


 あのクーデターを起こしたアデリーンの父、バルトス侯爵を裏から操っていた可能性があるアルバートが、何も知らない訳がない。だが今回、コキュードスが撃破されるや否や、わたしとブライツを英雄として讃えるべきだと自ら国王へ進言したらしい。


 深い海のようにあおいブライツの髪色とは対照的に燃え盛るほのおを内に閉じ込めたかのような緋色ひいろの髪色。わたしとブライツの姿を見て微笑む彼の双眸そうぼうの内側に揺らぐほのおは、一体どんな野望を秘めているのか?


「聖女アップルよ。我々は、一時は国家の反逆者としてぬしを追放してしまった。そんな立場にありながら国を救おうとするお主が持つ慈愛の精神。これが聖女と言わずして誰が聖女となろうか? 今すぐアルシュバーン国へ戻って来て欲しい。どうじゃ? 考えてはくれるか?」

「はい、今神殿もコキュードスからの猛攻を受け、復旧には暫く時間を要する模様です。民を不安にさせないためにも、是非わたし自ら神殿へ帰還したいと考えております」


「そうか、それはよかった。のぅ、ブライツ?」

「はっ!? 何故俺……私へ振るのですか、父上」


 突然国王が話題を振った事により、それまで下を向いていたブライツが驚いて顔をあげた。あー、エドワルド国王とアルバート王子まで笑顔なんですが。そうね、アデリーンが追放されちゃった今、国王としてはわたしとブライツの関係性が気になるといったところなんだろう。


「その、その件は父上。また改めて報告致します故」

「そうか。では嬉しい報告となるよう、楽しみにしておるぞ」


「さて、アップルよ。今回活躍したそなたには褒美を取らせようと思うのだが、何でも言ってみよ」

「褒美……ですか?」


 一瞬脳裏に世界中の美味しいスイーツの映像が浮かんだので、蝋燭の灯を吹き消すように息を吹き掛けて妄想を飛ばしておいた。


 まぁ、この展開はある程度予想してあった。そして、何を言うべきかもわたしは既に準備していた。


「では今回のコキュードス侵攻により、壊れてしまった民の家屋、街の建造物。神殿の復興に助力をいただきたいです」

「いいだろう、騎士団の者が今被害の状況を調査しておる。民の安全を最優先に動くとしよう」

「ありがとうございます。それともうひとつございまして」

「ほう、言ってみよ」

「その件に関しては、そちらにおりますアルバート王子と直接二人きり・・・・・・でお話したいと考えております。今後のアルシュバーンに関わる大事なお話です」


「お、おい、アップル!」


 わたしの発言を予想していなかったのだろう。横に居たブライツが思わずわたしの名前を大声で呼ぶものだから、彼に向かって小声で『だいじょうぶよ、考えがあるの』と言っておいた。


 そして、それまで国王とわたし達の様子を黙って静観していたアルバート王子が遂に口を開いた。


「国王の前だよ? 私と二人きりでないと話せないような重大なお話なのかな?」

「ええ。アルシュバーンの未来・・について、アルバート王子。お兄様・・・と直々にお話したいと思っておりました」


 わたしは敢えて両手を前に握り、懇願するような仕草でアルバート王子を見つめる。そして、目があった瞬間、『あなたもわたしに直接話したいことがあるでしょう?』と目で訴えかけた。


 そして、アルバート王子を敢えてお兄様・・・と呼んだ事にも意味がある。それは隣に座る国王の存在。エドワルド国王としては、もし仮にブライツとわたしが結ばれたなら、アルバートは正式に義兄様おにいさまとなるのだ。王様としてはわたしとアルバートがそんな将来の話をすると思ったに違いない。一瞬で雲が晴れたかのような明るい表情となった王様は、とても分かり易かった。


「おお、そういうことであったか! アルバート。アップル殿は、お前に大事なお話があるらしい。この後時間を作ってやるとよい。兄として、いいアドバイスをするのだぞ?」 

「はい、心得ました。アップル。後ほど私の部屋へ来てくれ。侍女へ紅茶とクッキーも用意させよう」

「ありがとうございます」


 アルバートにはわたしの意図はどうやら伝わったらしい。彼の燃える双眸そうぼうが全てを物語っていた。国王はまさかこのあと、王子と聖女の陰謀と知略をぶつけ合う情報戦が始まるなんて想像もしなかっただろう。 


 こうして、一人不安な表情をしていたブライツ王子の心は置き去りにしつつ、国王との謁見を終える事になる。そして、わたしはその足でアルバート王子の部屋へと出向き、重厚な扉をノックした。


「失礼します」

「どうぞ。気を楽にしてもらって構わないよ。紅茶も淹れてある。そこへ座ってくれたまえ」

「ありがとうございます」


 ふかふかのソファーへと腰掛け、透明な硝子で出来たテーブルに置かれたカップを手に取る。心を落ち着かせる紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。


 そして、わたしが魔力感知・・・・をする前に、同じくカップを手に取った王子が紅茶を口に含み、わたしが考えを探るかのように発言した。


「嗚呼、先に言っておくよ。今は私と君の二人きり。この部屋は誰にも傍受・・されていないし、その紅茶とクッキーにもは入っていないよ?」

「ありがとうございます」


 わたしと王子が同時に紅茶のカップをソーサーへ置く音が鳴る。それが開戦の合図ゴングとなる。


「さぁ、何から話そうか? アップル。君は私がアップルとブライツを殺そうと・・・・していた、そう考えているのだろう?」


 密閉された無風の部屋で、アルバート王子の緋色の髪がそっとなびいた。


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