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七十二.どうやら色々と動かないといけないみたいです

 あれから数日経った。


 コキュードスは消滅し、氷魔神による氷の呪縛によって氷漬けとなっていた人々も皆解放される事となった。超級の魔物を前にして、王子もあの村の人達も誰も命を落とさなかった事が救いだ。そういう意味でもブライツ王子の功績は大きく、王様からも民からも賞賛される事となる。何やら国の英雄へ与えられる勲章を授ける話も出ているらしい。


 城下町のあるフルーティ領の住民達は、王宮騎士団騎士団長であるジークがうまく避難誘導し、被害を最小限に抑えてくれていた。凍り付いて崩壊してしまった街並みもあったが、まだなんとかなるレベルに抑えられていたみたい。


 それから、神殿のシスターや神官達も無事だったが、黒幕がマロン司祭だったいう事実に皆が衝撃を受けていた。とはいえ、マロン司祭へ支配されていた子達や、一瞬で氷漬けになっていた子がほとんどで、クランベリー以外は当日の出来事を記憶していなかった。



「あの魔支配の水晶ルーラー=マナ。あれは先代魔王、つまり余の父親の魔力を媒介とし、当時ルーインが創った魔導具だ」


 と、グレイスが教えてくれた。ルージュがグレイスの魔力を媒介としていると思っていたのは、昔直轄四天王の一人であるルーインが、かつてあの魔導具の素晴らしさを自慢気に話していた事があったからそう思っていたらしい。


 術者の欲望を増幅させる反面、術者は膨大な闇の魔力を操作する事が可能となり、欲望のままに対象を操る事も闇の魔力を取り込ませて魔物化させる事も出来るらしい。ルーインが人間の国を陰から牛耳ようと目論んだ際、マロン司祭と契約していたらしい。魔族の甘い言葉にまんまとはまり、欲望に呑まれたマロン司祭は今回首謀者でもあるが、被害者でもあるという訳だ。


 グレイスの専属執事であるフォメットがマロン司祭を拷問しつつ問い詰めたらしいのだけど、目が覚めたマロン司祭はいつしか欲望に呑まれてしまい、自身で止める事が出来なかったのだと泣きながら申し出たんだそうな。


 このまま首謀者として王宮へ出してしまうと、国家としての神殿の権威を嫌う有力貴族達の思う壺となってしまうため、わたしはマロン司祭を犯人として突き出す事はせず、ある人物・・・・と今度お話をする事にしている。


「アップルーー、ねぇ、アップルてば、聞いてる?」

「あ、ごめん。なんだっけレヴェッカ?」


「今日はアップルのためにご馳走を作ったの。修道院のみんなと食べましょうって話。アップルの国も救われたんだし、お祝いしましょう?」

「ありがとうレヴェッカ、じゃあお言葉に甘えてそうするわ」


 思えばグレイスからの秘匿通信があってから、夜中に魔族の国シルヴァ・サターナへ転移し、封印の洞窟、そこからメルキュア領のカンターメン村、最後は神殿へと足を運ぶという怒涛の一日だった。


 書き置きを残したまま事態が終息し、レヴェッカへ連絡したのは翌日になっており、とても心配されたのだ。


 王宮への報告をする必要があったため、明日にはテレワークを一度終えてアルシュバーン国王へ謁見の予定も控えている。


 そんな状況もあり、レヴェッカがお疲れ様会を開いてくれる事になったという訳。


『隣国の危機を救ってくれた聖女アップル、そして女神クレアーナ様へ感謝致します』

「「「感謝致します」」」 


 テーブルに並ぶご馳走を前に、修道院長のカマンヴェールさんの声へ合わせて修道女達も皆目を閉じ祈りを捧げる。


 レヴェッカがいつも目立っているので普段表に出て来る事は少ないけれど、此処ラクレット修道院のトップは修道院長のカマンヴェールさんになる。えっとアデリーン令嬢が此処へ初めて来た時にも表へ出て来ていたので、そのときに見た人も居るんじゃないかな?


『では、この度はクレアーナ様と聖女アップル様のご加護に感謝して、ご馳走をいただく事に致しましょう。いただきます』

「「「いただきます」」」


 という訳で教会の食堂にてお疲れ様会が始まった。この世界の辺境の地には宗教上の理由でお肉が食べれない地域もあるらしいんだけど、基本クレアーナ教にそういった制限はない。目の前には七面鳥レインボーバードのお肉や、教会の敷地で採れたお野菜のサラダに自家製のパン。レヴェッカ特製のホワイトシチュー。美味しそうなものがいっぱいだ。


 思えば色んなことがあったけれど、今こうして美味しいご飯を食べていられる事が幸せなんだろうなと思う。


「アップル七面鳥のお肉食べないんですの? わたくしが先に戴きますわよ」



 金髪をくるくるさせたツインテールがトレードマークのアデリーン。かつてはフリルがいっぱいついた令嬢のドレスを身につけていた彼女も今では修道服がお似合いだ。


 まさかあれだけわたしに悪態をついていた彼女とこうやって普通にお話出来るようになるとは当時のことを考えもしなかったわね。


「ふふふ、アデリーン。美味しそうに食べるアデリーン、可愛いわね」

「ちょっ、ちょっと何を言い出すのアップル! わたくしはまだあなたのことを受け入れた訳ではないんですのよっ!」


「分かっているわよ。花嫁修業もあっての一時的な共闘、だったわよねっ!」

「そ、そうよっ。あんたのお陰でクッキーを焦がさずに作れるようになったわよ。って、人前で花嫁修業言わないのっ!」


 顔を真っ赤にしているアデリーンが可愛らしくて、周囲の修道女達が口に手を当ててきゃーきゃー言っていた。


 そんなアデリーンはコキュードスが攻めて来る直前にジークとたまたま通信をしていたらしく、ジークから無事に事が済んだという連絡が来るまで気が気でない状況だったみたい。追放されたアデリーンが国へ戻る事はまだまだ許されないのかもしれないけれど、ジークとアデリーンの関係はこのままうまくいって欲しいと思うわたしです。


「アップルが此処へ来てくれて本当によかった。ありがとう」

「とんでもないわ。レヴェッカがこうして素敵な空間を提供してくれたお陰で今のわたしが居るんだから。感謝しているわよ」


 メロンタウンに居ながらアルシュバーンの神殿へ向けてテレワークをこうして続けて居られたのも、テレワークをする快適な場所を提供してくれたレヴェッカのお陰なのだ。どういう形になっても、オンライン女子会の仲間でもある彼女との絆はずっと続いていくんだと思う。


 ――そろそろ頃合かしらね。


「ここで皆さまに重大なお知らせがあるの。こうしてカマンヴェール修道院長や、レヴェッカのお陰で此処メロンタウンのラクレット修道院で此処まで過ごすことが出来ました。皆さま本当にありがとう」


 修道女シスターの子達もみんな頷いてくれている。


「レヴェッカから聞いているかもだけど、実は先日、アルシュバーン国が魔物に襲われまして、わたしの務める神殿にも被害が遭ったの。今から神殿の再建も含めて色々動かないといけない状況で、出張で宣教という形を取りつつ、メロンタウンからテレワークをしていたわたしですが……」


 空気の変化に息を呑む修道女シスター。そう、わたしがクーデターを起こそうとしていたという国家反逆罪の話は冤罪として、アデリーンとその父であるバルトス侯爵が追放されたとき、既に無罪放免となっていた訳で。そして、マロン司祭が神殿で今後やっていけない状況下において、わたしが何をするべきか。


 答えは決まっていたのだ。


「この度、クレアーナ教聖女、アップル・クレアーナ・パイシートはメロンタウンからのテレワークを終え、アルシュバーン国へ帰還することになりました」


「な、なんですってーー!」


 こうして皆がざわつく中、アデリーンの甲高い悲鳴のような叫声が教会の食堂に木霊したのである。


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